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Category第2章 解れゆくもの
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大宮さんと従者の女性に支えられ、あたしはうつむいたままレストルームを出た。
彼女達はぴったりと寄り添い、あたしの隠れ蓑となって歩いてくれる。
しばらく進んでも誰も追ってくる気配がない。目論見もくろみは成功したと言えそうだった。
地下駐車場に降りる階段の手前で、大宮さんとは別れた。
「貸しが一つね」
さらりと言われたその言葉に、あたしは微笑を返したつもりだった。
でも、少しもうまく笑えた気がしない。
「いつか必ず、何かで…」
「冗談よ。総二郎さんに返してもらうからいいの。…お大事にね?」
「ありがとう、ございました…」

くずおれそうになるのを従者の方に支えてもらいながら、必死に階段を降りる。
胃の鈍痛は悪化の一途を辿っていた。さっきからずっと冷や汗が止まらない。とどめとばかりに強いめまいがして、あたしはついにその場にしゃがみ込んでしまった。
―あぁ。車まではあと少しなのに、もう一歩も歩けない…。
「……郎様、牧野様ですが…」
意識の遠いところで、傍らの女性が誰かと話しているのをぼんやりと聞く。階段の中段に座り込み、手すりに寄りかかって浅い呼吸を繰り返していると、階下から誰かが駆け上がってくる音がした。

「…牧野っ!」
すぐ傍で西門さんの声がしたと思った。
その声にひどく安堵して、手を伸ばす。その手を力強く掴まれ、彼に横抱きに抱えあげられたところまでは覚えている。
「病院に行くぞ」
―西門さん、ごめんなさい。
そう、告げたつもりだった。
あたしは、彼に最後まで謝罪を述べることができただろうか。
そこで、意識は、唐突に途絶えた。




深く暗い意識の底で、あたしは類の姿を探す。

―類。
―どこにいるの、類。

あたしの腕は虚しく空を掻く。

―お願い。
―あたしを置いていかないで…。

だけど、あたしが深く愛し、あたしを深く愛してくれた彼はいなくなってしまった。
恐ろしい事故から生還した類は過去の一部を失い、それを取り戻せぬままに新しい今を生きている。


『牧野は牧野らしく、そのままでいてよ。…何かを取り繕ったり、自分を偽ったりもしないで』
―そうしてしまえば、あたしは今のあなたを失うだろう。
―でも、あたしは、もう自分の気持ちを偽れない。


『…この先どんなことがあっても、俺はつくしを守るよ。…だから、ずっと俺の傍にいて』
―あたしもそうだったよ。
―類のことを守りたかった。ずっと、ずっと傍にいたかったの。
―だけど、今は苦しい。傍にいることが苦しいの。


『愛してる』
―あたしも、愛してる。
―あなたを。
―あなただけを。
―でも、今のあなたにはそれがうまく伝わらない。
―あたしを信じてもらえない。


―もうどうしていいのか、分からないんだよ…。



ふっと意識が浮上し、ゆっくりと瞳を開けようとした。…でも、できない。
瞼が、頭が、体が重くて、何一つ自由に動かすことができない。
優しく頬を撫でる感触がする。
「大丈夫よ、つくしちゃん。…今はゆっくり眠って?」

―この、声は……。





うっすらと目を開け、ぼんやりとした視界のままに目だけを動かして周囲を探る。カーテンの外はだいぶ明るみ、夜が明けようとしているのが分かった。
ピッピッという機械音、自分の腕に繋がれた点滴のチューブ、そしてベッド…。
―あたし、病院にいるんだ。

個室と思われるその病室には、誰もいないようだった。
意識を失ったときのことはあまり思い出せない。
西門さんの声がして、ひどく安堵したところまでを覚えている。
点滴の繋がれていない方の手でそっと着衣を確かめると、ドレスは病衣に着替えさせられているのが分かった。

今は胃の鈍痛も嘔気も感じない。点滴が効いているのだろうか。
眠っている間に、検査は済んでしまったんだろうか。
…あたしを待っていた類へは、誰が、どんなふうに伝えてくれたんだろう。


眠るつもりはなかったのに、もう一度瞳を閉じると、ぐぐっと意識を奥の方へと引き込まれた。あたしはその引力に逆らわなかった。
やがて、バイタルを示す機械音が遠ざかり、あたしの意識は再び深く沈みこんでいく。…今度は夢を見なかった。




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いつも拍手をありがとうございます。第2章も残り4話です。
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2 Comments

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2018/09/06 (Thu) 12:36 | REPLY |   
nainai

nainai  

わ様

こんばんは。返信が遅くなり申し訳ありません。
いつもコメントありがとうございます。

大雨、酷暑、台風、地震…と自然災害の脅威に心休まらない2018年ですね。地震ばかりは事前に対処できませんが、日頃の備えや情報収集に努めつつ、皆で助け合いながら、日々を平穏に乗り切っていきたいです。

さて、第2章ももうじき終わりです。つくしが総二郎に助けを求めたのにも彼女なりの理由があるのですが、それもおいおい明らかにしていきますね。既にこじらせるだけこじらせてしまっていますが、第3章、まずは類の心情を丁寧に描いていきたいです。頑張ります。

2018/09/06 (Thu) 20:21 | REPLY |   

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