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Category第2章 解れゆくもの
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掌を包む温かい感触に、導かれるようにして意識を浮上させる。
はぁ、と小さく吐息を洩らすと、傍らの誰かがあたしに問いかけた。
「目が覚めた?」
声だけで分かる。目を開ければ優しい面差しの彼女が笑んでいる。
傍にいてくれたのは夢乃さんだった。
「気分はどう?」
「悪く、ないです」
ぼんやりとしていた意識がだんだんと清明になっていく。

「今日は日曜日、ですよね?」
「そうよ。11月18日、午後1時20分になったところよ」
あたしはその返答に驚きを隠せなかった。
昨夜意識を失ったのは、たぶん午後9時以前だった。
半日以上も意識がなかったことになる。
「昨夜は総君もあきら君もここにいたんだけど、二人は今日も仕事なのよ。代わりに、私がついていてあげるからね」
「すみません…。ありがとうございます」
「……妊娠は、していないみたい」
あたしは、夢乃さんから唐突に告げられたその言葉にしばし呆然としてしまう。
それは、一昨日の夜からずっと知りたいと思っていたことの答えだった。
「…あの、簡易検査はまだでしたが、妊娠を疑っていたんです。…違うんですね?」
夢乃さんはゆっくりと頷く。

―妊娠、してなかったんだ。

その事実に、最初に感じたのは安堵だった。
そうして、夢乃さんはあたしに昨夜の話をしてくれた。


昨夜、あたしとの通話を終えた西門さんは即座に行動を起こしてくれた。
一人では手に余ると踏んだのだろう。彼は近くにいた美作さんに協力を求めたという。そのとき道明寺はすでに会場を立ち去っていて、昨夜の一件を知ることはなかったようだ。西門さんはパートナーとして来場していた史月さんにあたしを迎えに行くように頼み、美作さんは類の注意をそらす役割を担ってくれた。
地下駐車場へと向かう階段で、動けなくなったあたしを見つけた西門さんは、あたしが意識を失ったために美作総合病院へと運び込んだ。夢乃さんは、西門さんから事情を聞いたスタッフから連絡を受け、すぐ病院に駆けつけてくれたらしい。

意識を失う前のあたしの症状から、担当医は消化器系の疾患と妊娠の可能性を挙げたそうだ。
最初に婦人科医による診察が行われた。超音波検査の結果、子宮内に妊娠兆候はなく、導尿により得られた尿の検査においても検査は陰性で、妊娠の可能性はすぐ否定された。
採血検査の結果、ヘモグロビン値が低く、ひどい貧血を起こしていることが分かった。あたしが目覚めたら、すぐ胃カメラを実施する予定になっているという。


「あの…、あたしが昨日着ていたドレスは、どうなってしまったでしょうか…」
声が震えてしまうのは、類が贈ってくれたあの服に深い思い入れがあるからだ。
あたしを安心させるように、夢乃さんは繋いだ手とは反対の手で、あたしの手の甲をポンポンと打つ。
「大丈夫よ。総君がちゃんと伝えてくれたんでしょうね。スタッフが脱がせた服はこちらでお手入れしておいたから安心してね」
「あ、ありがとう…ございます」
―良かった。本当に。
あたしは胸を撫でおろした。


夢乃さんはふっと真顔になり、あたしに問うた。
「私からも訊いていいかしら?」
「…はい」
これから繰り出される質問は想像できた。
「どうして、類君には知らせたくなかったの? 総君に頼んだそうね。類君に見つからないようにホテルから自分を連れ出してほしいと」
「はい」
「妊娠を疑っていたのなら、それは類君との子供よね?」
「…はい」
「それなのに、どうして?」


―彼から、離れたかった。



言ってしまえば、たった一言だった。
でも、その心境に至るまでのあたしには、様々なことがありすぎて、夢乃さんに何からどう説明すればいいのか分からない。
だけど、きっと、西門さんは、美作さんは、夢乃さんはあたしの意向を尊重してくれただろう。
類は、ここにあたしがいることを知らない。そう確信する。


「先にお伺いしたいのですが…、昨日、あたしを待っていた類は、その後どうしたのかをご存知ですか?」
彼女の質問に答える前に質問で返してしまったのに、夢乃さんは嫌な顔一つせず、答えてくれる。
「つくしちゃんをレストルームから連れ出すとき、あきら君は、うちの系列会社の社長に類君の注意を引いてもらったそうよ。…そのあとで、ホテルの方から類君をフロントに呼び出してもらったの。つくしちゃんからの伝言を預かっているということにして」
「…伝言」
「『先に出ます。考える時間がほしいので、しばらくそちらへは帰りません』だったかしら。あきら君が即興で考えた文面にしては、つくしちゃんの今の心境にぴったりだったと思わない?」
「本当ですね。美作さんはすごいで…す…」

言い終わらないうちに、涙がこぼれた。
一度流れ出した涙は、もう止めようがなかった。
彼から離れたかったはずなのに、彼を一人、あの場に置いてきてしまったことを思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
「…ふっ……うぅっ……」
顔を背けたいのに、体は痺れたように言うことをきかない。
情けない泣き顔を夢乃さんに晒しながら、あたしはボロボロと涙を流し続けた。
「…類君は伝言を信じなかったみたいで、長い間待ち続けたみたい。…それだけを聞いたら、類君が可哀想だけれど、あなたにもあなたの事情があったのよね?」
あたしは力なく頷いた。




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いつも拍手をありがとうございます。うちでは困ったときの夢乃さんです(^-^;)
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2 Comments

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2018/09/07 (Fri) 22:58 | REPLY |   
nainai

nainai  

さ様

こんばんは。コメントありがとうございます。

第2章も残り3話です。いやぁ、長かったですよね💦 自分でも、よくここまで二人をこじらせてしまったものだと思います。つくしをいっぱい泣かせてしまった章でもありました。
いろいろ課題は山積みですが、ばらまいた伏線を回収しつつ、エンドへと運んでいけたらと思っております。
最後までよろしくお願いします<(_ _)>

2018/09/08 (Sat) 00:13 | REPLY |   

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