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Category第2章 解れゆくもの
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11月20日火曜日の午後。
最後の診察を受け、1週間分の薬を処方してもらい、あたしは夢乃さんに付き添われて退院した。あたし達はその足で、類と暮らしたマンションに向かった。
平素通りに類が出社し、執務室にいることは真悠子さんから聞いて知っていた。
マンションに戻るのは3日ぶりのことだった。 

あたしは急いで自分の荷物をまとめた。差し当たってすぐに必要になるのは、学校の教材や着替え、日用品だった。
類から贈られた物はそのほとんどを置いていくことにした。パーティーの夜に着ていた『fairy・sb』のドレスは夢乃さんが保管してくれている。
類の部屋にそっと入り、彼の机の引き出しを開ける。彼の21歳の誕生日に、プレゼントとして送った手作りのブックマーカーがそこに納められていることを、あたしは知っていた。
―これは、あたしが持っていってもいいよね?
チャームの七宝焼きの青を撫でると、優しかった彼との思い出が湧き上がってくるようで、あたしはそれらに溺れないように、手早くブックマーカーを鞄の中に納めた。


「これだけでいいの?」
夢乃さんがあたしの荷を確認して言う。あまりに少ないので驚いているのだろう。
「はい。これだけでいいです」
「玄関に置いておいてね。すぐ家の者に運ばせるから」
「ありがとうございます」
夢乃さんは、真悠子さんからカードキーを預かっている。
あたしは、自分のカードキーをダイニングテーブルの上に置いた。
その横に、箱に納めた婚約指輪をそっと添えた。手紙は残さなかった。
類がここに戻れば気づくだろう。



夢乃さんは、あたしを美作邸に連れて帰った。退院したばかりのあたしがゆっくり休めるように、双子ちゃんとは顔を合わせずにすむ離れの部屋を用意してくれた。体調が落ち着いてから、新たな住まいとなるマンションへ案内してくれるという。
夕方になると、美作さんがいつもより早く帰宅し、離れの家屋に顔を出してくれた。
彼はあたしの顔を見ると、開口一番でこう言った。
「お前なぁ…。骨は拾ってやるとは確かに言ったけど、こうまで体を壊す奴があるかよ。…なんで、そうなる前に相談しねぇんだ」
ごめんなさい、と答える声が泣き笑いに揺れる。
「胃潰瘍だったって? いまの症状は?」
「薬が効いているみたいで、だいぶ落ち着いた。痛みは治まってきたから」
よかった、と優しく笑んでくれる美作さんの顔を見ると、涙が止められなかった。


「…何があったんだ? お前達の間で」
静かに問いかけてくれた美作さんだけど、あたしはそれには答えられない。
夢乃さんに、真悠子さんに打ち明けたこともすべてではない。あたしにはあたしの思惑や言い分が存在するように、類には類の思惑や言い分が存在するはずだ。
…決して、被害者面がしたいわけじゃない。
きっと、あたしにも悪いところがあった。
あたし達がうまくやっていけないのは、あたし達の問題なのだ。

「心配かけてごめんね。…でも、何があったのかは……話したくない」
「話してくれたら、力になれるかもしれないぞ?」
あたしはゆるゆると首を振る。
「…類と、距離を置こうと思う」
「別れるのか?」
「…もうこれまで通りにはいられない。…類に、今の自分達の関係を見つめ直してほしいから」


美作さんは少し考え込むような表情になり、やがてポツリと洩らした。
「先日のお前達を見ていて、驚いたんだよな。…類の行動が強硬的だったから」
「それは、道明寺に対して…?」
「あぁ。…でも、それだけじゃなく、類は俺に牽制しているふうでもあったぜ」
あたしは、あの夜、パーティー会場で彼が見せた好戦的な態度を思い出す。
「わずかな時間じゃあったが、俺は、類の強い独善性と執着を見たと思う。牧野に対する、な。……お前はそれが重荷なのか?」
独善性と執着…。
あたしは、その言葉を噛みしめるように、口の中で小さく反芻した。
「……類は、別に、あたしじゃなくてもよかったんじゃないかな」
「は? 何言って…」
「自分が記憶を失くしてしまったから、…あたしを憐れに思ったから、…単にあたしが傍にいたから」

『…いじらしい、と思った。その気持ちに応えてやるべきだ、、、、、、、、、と』
数日前に彼が言ったこの言葉には、やっぱりその気持ちが透けて見える。同情や憐れみではないという主張はあれど。
愛するということが分からないなりに、彼が向き合ってきた結果がこうなのだとしたら、きっと本当に仕方がないことなのだ。


「…少なくとも牧野は、そう感じてるんだな」
あたしはゆっくりと頷く。
「類の気持ちが分からない。…何度も問いかけたけど、掴み取れない」
…彼の中にあたしへの情愛を確信できない。
彼が不誠実だというわけではない。
たぶん類自身にも図りかねる部分なのじゃないだろうか。
「…類に電話してくる」
「今から?」
「うん。あたしの意志を伝えてくる」
「…俺がここを出る。ここで話せばいいさ」
美作さんはそう言うと、立ち上がって足早に部屋を出ていった。あたしは無言のままその背を見送る。
彼はそのままこの離れの家屋を出ていってしまうのだろう、と思った。



夢乃さんからは新しい携帯電話を貸与されていた。
発信番号の通知をオフにして、あたしは類の携帯番号にコールした。
非通知の番号には応対してくれないかもしれない。
そう思っていたのに、彼はすぐ電話に応じてくれた。
「もしもし?」
急いたような類の声に、あたしは息が止まりそうになる。
発しようと思っていた言葉は喉の奥でつかえ、無言のままになってしまう。
「もしもし。………誰?」

誰何すいかする声に応えなければ。
そう思うのに、舌は張り付いたように動かず、呼吸だけが速くなっていく。

「……つくし?」
引き絞ったボリュームでそう訊ねてきた彼に、思わず頷いていた。
「うん……あたし」
「…あんた、どこにいるんだよ。…こっちが、どれほど心配したと思う?」
類の声は明らかな怒気を孕んでいた。
彼のその言葉を、その揺れる感情を、素直に受け止めるなら、あたしは彼の元へと戻るべきだった。でも、もう、できない。

「妊娠してなかった」
「え?」
「胃潰瘍だったの。もう回復に向かってる」
「…………」
黙り込んでしまった彼に、あたしは淡々と告げた。
最後に彼と話した夜と同じに、ひどく無機的な声で。

「…類。…あたし達、少し距離を置こうか」




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いつも拍手をありがとうございます! この続きは、言わずもがなプロローグの一幕です。明日、少しだけ加筆したものを2-40としてUPし、同時に第3章のアナウンスを行います。
どうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>
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2 Comments

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2018/09/12 (Wed) 10:44 | REPLY |   
nainai

nainai  

わ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます!
今回はわ様の心の声がいっぱい詰まっていましたね(^_^)

第2章も終わりが見えて、“そういう展開かぁ~”と思われた方も多いだろうと思います。今回の連載の執筆にあたりましては、読者様の予想を裏切りながら話を展開していきたい!という目論見が当初からありました。この辺りは今夜のアナウンスで触れますね。

ばらまいたものが多すぎて、回収&フォローしきれるかなという不安はありつつも、自分としてはなんとか話を組み立てたつもり…です。何分にもアマ作家ですので、足らない表現力にはご容赦いただきたい部分もありますが、精いっぱい心を込めて書いています。第3章もよろしくお願いいたします<(_ _)>

2018/09/12 (Wed) 19:02 | REPLY |   

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