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Category第2章 解れゆくもの
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こんな日が来るなんて思わなかった。
誰よりも大切で、大好きだった彼に、あたしからこの言葉を告げる日が来るなんて。


「…類。…あたし達、少し距離を置こうか」
挫けそうになる心を叱咤して、あたしは感情を悟られまいと強いて平静を装う。
耳に押し当てた携帯電話の向こう側にいる類は、それを聞いても沈黙を保ったままで、どんな表情であたしの言葉を聞いていたのかは全く分からなかった。
「…なんで?」
ややあって返ってきた彼の声音は柔らかく、本当に不思議そうで。
その声を聞くだけで涙が出そうになる。
「…婚約は白紙に戻すってこと?」
「うん…。類のご両親にはもうご了承いただいているの。…うちの両親にも」
双方の両親は、いまのあたしの気持ちを理解してくれている。
それでも、真悠子さんが流したひと雫の涙が、あたしには忘れられない。

「あたし、もうマンションを出たの」
ほんの2時間前、類と暮らしたマンションの一室からは私物を運び出した。
彼から贈られた物はすべて置いてきた。服も、腕時計も、…婚約指輪も。
「…なんで?」
もう一度繰り返された問いに、あたしはぐっと唇を引き結んだ。
「その理由は、もう類に伝えてあると思う…」
あたしは、彼に謝ろうと思う。
でも、それは距離を置くことに対しての謝罪じゃない。
「ごめんね…。あのとき、類を受け入れるべきじゃなかったって、あたし、いまではそう思ってる」

―それでも、あたしは類を愛していたから。
―彼にもあたしを愛してほしかったから。

自分にできる限りのことはしたつもりだった。
彼を欺かず、自分を偽らず、精いっぱい真摯に接したつもりだった。
物言わぬ彼から発されるだろうこれからの言葉を聞きたいようで、…もう聞きたくなかった。
聞けば、あたしの決意は揺らぐだろう。
でも、それではあたし達はもっとだめになる。

あたしは一方的に話を切り上げた。
「いままで本当にありがとう…類」
「待って! まだ…」
類が話している途中で、あたしは携帯電話を耳から離した。
そうして、迷わず通話終了のボタンを押した。そのまま携帯電話の主電源さえも落としてしまう。
「…ふっ……うぅっ……」
途端にこみ上げてきた嗚咽をこらえきれなくて、あたしは悲しみに身を任せる。
熱い涙が頬を伝い落ちていく。


彼を愛していた。
…違う。いまも深く愛している。
まるで左右対称のように、ぴったりと心を重ね合ってきたあたし達。
相手が何を考えているかが分かる。
互いは自分の半身だと思えるほど、あたし達はいつも一緒だった。
それなのに、今は類の心が見えない。
でも、それは、彼が悪いわけでもない。


コンコン………ガチャッ
誰かが部屋に入ってくる気配。
「牧野…」
背後から気遣わしげにかけられた声は、美作さんのものだ。
「…言ったよ」
あたしは振り返らずに言う。
「…類に」
顔を覆った両手の指の隙間から涙が伝い落ちていく。

次の瞬間、優しい温もりが背中からあたしを包んだ。
甘いフレグランスが鼻腔をくすぐる。
「…み、みまさ…」
「泣きたいんだろ? ……傍にいてやるよ」
労りに触れてしまえば、保っていた気丈な自分という体裁が崩れていく。
あとは言葉にならなかった。
美作さんの腕の中で、あたしはただ咽び泣いた。



心の中で、何度も呼びかける。
たとえ彼には届かなくても。


―類。

―お願いだから。


祈り続けたって、叶う願いじゃないのだとしても。


―もう一度、あたしを見て。


あたしには、この生き方しかできない。だから。


―どうか、あたしを、愛して……。




              ~第2章 ほつれゆくもの   完~





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4 Comments

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2018/09/12 (Wed) 22:53 | REPLY |   
nainai

nainai  

u様

こんばんは。コメントありがとうございます。
やっと第2章が終わりました~。

2-39のミステイクはu様のご指摘の通りです(;^_^A 「昨日」→「先日」が正しいです。ここ、仮原稿のときと時系列をいじってしまった部分でして、その名残が残っていましたね。お知らせくださってありがとうございます!

これまでにはないお話を書こう!という目論見が、こんなにも重~く暗~くなってしまったんですけれど、自分としてはうまく誘導できたかなぁという心境です。第3章も盛りだくさんでお話を展開していきます。
ご満足いただける出来に仕上がっていればいいのですが…。どうぞ最後までよろしくお願いいたします。

2018/09/12 (Wed) 23:14 | REPLY |   

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2018/09/13 (Thu) 08:20 | REPLY |   
nainai

nainai  

さ様

こんばんは。返信が遅くなり申し訳ありません。
コメントありがとうございます!


第2章の最後はつくしが類と離れてしまっていたので、類の出番が少なかったですよね。美作親子が良いとこどり(;^_^A  第3章は類視点でしばらく進むので、あぁ、あのときこんなふうに彼は思っていたんだなぁ、と知っていただければと思います。今の二人を見ているとどちらも痛々しいですよね。
さ様の期待に応えられるかどうか……ドキドキ。どうぞ最後までよろしくお願いいたします。

とりあえず今夜は、SSで一息ついてくださいませ。

2018/09/13 (Thu) 18:48 | REPLY |   

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