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Category第3章 縒りあうもの
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9月に入るとすぐ、俺は花沢物産本社へ出社した。
大事故を経ての職務復帰とあって、どこへ行っても誰と会っても、その話題が出されて体調を気遣われた。
業務に関しては、ある程度の準備期間のおかげで大きくはつまづくことなく遂行できた。もちろん秘書の田村のサポートなしに業務遂行は立ち行かないが、記憶障害を悟られない程度には、おそらく自分は有能だった。
長く職務を離れていたことを、周囲が気遣ってくれたのもごく短期間のことだった。すぐに過去の自分と同じような働きを求められるようになると、付け焼刃の知識では対応できないことも時にはあった。理解の及ばない内容が話題に上る度、もう一度詳細を問う俺に、相手が怪訝な顔を見せることもあった。

俺は、相対した相手から洩らされる密やかなため息を、何度となく耳に捉えたと思う。ため息は、言葉で伝えるよりも、はるかに多くの不満を俺に伝える。

そうしたため息は、外部からだけでなく身内からも洩れ聞こえることがあった。
俺の内情に詳しい田村からも。
…肉親である父母からでさえも。
かつての俺を高く評価する彼らにとって、今の俺は不完全でもどかしいだけの存在なのかもしれない。俺が相手の立場でも、おそらくそう思っただろう。
俺が社長の息子で後継者と目されているから、無理を押してでもその立場を保持させておきたいのだろうが、それ自体は俺の望んだことではないのに。
…次第に、俺は社内での孤立を深めていった。



次に牧野に会ったら、自分達の関係を問いただそうと思っていたのに、彼女はいつまで経っても俺を訪ねてはこなかった。最後に会ってから、かれこれ1ヶ月以上になる。かといって、自分から彼女を訪ねるのも気が引けて、俺は密やかに焦れながら彼女の再訪を待った。
夕刻に起こる焦燥感は相変わらず続いていた。…だが、それにももう慣れてしまっていた。

―牧野は、もしかしたら、もう俺を訪ねてくるつもりがないのかもしれない。
時間が経てば経つほど、俺はそう思うようになっていった。
彼女に見せ続けた酷薄な態度のために、俺に愛想を尽かしたのかもしれないし、元々それほど深くは俺を想っていなかったのかもしれない。
…記憶を失くした俺は不要なのかも? 
だが、それならそれでいいと切り捨てるような、冷徹な自分もいた。



あきらからその後の体調を窺う電話がかかってきたとき、俺は写真のことを話してみた。俺と牧野は恋人関係にあったのか、と問えば、あきらはそうだ、と即答した。
「…誰もが羨むほど、お前達はいつも幸せそうだったよ」
声音には、あいつの心情が色濃く滲み出ていた。そのことにどこか引っ掛かりを覚えつつ、なぜそのことを誰も俺に言わなかったのかとさらに問うた。
「お前が混乱するから伏せておいてほしい、と牧野が申し出たんだ」
―混乱…。俺が?

「牧野はずっとお前に付き添ってた。…お前が事故に遭ったあの夜からずっとな。でも、目を覚ましたときのお前の様子から、とてもそのことを言い出せなかったらしい」
俺が記憶を失っていることを、おそらく彼女は最初のあの会話だけで見抜いた。
食い入るように俺を凝視した漆黒の瞳を思い出す。
失意と悲しみに沈み、病院の屋上の隅で人目を避けるようにしてうずくまり、泣いていた彼女のことを知らされる。
「…記憶が戻っていないお前に、こう言うのは筋違いだとは分かってる。…だけど、せめて、牧野には冷たくしないでやってほしい。あいつ、お前のことでずっと苦しんでるんだ」

―あきら…。もしかして、お前…。
そのとき、俺は初めて、あきらの秘めた気持ちを感じ取った気がした。

牧野には自分から話すから、と、あきらには今日の電話の内容を伏せていてもらうように頼んだ。あきらは、分かった、と了承を示した。いずれにしてもしばらくは日本に戻れない、とも。


たぶん、過去の俺は、牧野をこの上なく深く愛した。彼女も、きっとそうだった。
あきらの話で確証を掴む。
そのときになって初めて、俺は彼女に対していじらしさを覚えた。
自分にとってはまだ記憶に新しい、あの高校生活の中でも、彼女にそうしたいじらしさや健気さを感じ取り、柄にもなく周囲の悪意の手から守ったことがあったことを思い出す。
…守ってやるべき存在なのだと、直感的に理解していたのだろう。




9月末になって、ようやく牧野が邸を再訪した。
緊張で身を固くしている牧野に、自分達の関係について先んじて言及してやると、彼女は一瞬泣き出しそうに表情を歪めた後で、きちんと自分の考えや想いを打ち明けてくれた。
過去を知りたいと言えば、彼女の知るすべてを包み隠さず話してくれた。
牧野は、俺と静の関係についても詳しかった。総二郎に聞いていたよりも事情に明るく、なぜ俺と静がうまくいかなかったのかということまで、過去の俺から聞いて知っていた。
弱く幼かった自分を、彼女には見せていたのだ。
俺がそれほどに彼女に信を寄せていた、何よりの証だった。


過去をあらかた聞き出してしまうと、俺は現在の状況について問いたくなった。
―なぜ、自分達が婚約関係にあることを、伏せておくように申し出たのか。
そう問えば、
「…怖かったの。類に、あたしのことを拒絶されるのが…」
消え入りそうな声で、彼女は答えた。
過去、司との交際の中で同じような状況が起きたという。彼女にとって、恋人である自分の存在を、相手に忘れられてしまうのは二度目の経験だった。かつての状況と同じように、自分を否定されることに臆病になったのだと、彼女は正直に話した。

なるほど、と思った。俺を見つめる彼女の視線には、確かに俺への深い恋情が読み取れたし、今の俺を疎んじたり否定したりする気配をまったく窺わせなかった。
「…どうして、今日は話そうと思ったの?」
もう一つ問えば、
「本当は先月会ったときに話すつもりだった。…だけど話をしようとしたとき、類は仕事のことですごくストレスを感じているみたいだったから、時期尚早だと判断したの。…過去の話にも、…特に静さんの話には、きっと大きなショックを受けるだろうと思って…」
彼女はまだ理由を話し続けていたけれど、そこまで聞いたとき、自分の心に大きな揺らぎを覚えた。
牧野は、今の俺を理解しようとしてくれる。その心情に寄り添おうとしてくれる。
俺が何をどう感じ、いかにそれを重荷に感じないのかを優先してくれている。
…自分自身の苦しみは見せずに。
それを痛感した瞬間だった。


―触れてみたい、彼女に。

唐突にその想いに支配される。

―今の俺の苦しみを、虚しさを、やるせなさを、…あんただったら受け入れてくれる? 


すると、自分でも無自覚のまま体は動いた。
床に座り込んだ彼女を引き上げて、ベッドに押し倒す。
部屋は夕闇に包まれ、自分の影に隠れた彼女の表情ははっきりと見えなかったが、ひどく驚いていることだけは感じ取れた。
牧野の細い体を強く抱く。…彼女は身を強張らせた。柔らかな首筋に顔を埋めて彼女の匂いを吸い込むと、得も言われぬ感情が心に満ちた。
体の芯がカッと熱くなる。
…彼女に強い劣情を抱いている自分を、俺ははっきりと自覚した。

だけど牧野は、俺の衝動的な行動を拒否した。
自分をどう思うのか、と問い、過去と今とを明確に線引きしてみせた。
気持ちの伴わない関係ではだめだ、と。
俺には、彼女のそうした生真面目さがわずらわしかったけれど、それでは自分がつらいと言われてしまえば、それ以上のことはできなかった。
急激に自分の中の熱が冷めていく。だけど俺を諭しながら、彼女がその胸に俺を抱きしめてくれたとき、自分の中の何かがひどく満たされていくのを感じた。



気まずい別れ方をしてから、再び牧野と会えない日が続いた。
彼女は、先日のことをどう思っているだろう。
たぶん、自分が帰りたいのは彼女の元だ。その証拠に牧野が俺を訪ねてきた日は、いつもなら感じるはずの焦燥感がひどく薄かった。

―逢いたい。
―逢って、彼女ともっと話したい。
―それから、…その温もりに触れてみたい。

日増しに、彼女への想いが募っていくようだった。
たぶん俺は、本能的に牧野の優しさを求めていた。
…記憶を失くし、周囲との齟齬に馴染めない自分を、慰撫いぶしてくれるかもしれない唯一の存在として。




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いつも拍手をありがとうございます。
ここでは、類の深い孤独を分かっていただければ…。
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4 Comments

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2018/09/17 (Mon) 22:23 | REPLY |   

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2018/09/17 (Mon) 22:57 | REPLY |   
nainai

nainai  

わ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
今夜はPN大丈夫でしたよ~(*´ω`*)

回想編第2話です。記憶を失ったタイミングもありますが、司の状況以上に、類の状況は孤独なんですね。一番心許せる親友達は各々の仕事に忙しく、また家族へは幼少時の記憶が強くて打ち解けられず、静への恋心は宙ぶらりんのまま…。
ここでのつくしへの気持ちは、愛情うんぬんより、心の救いを求める意味合いが強かったものとして描いています。

さて、状況が一変する第3話は、なんとか編集が間に合ったので今夜10時のUP予定です。
連投になりますが、どうぞお楽しみに…。

2018/09/18 (Tue) 00:48 | REPLY |   
nainai

nainai  

カ様

こんばんは。ようこそ当サイトにおいでくださいました。
初コメントもありがとうございます!

第1章と第2章の落差があまりに大きくて驚かれたかと思います。これまでにない展開でお話を書いてみよう!という目論見で、ここまで話をこじらせてしまったんですが、第3章は何とかまとめたつもりです。最後までよろしくお付き合いいただけたらと思います。

さて、類視点で回想編が続きます。類は類なりに相当苦しんでいて、ですが、その苦しみを打ち明けられる相手がいないんですね。つくしがその唯一の存在になりうる可能性に彼は気づきます。二人の関係が変化する第3話は、連投ですが今夜10時のUP予定です。どうぞお楽しみに…。

2018/09/18 (Tue) 01:03 | REPLY |   

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