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七夕 ~神事に心馳せて~(前編)

Category*Summer Festival 2018
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『Summer Festival 2018』で掲載された作品です。
イベントのために書いた作品の中で、一番最初に出来上がったのがこのお話でした。当サイトのご挨拶で、類×つくしonlyを標榜している私ですが、この話は総×つくしです。流鏑馬について書いてみたい! カッコいい総二郎を書いてみたい!という気持ちで臨みました。






いつの頃からだっただろう。
あたしが、西門さんの姿をそっと目で追うようになったのは。

道明寺との恋が終わって3年。
あたしは大学4年生になっていた。
都内の会社に就職の内定をもらい、次の春にはあたしも社会人になる。

道明寺との将来のために始めたたくさんの習い事の中で、知れば知るほど面白く感じたのは茶道だった。覚えなければいけないことは山ほどあるのに、あたしは遠い昔から受け継がれてきた和の歴史に興味を持った。だから道明寺との約束がなくなってしまった今でも、茶道だけはこうして続けている。

自然に背筋がピンと立つ、あの独特で緊張感のある空気が好きだ。
お茶を点てるときに、ふわっと立ち上る抹茶の香りが好きだ。
それから…。


「…だいぶ上達したな」
あたしが点てたお茶を口にして、西門さんは珍しく率直に褒めてくれた。
…その表情が嬉しそうに見えたのは、あたしの欲目だろう。
「恐れ入ります」
あたしは、師である彼に指をついて礼をする。
稽古の時間には、茶人としてだけの彼がそこにいる。
妥協を許さない、公私を混同することのないその姿勢に、たぶん、あたしは最初に心惹かれた。

彼はあたしの気持ちには気づいていないはずだ。
もし気づいていたとしても、決して応えてくれるつもりはないだろう。
それでいい、とあたしは思っている。

大学を卒業してから夜遊びは減っていると聞いてはいた。
それでも数多あまたといる女性の中から特定の一人を定める気のない彼に、想いを告げて自分を選んでほしいなどとは口が裂けても言えなかった。
友人として長く付き合ってきたあたし達。
うっかり想いを口にすれば、あたしはその立ち位置を失ってしまうだろう。
…それは嫌だった。

西門さんは名門の名取となる人だ。本人も公言しているように、いつかはその家柄に釣り合う女性と見合いをして結婚するだろう。だから、せめてそれまでは…と思う気弱な自分がいる。


「…おい。聞いてるか?」
「……はい。何でしょうか」
あたしはふっと意識を呼び戻して彼を見た。
悪戯っぽく光る瞳に、今日の稽古の時間は終わったことを悟った。
「相変わらず余計なことを考える奴だな」
その言葉に冷や汗をかきつつ、あたしは先ほどまでの考えを誤魔化すように微笑む。
「上達した、という言葉を一人噛みしめてたの! …それで?」
「あぁ、流鏑馬やぶさめの話」

週末の7月7日土曜日、彼は宮城県へと赴く。
翌日に行われる流鏑馬神事に、射手いての一人として招致されたためだ。最近はスポーツ競技としても広まりつつある流鏑馬だけど、西門さんの腕前はその上級者として有名だった。

「夏に開催されるなんて珍しいよね。京都だと秋なのに」
「俺も夏の神事参加は初めてだ」
あたしは彼をそっと気遣う。…その心をひた隠しにしながら。
「最近は練習してないんでしょ? 年寄りの冷や水ってことにならない?」
誰が年寄りだ、という突っ込みを投げてから、西門さんは不敵に笑う。
自信に満ちた彼のその笑みに、また胸が騒いだ。
「前日に練習するしな。ま、1時間もあればどうにかなるさ」


「…お前、見に来たいか?」
「え?」
「流鏑馬だよ」
どういう意味だろうと思いながら、あたしはゆるく首を振る。
「…え、えっと、…その日もバイト入れてるから無理…」
「なんだよ。まだ土日バイトしてるのかよ」
…見に行きたいって言ってたら、どうなってたんだろう。
急な申し出にドキドキしながら、あたしは自分の荷物を引き寄せ、不織布で包まれたある物を取り出す。

「見に行けない代わりに、お餞別」
「…何だ?」
西門さんは怪訝そうに包みを受け取る。
「梅入りの塩飴。…熱中症対策に」
「そりゃ、実用的なことで…。お? これは…」
「…うん。一応銘菓店の手作りだから、西門さんの口にも合うんじゃない?」
西門さんは包みを解き、個包装の飴を一つ、指で摘まみあげた。
「ま、食えそうだな。…サンキュ」
彼が包みを元通りに直すのを見ながら、あたしは満ち足りた気分で微笑み、帰り支度をした。



金曜日の夜遅く、アルバイト先の店を出たとき、見慣れた影がそこに佇んでいることにあたしは気付いた。
「あれ? 花沢類!」
「…久しぶり。そろそろ終わる頃かな、と思って待ってた」
花沢類は社会人になってからも、時々こうしてあたしを迎えに来てくれることがある。そういうときは大抵、彼が話をしたい時だ。あまり多くを語らない彼だけど、なんとなくそういう気分なのだと察して、あたしはなるべく聞き役に徹するようにしている。

スーツ姿の花沢類は、店先に飾ってある大きな笹に吊るされた、たくさんの短冊を1枚1枚捲って、願い事を眺めている。
美青年と、笹と、短冊と…。何をしていても絵になる彼を、通りすがりの人達が歩みを遅くして見つめていた。
「…で、何してんの?」
「牧野の願い事はあるかなぁと思って…」
あたしは、あっ、と声を上げた。
…この願い事は見られたくない。

「今年は書いてないから…」
咄嗟についた嘘はすぐ見破られる。
「顔真っ赤にして言うには、安易な嘘だよね」
「…もう! 見なくていいから!」
あたしは、短冊に伸ばした花沢類の右腕を強引に引っ張る。
「帰ろう! 送ってくれるんでしょ?」
もちろん、と答えた花沢類の柔らかな笑顔が、少しだけ寂しそうに見えた気がした。



******



「渡したい物があるから、出発前に時間くれない?」
類から電話がかかってきたのは7月7日の朝、宮城に向けて出発する直前のことだった。新幹線の出発時刻は11時台だったので、少し早めに改札前で落ち合うことで話をつける。

出発時刻の15分前、旅の同行者と駅の改札口にたどり着くと、類が先に来て待っていた。他の者達には先にホームへ行くように告げ、俺は類に声をかける。
「よぉ」
「時間通りだね」
こちらを見つめる類の表情はいつもより少し陰って見え、わずかながら俺の胸を不穏に掻き立てた。
「あまり時間がない。渡したい物って?」
類はおもむろに俺に茶封筒を差し出した。
「新幹線の中で開けてみて?」
「ここで開けたら…」
「だめ。後にして」
封筒は薄っぺらく、中には1枚の紙が入っているようだった。
それに上側にある細い糸のようなもの。…紙縒こよりか?

「それを見て、総二郎が何も感じないなら、俺もそれなりに動こうと思うんだよね」
「…おい、話が見えねぇ」
封を切ろうとすると、再び類の制止が入る。
「…分からない? 俺が誰のためにならこうして動けるのか」
俺は、類の薄茶の瞳をはたと見つめる。奴の言葉の真意を探る。
…類が自分から何かをするのは、昔から決まって牧野のためだ。

「まだ手が届きそうだと思うとさ、…やっぱり欲しくなる」
類の声にはどこか心の痛みが含まれていて、俺は言葉を継げなくなる。
「…俺の二の舞は演じたくないでしょ?」
「何言って…」
「じゃ、俺の用事は済んだから」
類は言いたいことだけ言うと、踵を返して歩き始める。
「おい! 類!」
その背に呼びかけた俺に、振り向いた奴が発した言葉が胸を衝く。
「…俺に与えられたチャンスは、たぶん一度きりだった。…誰にとっても、実はそうかもね?」
浮かべられた類の微笑は寂しげだったが、その瞳には強い光が灯っていた。

―時機を見誤るな、という俺への訓戒を込めて。


新幹線の中で一人になるとすぐ、類がくれた封筒を開けた。
出てきたものは、予想通り、1枚の短冊だった。
それを誰が書いたのかは、筆跡ですぐに分かった。

『流鏑馬神事をまっとうできますように。ケガをしませんように。』

主語のない短冊。
願い人の名もない短冊。
だけど、筆ペンで書かれただろうそれは美しい楷書体で、彼女の真摯な気持ちを表していたと思う。




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