FC2ブログ

七夕 ~神事に心馳せて~(後編)

Category*Summer Festival 2018
 2
今回訪れたそこは、伝承では平安時代に創建されたという由緒ある神社だった。流鏑馬神事は、室町時代の武人が三頭の馬を神社に献じて流鏑馬を行い、戦に臨む部下達の士気を高めたことが始まりだという。
この神社には、本宮、左宮、右宮の三棟の宮があり、それぞれに一頭の馬、一人の騎手が立つ。200~250メートルほどの道を馬に乗って走りながら、馬上から弓矢で三つの的を狙う。俺は神事のトリとなる本宮の担当だった。

他の神社の神事に参加したこともあり、儀式的な手順はだいたい理解していた。午前10時からの本殿祭に始まり、午後2時からの神事開始まで、長丁場の催事となる。
明日の天気は快晴の予報で、東北地方と言えど決して冷涼ではなく、気温は例年以上に上昇しそうだという。
『梅入りの塩飴。…熱中症対策に』
ふいに牧野の声が脳裏をよぎる。
餞別の塩飴は鞄の中に収めてある。…短冊と一緒に。
…あいつ、これを見越して買ってきたのか?

神社での打ち合わせを終えると、俺は神事に参加する馬が飼われている厩舎を訪れた。そこには馬場があり、事前に流鏑馬の練習をさせてもらう手筈になっていた。
俺の相棒となるのは、颯矢そうやという名の6才の牡馬ぼば。艶やかな栗毛色と、鬣の褐色とが美しい。
俺を見つめる大きな黒目をじっと見つめ返して、俺は颯矢の首を撫でてやる。
こいつとの相性はよさそうだった。
「よろしくな。颯矢」
ヒヒンと機嫌よく鳴いた馬の胴をポンポンと叩いてやり、俺は鞍に跨った。



翌日は予報通りの真夏日となった。
午前9時の段階で昨日の最高気温に近くなるほどの暑さは、神事の礼服に身を包む関係者達だけでなく、神社に訪れた参拝客達にも同様に、夏の日差しの洗礼を与えた。
予定通りに午前10時から本殿祭は始まり、射手として参加する俺も折々で式典に参加しながら、じっと暑さに耐えつつ午後を待った。

流鏑馬が始まる少し前の休憩時間、俺は牧野がくれた塩飴を口にした。
甘酸っぱい梅の香の強いその飴は思いのほか柔らかく、口中でトロリと溶けて染み入り、夏の渇きを癒す。もう一つ食べてから水を飲み、彼女が書いただろう短冊を手に取った。

『流鏑馬神事を全うできますように。ケガをしませんように。』

…あいつ、どういう気持ちでこれを書いたんだろう。
心静かに彼女を想う。

牧野の言葉に、その所作に、その笑顔の中に、女性らしさを感じるようになったのは昨今のことではない。時が経てば経つほど、牧野は綺麗になっていった。それは外見ばかりでなく、むしろ磨かれた内面が輝く実直な美しさで、彼女は次第に周囲を魅了するようになる。
…認めたくはないが、俺自身にも牧野のそうした肩肘をはらない魅力に惹かれていく部分があった。
だけど、良き友人としての立ち位置を長く保ってきた俺には、それを恋だ愛だと認めてしまえば、失ってしまうものが大きすぎるのではないかと躊躇する気持ちがあった。

英徳大学では、彼女がF4にとって大事な存在であることを認識している者が多いため、不逞な輩が近づくようなことはなかったが、ひとたび社会に出てしまえばそうもいかない。彼女は、あえてF4の傘下にはない会社を選んで就職を決めた。
社会人になれば、お茶の稽古も今までのようにはいかないだろう、とも聞いている。これからは、お互いに会うという明確な意志を持ってしか、関わりあっていくことができなくなる。

『…それを見て、総二郎が何も感じないなら、俺もそれなりに動こうと思うんだよね』
類の言葉がふいに甦る。
ここに来て、その立ち位置を崩そうと言わんばかりのあいつのセリフに、言いようのない感情が湧き起こる。
…これは焦燥か? …はたまた、嫉妬か?
この俺が?と自問し、苦笑が洩れる。
意識の遠いところで、「西門様」と声がかけられたのを理解し、俺はその声に反射的に応じていた。


射手の正装である鎧直垂よろいひたたれを纏い、左手に射小手いごてと手袋を装着し、頭上には綾藺笠あやいがさを戴く。鏑矢かぶらやを5筋さしたえびらを背負い、弓を持って颯矢の元へと向かった。
祭事のための煌びやかな衣装で飾られた颯矢は、少し元気がないように見えた。馬を引く厩舎の職員に問えば、「…少し暑さ負けしているのかも」という返答がある。水と塩は十分に与えてきたらしい。
だが…。

若干の気がかりを残しつつ、間もなく流鏑馬は始まった。
うだるような暑さの中、左宮、右宮の射手が出番を終え、いよいよ俺の順番になる。
「行くぞ!」
鞍に跨り手綱で走るようにと促すと、颯矢は俺の指示にすぐ応えて、ダダッと加速を始めた。襲歩しゅうほと呼ばれる特殊な走法は、やがて馬上の揺れを少なくし、射手に狙いを定めやすくさせる。
立ち並ぶ観客達の視線を後方に受け流しながら、俺達は風になって疾走した。
ドドッドドッと力強い蹄の音がして、一の的がぐんぐん近づいてくる。
右手の手綱を離し、俺は素早く弓に一の矢をつがえて的を狙った。

あたれ!

顔の横でヒュウッと風を切り、鏑矢が乾いた音を立てて的の真ん中を射抜く。観客から、ワッというどよめきが上がった。
続けて二の矢も的中させ、背負った箙から三の矢を抜こうとしたとき、…俺は颯矢の異変に気付いた。

唐突に、馬脚が乱れる。
体幹のバランスが崩れたが、咄嗟に手綱を手繰り寄せて事なきを得る。
道を外れそうになる颯矢を宥めて、前を向かせる。

―颯矢…!! どうした!?

颯矢はスタート直後からほぼ全力で走っていた。
少し速すぎるくらいだ。…あまり速いと的を正確に狙えない。
そのスピードを緩めようと右手で手綱を強く引くも、颯矢は首を振って指示を聞かなかった。颯矢の異変に気づいたのか、この道の終着地に厩舎の職員が駆け寄ってくるのが見えた。
だが、迷う間もなく、三の的がかつてない速さで近づいてくる。

―くそっ! 仕方ねぇっ!

俺は瞬時に三の矢を番え、ほとんど的を絞り切れないままにパッと放った。
標的を射抜いたかどうかさえ見届ける余裕もなく、俺は弓を肩にかけ、両手で手綱を強く引く。馬を制御するための馬具の使い方なら覚えている。
颯矢は減速を嫌がった。俺は声を限りに叫んでいた。
「颯矢! もう道は終わりだ! 止まれ!」
ひと際甲高いいななきがその場に響き渡った。


颯矢の不調はやはり脱水症状からくるものだった。
馬は暑さに弱い。予想以上の暑さは、颯矢から正常な思考を奪っていた。
「西門様…。この度の不行き届き、本当に申し訳ございません」
今にも土下座しそうな勢いの神社の関係者に、俺は笑って応える。
「結果的に神事は無事に終わりましたし、馬の不調は予測しにくいものです。颯矢の不調が軽いものでよかった。…どうぞお気になさらないでください」
苦し紛れに放った三の矢はかろうじて的の内を射抜いていた。
…二度はできない芸当だったろう。
「しかし…」
相手は俺の右手首に巻かれた包帯を見つめる。
暴れる颯矢を宥める際、変な角度で力をかけて痛めてしまっていた。
「ひねっただけです。2~3日もすればよくなるでしょう」
ひたすら恐縮し続ける面々に飽いてくる頃、迎えの車が到着したとの知らせが入った。またご指名があれば喜んで参ります、とリップサービスをつけて、俺達は神社を後にした。



******



「わぁ…暑…」
アルバイトを終えて店の裏口を出た途端、息苦しいような蒸し暑さを感じて、あたしは一瞬足を止めた。
…宮城も暑かっただろうな。
今日の午後に行われただろう流鏑馬神事のことを思い、あたしはそのまま店の前に回って、彩りよく飾られた大笹をじっと見上げた。笹は明日には撤去されることになっている。
最後にもう一度自分の短冊を見ようとして、…なぜかそれを見つけることができなかった。
「紙縒りがちぎれて、どこかに行っちゃったのかなぁ…」
手を伸ばして吊るされた短冊をあらためながら、そう独りごちた時だった。

「お前の短冊なら、ここにあるぞ」
「へっ?」
思いがけない場所から、思いがけない声がかかって、あたしは声の方をパッと振り向いた。
「…よぉ」
店の斜め前のガードレールに寄りかかりながら、西門さんがあたしに右手を上げる。
「西門さんっ!? …あっ」
その右手首に巻かれた包帯にすぐ目が留まる。
「…ちょっと! ケガしてるのっ?」
彼がここにいることの理由よりも、彼が負ったケガのことの方が頭の中を占めて、あたしは慌てて西門さんに駆け寄った。咄嗟に包帯に触れようとしてはっと我に返り、伸ばした自分の手を引っ込める。

「…もしかして、失敗した?」
「バカ言うな。俺を誰だと思ってんだよ」
ひねっただけだ、という手首のケガは重くはないようで、あたしはホッと安堵の息をつく。そうして、あたしは西門さんの左の手中にある短冊に目を留めた。それは確かにあたしが書いたものだった。

…どうして、西門さんが? 金曜日まではここにあったよね?

「…あの、それ、…なんで?」
言葉につっかえるあたしを面白そうに見やって、西門さんが言う。
「しおらしいとこあるじゃん。…こっそり必勝祈願ってヤツ?」
「ちが…っ。ただ、あたしは友人として…」
西門さんは笑いを引っ込めて、急に真面目な顔つきになる。

「…これな、昨日の朝、類が俺んとこに持ってきた」
「花沢類が…?」
顔が火照る。花沢類がこれを見つけたんだとしたら、一昨日の夜、あたしを送ってから、彼は短冊を探しにここに戻ってきたということだ。
…いったい、なんのために、そんなこと…。
「…な、牧野。今日だけ正直にならねぇ? …いや、今だけでもいいからさ」
「……分かった」
あたしの顔はきっと真っ赤になっていただろう。


「まず、これはお前の短冊だよな?」
西門さんが確認するように言ったので、あたしはしぶしぶ頷く。
「…そうだよ」
「俺のことが心配だったか?」
その声音には決してからかいの響きがないことを理解して、あたしはまた頷く。
「…そうだよ。役目を果たせるのか、怪我なく帰ってこられるのか、心配だった」
正直になろう、と彼が提案したのだから、あたしは嘘は言わない。

「でも、叶わなかったみたいだね…」
あたしが彼の右手首を見やり、残念そうに言えば、西門さんはニッと大きく笑った。
「そうか? …お前が願ってくれたから、軽く済んだのかもしれねぇだろ? 結果的に役目は全うしたしな」
「…そっか、そういう考え方もあるよね」
あたしは彼につられて、曖昧に笑う。

「…で、俺の短冊がコレ」
あたしは西門さんが差し出した短冊を受け取る。
洒落た和紙に書かれた彼の願い事は、非常にシンプルだった。
『牧野が、いい答えをくれますように』
あたしは目を見開く。
「…えっと、これってどういう意、味…」
質問を言い終えるよりも早く、西門さんの左手があたしの頬に触れた。
あたしは西門さんの短冊を持ったまま、びっくりして固まってしまう。
「…一度しか言わねぇから、ちゃんと聞いとけよ」
彼の声が今までになく優しく響く。


「お前が好きだ、牧野。…覚悟決めて西門うちに来い」


…嘘。
最初に溢れたのは言葉ではなく、涙だった。
瞬きすらできずに彼の端麗な顔を見上げ、その唇から紡がれたプロポーズにただただ驚愕する。
「…それ、本気? あたしでいいの?」
「お前がいいんだよ。…塩飴、旨かったし?」
その言葉にまた涙が零れる。
にわかには信じられない気持ちで彼をじっと見つめ返す。
「…あのさ…本妻にはしてくれるけど、現地妻がたくさんいるとかは…あたしは嫌だよ…」
「お前なぁ。…そんなつもりは毛頭ねぇよ」

西門さんは呆れたようにそう言って、あたしの腰をおもむろに抱き寄せた。今までで一番近くなったその距離に、心臓がバクバクしてどうにかなってしまいそうだ。
「…で? 返事は?」
彼が屈託なく笑う。もうあたしの答えは分かってるとでもいうように。
…でも、ちゃんと言いたい。あたしの気持ちも。

「…あたしも、西門さんが好き。…ずっと、そう言いたかった」
「誓って言うぞ。…お前だけだからな」
西門さんはそう言って、あたしをギュッと抱きしめてくれた。あたしは溢れる涙を拭いもせず、彼の背に腕を回して同じように強く抱きしめ返した。

西門さんの唇があたしに触れる。
瞼に、頬に、…唇に。
彼と初めて交わしたキスは、温かい涙の味がした。



******



―時は流れて。

「何、見てんだ?」
縁側近くの揺り椅子に座り、楽しそうに何かを眺めている妻の後ろ姿を見て、俺は声をかける。
「あっ、総も見る?」
つくしが見ていたのはアルバムだった。
そこに対になるように挟まれた短冊を見て、俺は、「あぁ」と声を洩らす。
「それ、あの時の…」
「うん。毎年七夕が近づくと、つい眺めたくなっちゃうんだよねぇ」
わたしの宝物だよ、と華のように笑うつくしに微笑んで、俺は彼女の前に屈みこむ。つくしのお腹はふっくらと大きくふくらみ、そっと触れればポコンという胎動を感じた。
「今年の願い事はもう決まってるもんね?」
「…だな」
俺達は静かに微笑みあう。

こんなに心穏やかに過ごせる人生を、かつての俺は想像していなかった。あの夏の日、俺のプロポーズを受けて、つくしは俺の腕の中に飛び込んできた。
後ろ盾のない彼女を支えてくれたのは旧知の友人達と、俺の母親である家元夫人だった。茶道に対するつくしの真摯な姿勢は、やがて分家筋や後援会の煩型うるさがた達の評価を覆し、結果としてあの日からちょうど2年後の夏、俺達は多くの祝福を受けて夫婦になった。

7月には、つくしとのたくさんの思い出がつまっている。…きっと彼女とでなければ、それらをかけがえのないものだと感じることができなかった。

「…無事に生まれて来いよ」
俺の声に応えるかのように、掌にはまた元気な胎動が返った。
七夕を迎える頃、俺は、父になる。




ブログ村のランキングに参加しています。ポチッとお願いします☆

いつも拍手をありがとうございます! 
いやはや、総×つくしは勝手が分からず、お粗末様でした…。
関連記事
スポンサーサイト



2 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/09/23 (Sun) 22:07 | REPLY |   
nainai

nainai  

さ様

こんばんは。コメント再び…(笑)

総ちゃん推しのさ様に褒めてもらえて嬉しいです。書いたことがないCPはこうも勝手が違うものか~と非常に悩みました。
いろいろ調べて分かったことですが、夏に流鏑馬神事を実施する神社は全国でも少ないんですね。何度も流鏑馬の動画を見ながら、どんな風に表現すれば疾風感が出るかな…と悩んだ作品でもあります。

このネタが降ってきたのは、GWに家族でキャンプをしているときでした(笑) テントの暗い電灯の下で、ネタ帳に必死にプロットを書いている様は、家族にはとても面白く映ったようです。

2018/09/23 (Sun) 23:56 | REPLY |   

Post a comment