FC2ブログ

3-7

Category第3章 縒りあうもの
 2
都内にあるホテル上階のメインバーで、俺は一人、総二郎の到着を待っていた。
初めて訪れる店だったが、重厚でクラシカルな雰囲気は嫌いじゃない。
照明の光度は最小限まで抑えられて薄暗く、それが陰鬱な今の自分の心に障らず、むしろ心地よかった。
約束の時間を過ぎても、総二郎はなかなか姿を見せない。
俺は二杯目のショットグラスを煽りながら、それでも少しも酔えずに、これから訊くべきことを脳内で反芻した。
つくしと離れて、すでに1週間が経とうとしていた。

「…あの、お隣いいですか?」
傍らから、控えめだが自己主張の強い声がかかる。
無視を決め込んでいると、もう一度問われる。
「よかったら一緒に飲みませんか?」
同席を許した覚えはなかったが、可否を答えなかったためか、見知らぬ女がカウンターの隣の席に座った。
途端に甘ったるい香水が強く香って、俺は思わず眉根を寄せる。
「…人を待ってる。他を当たって」
女を一瞥もせずに素っ気なく言えば、相手は静かに席を外した。
…まるで興味が湧かなかった。



「よぉ、待たせたな」
結局、総二郎が来たのは予定を30分近く過ぎた頃だった。この時間と場所を指定したのは彼だったが、無理を押して都合をつけさせたのは自分だったから、到着がどれほど遅れようと構わなかった。
「奥の部屋、使うぜ」
総二郎はカウンター内にいるバーテンダーに声をかけると、俺に向けては店の奥へと顎をしゃくった。勝手知ったるように通路を進む総二郎の背を追い、場所を変える。
辿り着いた部屋は眠らない街を一望できる展望席だった。テーブルは窓側にのみ設置されていたから、外に向かって、総二郎と並んで座るような形になる。


「で、俺に何が訊きたいんだ?」
間もなく、俺達の前には新しいロックグラスが二つ供された。
スタッフを遠ざけてしまうと、総二郎が口火を切る。
「…牧野に、振られたらしいな?」
最初から遠慮なしに核心に触れられ、どうしても声が硬くなる。
「あの夜、つくしをホテルから連れ出したのは、総二郎?」
「あぁ。従姉に協力してもらった」
あのとき、あの状況でそれが可能だったのは彼らのうちの誰かしか考えられなかったが、総二郎だと確信があったわけではない。
それでも、彼はあっさりとそれを認めた。
「牧野から電話がかかってきた。…で、頼まれたから、望み通りにしてやった」
「あのとき、俺に話しかけてきた二人組は?」
「あれは、あきらの差し金だ。…司は関与してねぇよ」


「つくしはなんて言ってたの」
「…詳しく話を聞く暇なんかなかったさ。あいつ、車にたどり着く前に、非常階段で身動き取れなくなっちまったんだからよ」
俺は、急に息苦しさを覚える。
そうまでして自分から逃れようとした、つくしの切迫感を知って。
「抱き上げたらそのまま意識を失くしたから、病院に連れて行った」
「美作総合病院?」
それにも、そうだ、と短く答えが返る。
「ちゃんと検査させた。…妊娠の可能性はすぐ否定されたからな」
その結果が判明するまで、総二郎とあきらは病院に残っていたという。


「…あきらが動くぞ」
総二郎は告げる。それが回避しがたい事実であるかのように。
俺はすぐに総二郎を見たが、相手はこちらに視線を振らずに眼下の夜景を見つめている。その凛とした横顔からは、音もなく静かに燃える怒りが滲み出ているような気がした。
「あいつも、ずっと牧野が好きだった。…あれだけ疲弊した牧野を見たら、もうお前に遠慮する必要はないと思っただろうな。…だから、あきらはお前の連絡には応じない」
確かにそうだった。
総二郎を呼び出す前、あきらにも電話をかけたけれど応答がなかった。
後で送ったメールには、聞きたいことがあるから、と書いておいた。
いつもならこちらからの連絡に律儀に返答するはずの親友は、この数日全くの音信不通だった。あきらが、俺からの連絡に気付いていないのではなく、意図的に無視していたことを知る。


「俺はお前のダチでもあるけど、あきらのダチでもある」
総二郎は続ける。
「それから俺は牧野のダチでもある。だから、お前の肩ばかり持つことはできない」
「………」
俺は総二郎の心情を悟る。…やはり、彼も怒っていたのだ。
つくしをあそこまで追い詰め、ストレスを抱え込ませたことに。
「本来なら中立な立場を買って出たいところだが、今回はどうしたって牧野寄りになる。……あいつのあんな苦しそうな顔、見たくなかったぞ」
親友の非難に、俺はただ項垂れることしかできなかった。


「で、改めて訊くが、俺に何が訊きたいんだ?」
「…今更だけど、以前の自分がどんな人間だったのか、つくしとはどういう関係だったのか、知りたい」
総二郎は、ロックグラスを傾けた。カランと氷が鳴る。
「本当に今更だな。…知ってどうする?」
「…俺はつくしとやり直したい。だから、俺の何が悪かったのかをきちんと考えるために、過去が知りたい」
つくしは、彼女の視点から俺の過去を話してくれた。
だから、別の視点からも俺がどういう人間で、何を考えて生きてきたのかを知ることができれば、と思う。
邸内では、使用人頭の康江に最初にそれを問うた。
康江は俺の要望に応じ、自分の知り得る限りで、彼女との様々なエピソードを聞かせてくれた。


「…逆に言えば、何が悪かったのか、現時点でお前は自覚できてないってことか?」
総二郎の声が尖る。俺は、違う、と否定から入る。
「パーティーの夜のやり取りが、決定打になったことは自覚してる。…だけど、つくしを追い詰めたのがそれだけじゃないのも分かってる」
「じゃ、話してやるから、先にお前の話を聞かせろや。…まずあの日、俺らと別れた後、お前達の間でどんなやりとりがあった?」
たとえ相手が総二郎といえども、話して聞かせたいような内容ではない。
醜い嫉妬の感情に支配され、彼女を深く傷つけた一連のやり取り…。
俺の躊躇を鋭く察知したのだろう。
総二郎は今度こそはっきりと怒りを顕わにし、低く吐き捨てるように言った。
「…ここで自分をさらけ出す勇気がねぇなら帰れ! 時間の無駄だ!」

その一言に、俺は覚悟を決めた。
どんなに無様でも、状況を打開するために必要なことなら俺はやる。
あの時、あの瞬間、決して冷静な自分ではなかったけれど、自分の話したこと、彼女が話したことはほぼ正確に覚えている。
話し終えると、総二郎はさらに質問を繰り出してきた。
「…牧野が花沢に入ることになったっていう経緯は? あいつ、『fairy』の内定もらってたろ? ずっとそのために頑張ってきたんだろ?」


総二郎が問い、それに俺が答えて…。
そのやり取りを幾度か繰り返した後に、総二郎はしみじみと言った。
「なるほどな。…お前達が上手くいかないわけだ」
「…お前には、理解できた?」
「あぁ…たぶんな」
そう言って、少し考え込むような表情を見せる。俺はじっと次の言葉を待った。
―答えが分かるのなら、教えてほしい。
そんな気持ちが膨れ上がって苛立ちが募るのを、氷で薄まったブランデーを煽って抑え込んだ。

ズキッ…
今日も目の奥が痛む。…その痛みにももう慣れつつあった。


ようやく総二郎が話し始めたのは、沈黙のまま数分が経過した後だった。
「…記憶が失われただけじゃ、なかったんだよな」
ふーっといつもより長いため息が吐かれて。
「お前の考え方そのものも、6年前…つまり17歳の頃まで戻ってしまってるんだ」




ブログ村のランキングに参加しています。ポチッとお願いします☆

いつも拍手をありがとうございます。 次回、初めての総二郎視点です!
関連記事
スポンサーサイト



2 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/09/25 (Tue) 10:46 | REPLY |   
nainai

nainai  

わ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
返信が遅くなり申し訳ありません。

ここに至って初めて、二人の間にある問題が顕在化しました。つくしもずっと黙っていましたしね。周囲にいる人々は、これまでの経緯からどうしても彼女寄りのスタンスになってしまうのですが、類のことを完全に見放しているかと言えばそうでもないのです。真悠子も言いましたよね。『何が悪かったのかを自分で考えなさい』と。

次回、総二郎が類の本音に迫ります。私としてはこの話の核心部分であると思っています。今夜は作業が間に合わないので、明日午後10時をお楽しみに…。

2018/09/25 (Tue) 21:04 | REPLY |   

Post a comment