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Category第3章 縒りあうもの
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「昔のお前は、今のあきらみたいな立ち位置にいた。…分かるか?」
俺は語る。俺の中にある類の記憶を。
「当時、牧野は司と付き合ってた。その交際が上手くいくようにサポートし続けたのがお前だった。…人を替えれば、今の構図と同じだろ?」
司を類に、類をあきらに置き替えれば理解できるはずだ。
類は頷く。
「結局、あいつらは司の会社の事情で別れざるを得なかった。…牧野は深く傷ついた。それを皆で支えた。…お前は一番近くにいて、あいつが立ち直るのをずっと見守ってた」
「…俺は、いつからつくしのことが好きだった?」
俺は首を振る。
類はその想いを秘めていた。…司に遠慮して。
「知らねぇ。お前は黙ってたからな。…そもそもの最初、牧野はお前のことが好きだったのに、お前は静のことが好きだったから一度振ってる。そのあとはずっと友人関係で。…いつの間にか、友情が愛情に移り変わったんだろうがな」


「今のお前と牧野の関係は、当時のお前と静の関係と似ているように、俺は思う」
思いがけないことを指摘されたように、類は目を瞬かせる。
「…つくしと、静が似てるって?」
俺は頷く。
「静は弁護士になるために多くのものを手離した。天晴れな志だったと思う。…そうまではなくても、牧野もデザイナーになるために転学までして必死に努力してきた。言うなれば、二人はそれぞれが夢追い人で、芯の強い女だ」
―芯の強さは、信念の強さ。
まるでタイプの違う女性だが、その点において、二人には相似性があると俺は思う。


「俺達みたいに夢もなく、それを求めることも叶わない人間には眩しい存在だよな。だから17歳のお前は、静を追えなくなった。静に並び立てない自分を知ったんだ。…帰国したお前は自暴自棄になった。もう聞いてるよな?」
俺の問いかけに、類は頷く。
「静のときは黙って身を引いたお前だけど、今回は出方が違うんだよな。夢を追う牧野に対して、お前は自分の我を強く通そうとしている。今は学生じゃなく、社会的な地位があるせいかもしれないが…」
類はそれに何かを言い返そうとして、結局は何も言わなかった。


「…事故で記憶を失って、お前がどれほど苦しかったかは想像するに余りある。お前が大変な時期に、俺もあきらも自分の仕事に手一杯で、その苦悩を分かってやれなかったことは、本当に申し訳なく思ってる。…俺達の目算も甘かったんだ」
目算?と問うた類の瞳をじっと見据える。
色素の薄い澄んだ瞳が、ゆらゆらと揺れている。
「牧野がいたから。かつての司は記憶を取り戻したから。……だから、類もきっと大丈夫だろうと高を括っちまった。こんな風に、二人の関係がこじれていってしまうことを想定してなかった」
もっと気にかけてやるべきだった、と今は思う。
…あれほどまで、牧野が追い詰められてしまう前に。


「……別に、総二郎たちのせいじゃない」
類は、手元のグラスに視線を落とす。
「俺達がこうなったのは、結局は俺の問題だと思う…」
「…ま、突き詰めればそうなんだけどよ」
俺は小さく笑う。
「牧野は、精一杯お前のために心を砕いてくれたろう? あいつはそういうヤツだからな。素直で、裏表がなくて、…何より人として信頼できる」
そういう人間は、実のところ、俺にとっても稀少だ。
信頼、と呟き、類はまたうつむいた。


「牧野の在り方をお前が正しく見つめるのなら、記憶がなくても、二人はやり直せるだろうと踏んでた。お前の考え方そのものが17歳に戻っていたんだとしてもな。……実際、同棲を再開したんだろ?」
「…俺が元のような関係に戻りたいって言った。つくしもそれに応えてくれた…」
「だけど、そのとき、ちゃんとお前の愛情を示したか? 好きだって伝えてやったか?」
「それは…」
類は言い淀む。
牧野は、類の気持ちが分からない、とあきらに言ったという。
類の反応を見れば明白だった。
…こいつは、たぶん、一番基本的なことをおろそかにしてきたんだ。


「一緒にいればいるほど、つくしが心から求めているのは、過去の俺なんじゃないかって感じるようになった。…他の奴らと同じように」
テーブルの上で組み合わせた類の両手が小刻みに震えている。
俺の目に痛々しく映る、類の深い苦悩。
「あいつはいつも優しかったし、俺の気持ちに懸命に寄り添おうとしてくれた。…だけど、本当の意味では、自分は求められていないんじゃないかと思うと、耐えがたいほど苦しかった…」
ようやく明らかになる、類の心情。
「何度も、何度もつくしの気持ちを試した。…最終的に、あいつの口から自分より他に大切な物はないとまで言わせて、やっとつくしを心から信じようと思えるようになった…。だけど、司といる時のあいつの笑顔を見たら、責める気持ちを抑えられなかったんだ…」

パーティーの夜に見せた、類の感情的な言動。
まるで、牧野を俺達の目にも触れさせたくないとでもいうような。
そして、彼女の夢を断ってまで、自分の腕の中に収めてしまいたいという強い、強い独占欲。
それだけの恋着を抱きながらもそのことに無自覚で。
なのに牧野の愛情には懐疑的で。
俺は牧野の戸惑いを理解した。…そして、彼女の怒りも。


「…類は、類だろ? 今も昔もねぇよ。記憶があろうとなかろうと、お前はお前でしかない」
俺は断じる。
類は、まるで別人格のように過去を語るけれど、そうじゃない。
…それに。
これからでも、お前はそう変わっていけるんだ。
「お前はな、あいつが好きで好きで、どうしようもねぇんだよ! 過去の自分に嫉妬するほどな。…そんなふうに嫉妬も独占欲も人一倍強いくせに、なんでそれが自覚できてねぇんだよ。見栄なんか張るな。お前の弱い部分も全部晒しちまえよ。…そんなんだから、牧野が苦しむんだろうが!」
つい語気を強めてしまい、俺は自分を落ち着かせるために大きく息を吐く。

「自分だけを見てほしいっていう願望を相手に押し付けるのは、ただの独善なんだからな? …本当は誰だってそういう願望は持ってる。だが、そうはできない相手の事情を考慮するもんだ」
言葉を選びながら、努めて冷静に類を諭す。
「牧野は、お前の所有物じゃない。お前の思い通りになんて、できねぇよ」
「……そうだね」
類の声は消え入りそうに小さかった。


「…相手の立場になって、今までの物事を考えてみたか? 自分の都合だけを考えてこなかったか? …22歳の牧野が望むことを、正しく理解できてるか?」

類は答えなかった。
…答えられなかったのだろう。
無理もない。
17歳の俺達には、そういった視点が存在しなかったのだから。
あくまでも自分が主体。それが許される立場にいた。
…だが、今は違う。

「だから、牧野は距離を置きたいって言ったんだよ。…お前があまりに分かってねぇから」
牧野は苦悩しただろう。
どうにかして、そのことを類に伝えようとしただろう。
悩んで、悩んで、悩み抜いて出して答えがあぁだった、ということだ。
「ここまで言ってやっても、それが分からねぇガキなら、お前に牧野を追い求める資格はねぇ。あきらでも、司でも、あいつを幸せにしてやりたいって心底思ってる奴に譲ってやれ。…その方が、牧野もよっぽど幸せになれるってもんだぜ」




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いつも拍手をありがとうございます。
伝えたいことがうまく伝わればいいのですが…。
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2 Comments

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2018/09/26 (Wed) 23:17 | REPLY |   
nainai

nainai  

み様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
何度も読み返してくださったとのこと…。頑張った甲斐がありました!

第2章の類の行動については、今回までのお話で粗方見えてくるものがあったのではないかと思います。どうやったらうまく伝わるだろうと直前まで悩みながら、文章を直して直して直して……のUPでした。このあたりの反省点は、最後のあとがきでも触れたいと思います。

総二郎は類に指針を示しました。つくしの本心も理解しているからこその行動です。類はどうあっても6年の壁を乗り越える必要があるんですよね。続き、待っていてくださいね。

2018/09/27 (Thu) 00:29 | REPLY |   

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