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Category第3章 縒りあうもの
 2
会場内は多くの観客でひしめき合っている。
開始時刻が近づくにつれ、さざめきは次第に大きくなり、その場は熱気に満ちていくようだった。俺はランウェイの張り出し部分には近づかず、会場の入口近くの壁に凭れて場内を見渡す。
「会場にお集まりの皆様、長らくお待たせ致しました。定刻となりましたので、これより、第48期生による卒業制作発表会を開催いたします」
高らかに開催宣言がなされると、間もなく音楽が鳴り始めた。司会者の進行に合わせてアパレルデザイナーコースの最初の発表者が舞台に姿を見せる。
出席番号順に発表するらしいことが分かると、俺は軽く目を閉じた。
…つくしの順番は、まだ先だ。


『つくしの発表を見に行きたいので、そのための時間をいただけませんか?』
彼女が残した言葉の欠片を集めて、つくしの在籍する専門学校を突き止めると、俺は母にその許可を求めた。母は一瞬厳しい表情になる。
『…つくしさんに会うつもりでいるの?』
『いいえ』
俺は即答した。
『…ただ、見届けたいんです。彼女がやり遂げたいことを。…彼女が身を置く世界に触れてみたいんです』
『やっとその境地に達したのね?』
母は言う。
『あなたは、もっと早くそれを知るべきだった。…そうでしょう?』
『はい』


総二郎に叱責されたあの夜から、ずっと考えてきた。
つくしの視点に立つこと。
…彼女の立場に、自分を置き換えて考えてみること。
彼女の望みを知ること。
…頑なに知ろうとしなかった、つくしの情熱のに触れてみること。
そのためにもう一度彼女を、過去の自分のすべてを知ろうと思った。
最初に、康江に尋ねた。
総二郎にも尋ねた。…あきらからは、結局返事は来なかった。
それから母に。父に。秘書の田村に。
磐田をはじめとした邸内の者達に。職を辞した宮本にも改めて話を聞いた。

そして彼女をこの世界に誘い、導き続ける東八千代さんにも俺は面会を申し込んだ。八千代さんに会うときはひどく緊張した。彼女からの厳しい叱責を俺は覚悟した。
だが、彼女は俺に向け感情を乱すことなく、俺の話を静かに聞き、質問に対して丁寧に答えてくれた。
もちろん、つくしの現況については何も教えてもらえなかった。
最後に、彼女はこの言葉を俺に残してくれた。
『類さん、素直になりなさい。あなたの心からの言葉じゃなければ、つくしさんにはもう届かないわ』


皆が口にすることは、まるで揃えたかのように同じだった。
いかにして、彼女が俺というひとりの人間を変えてきたのか。
記憶のない俺に、彼女がどんなふうに心を砕いてきたのか。
どれほど彼女がファッションの世界を愛し、デザイナーになるために必死に努力してきたのか…。



今なら解る。
自分が大きな失意を彼女に与え続けてきたことが。
今の自分を理解されたい。受け入れられたい。
俺が彼女に対して強く訴え続けたように、きっと彼女も俺にそうして欲しいと思っていただろう。
自分の夢を理解されたい。受け入れられたい。
だけど、俺からは一歩も彼女に歩み寄ろうとしなかった。
考えていたのは、俺を主体にした世界だけで。
自分がどうしたいのか、それだけを前面に押し出して、彼女の優しさに縋れるだけ縋った。彼女に我慢を強いることで成立するアンバランスな関係が、継続できるはずもなかったのに…。



「…33番、牧野つくしさん」
彼女の名を耳に拾い、俺はつと顔を上げた。

ステージの右方の袖から現れ、しっかりとした足取りでランウェイを歩いてくる彼女を視界にとらえる。白いレースワンピースに身を包んだつくしは、場内を感嘆の声で満たした。
『俺達みたいに夢もなく、それを求めることも叶わない人間には眩しい存在だよな』
…総二郎の言葉の通りだ。
実際、つくしはこれ以上ないほどに輝いて見えた。
まるで少女のような可憐な姿が、目に焼き付くようだ。
眩いばかりの輝きを放ちながら歩を進め、彼女はステージの先端で立ち止まる。その場でくるりと回ってみせたつくしは、観客に向けて一礼をした後、ランウェイを戻っていこうとした。


ー刹那。
交錯する俺達の視線。
この暗がりにあって、これだけの距離があるにもかかわらず、つくしは真っ直ぐに俺を見た。


―つくし…っ!


声なき俺の心の叫びが聴こえたはずはないのに、それに応えて彼女も俺の名を呼んでくれたような気がした。
次の瞬間、彼女は笑んだ。ふんわりと。
それが久しく見ることの叶わなかった、心からの笑顔であることに気付いて、俺は一人、胸を熱くする。
彼女は流れるような動きのままランウェイを戻り、やがて舞台の左方の袖へと姿を消した。



「来てると思ったぜ」
つくしの消えた舞台袖を食い入るように見つめていると、場内の雑多な音の中から聞き慣れた声を拾う。
「…まぁ、来てなかったら、今度こそお前を許してやんなかったけどな」
「あきら…」
あきらは俺の隣に少しだけ距離を空けて並び、壁に凭れかかった。場内の音楽は変わり、舞台ではブライダルドレスコースの発表が次々に行われていた。
「…考えてみたか?」
「あぁ」
俺は頷く。
あきらには、ひどく後ろめたい気がした。

「…で? お前はどうしたい?」
「つくしと、もう一度、やり直したい」
「牧野は、もうそれを望んでないかもしれないぞ?」
「それでもいい。時間がかかってもいい。でも諦めたくない。…ようやく色々なことが、正しく理解できるようになってきたから」


最後に彼女に触れてから2週間。
自分の体の一部を失ってしまったかのような喪失感に、俺は苛まれ続けた。
彼女から距離を置かれて、初めて気づいたこと。
過去を追い求めていたのは、彼女だけじゃなかった。
それを責めた自分も、実は、同じように過去を追い求めていた。
つくしとの関係に気付いた、あの写真に写っていた二人の笑顔を、俺は心のどこかでいつも意識していた。

あんなふうに笑える自分になりたい。
そして、彼女にもあの素敵な笑顔を見せてほしい。

それは、長い年月をかけて紡がれた絆から生じたものだったのに、俺はそれをすぐに手に入れたいと願ってしまった。そして、思うようにならない現実に苛立って…。
過去を求める彼女を責めるのならば、同じように、過去を求めた俺も責めを負うべきだったのだ。


「…自分勝手だな」
そこまでの思考を読んだかのように、あきらが呟く。
「あぁ…。だから、つくしに謝りたい。これまでのことを。…すぐには許してくれなくても、何度でも」
「…………」
あきらは黙り込んだ。
ややあって口を開いたとき、意外なことを彼は話題に上らせた。
「…学生のときを振り返ってみたんだよな。俺も」





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いつも拍手をありがとうございます。申し訳ないことに仕事の繁忙期のため、しばらく隔日更新とさせていただきます<(_ _)> 今月中には終われるように頑張ります…💦
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2 Comments

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2018/10/02 (Tue) 13:59 | REPLY |   
nainai

nainai  

ま様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
お返事が遅くなり申し訳ありません。

ここまで本当に長かったと思います。第3章も中盤です。
類は今まで知ることのなかったつくしの情熱に触れました。鮮烈な印象を受けたと思います。ここにあきらが加わったことで、物語はどんどん補完されていきます。コンペはもう少し続きます!

私も二人は最高のカップルだと思っていますよ♡
ラストまで頑張っていきますので、よろしくお願いします。

2018/10/02 (Tue) 20:41 | REPLY |   

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