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Category第3章 縒りあうもの
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牧野が最後の出演を終えて、舞台袖に戻った。
あと数人の発表で長丁場のコンペも終了する。
アーティスティックに黒でキメた牧野は、最高のパフォーマーだった。
場内の熱気は最高潮に達した。

牧野の発表を見届け、類はようやく彼女の望みを真から理解できたようだった。
その様子を見て、俺はホッと安堵の息を吐く。
総二郎からは、すでに類の現状を聞いていた。あいつが、牧野にどんなふうに接してきたのかも。はたから見れば、二人のすれ違いは、詰まるところ相互理解の圧倒的な不足によるものだった。
記憶を失いながらも牧野を求め、自分だけを見つめてほしいと願いながらもその想いを正しく表現できない類と。
片や、類のつたなさを許容しながらも自身の夢に忠実であり続け、類との相克そうこくんでしまった牧野と。

俺でも、総二郎でも、誰でもいい。
二人の間に立つ人間がおそらくは必要だった。
だが、牧野に妊娠の可能性が持ち上がったように、二人の問題はきっともっと深い部分に食い込んでいる。彼らの性格上、それを他者に相談できるとも思えなかった。
…結果として、二人の関係は緩やかに壊れていったのだろう。


…もう何年も前のことだ。
ばあさんからは、牧野の印象をこんな風に聞いていた。
『もしかしたら私は、後継を育てる機会に恵まれたのかもしれない』と。
弾むような声で嬉しそうにそう言った彼女に対し、そう上手く事が運ぶかな、と俺は半信半疑だった。それでも、ばあさんには、最初の最初から牧野に何か感じるものがあったんだろう。

だから、手塩にかけて牧野を育てようとし、密やかに自分の夢を託した。
あいつがそれを自覚していたかどうかは、ともかくとして…。
牧野はその期待に応えた。
ばあさんの願いに呼応するように専門学校では好成績を収め、その才能を開花させ、最終的に『fairy』の内定を勝ち取った。
もちろん、そこに作為も裏工作も存在しない。
牧野は内に秘めた情熱と真の実力で、ここまでやってきたのだ。


類が記憶を失いながらも、牧野を再び愛するようになることは想定内だった。
結局のところ、どんなふうに出会っても、きっと類は…、俺達は牧野に惹かれるのだろうと思う。
牧野は、相手の本質をまっすぐに見抜く。
気持ちに寄り添ってくれる。
一番欲しい言葉をくれる。
彼女の瞳に自分だけを映してほしい、と願った類の気持ちは分からないでもない。
だけど、そうしてしまえば牧野の輝きは半減する。


彼女は恒星だ。
自身で光と熱を発しながら、闇を照らし続ける存在。
…狭小な世界に閉じ込めてしまうことなど、最初からできはしないのだ。



正直を言えば、類に会うまで、俺の気持ちはグラグラと揺れ続けていた。

決別を告げ、奴を想いながら嗚咽する牧野を見た時、その肩があまりに華奢で思わず抱きしめていた。
牧野が俺には友情しか抱いていないことくらい、痛いほど分かっている。
だけど牧野が一瞬の抗いを見せた後、俺に縋るようにして咽び泣きし始めると、彼女を想う気持ちがとめどなく溢れて俺は苦しかった。
自分なら…と思う。
今の自分なら、こんなふうに彼女を傷つけ、苦しめることもないのに、と。


後日、類から電話がかかってきたことには最初気づけなかった。
続けて送られてきた『話を聞きたい』という旨のメールに、すぐ返信しようという気持ちはあった。…だけど、できなかった。いじましい自分のプライドを自覚しながらも、結局、俺は類の求めに応じることを避けた。
俺達4人の中で何かあれば、調整のために動くのはいつも俺の役割だった。
その役割を全うせねばと思う気持ちと、牧野を求める気持ちとがぶつかり合い、俺を苦悩させた。
総二郎にそれを話すと、バカだな、と苦笑された。…俺自身も、そう思った。


昨夜、牧野に会った。
他意はない。彼女に激励を送るだけのつもりだった。
顔を合わせるのは、彼女の悲しみに寄り添ったあの日以来だったから、少しだけ緊張した。…自分にも女のことで緊張することがあるのだ、と妙におかしく感じられた。
牧野は復調していた。
どこか吹っ切れたような顔をして、翌日のコンペに臨もうとしていた。
来週には、ここから居を移すという。それは母親からも聞いていた。
当たり前といえば、当たり前のことだった。
それを引き留めたい、彼女に近くにいてほしいと思うのは、俺の勝手な願いだ。

「明日のコンペ、頑張れよ」
俺がそう言うと、牧野はふんわりと笑んだ。
「ありがとう。さっき、八千代先生からも激励のお電話があったの。明日、会場には行けないからって」
ばあさんの名を聞くと、少しだけ胸がざわついた。
「…なぁ、牧野。…お前にとって、ばあさんの期待は重荷じゃなかったか?」
一度、問いたいと思っていた。

牧野の才能を見出して導き、密かに後継として育成しようとしている祖母。
…ある意味で、彼女の命運を握っている彼女。
穿った見方をすれば、ばあさんが牧野と深く関わりを持とうとしなければ、今回のような類との相克は生まれなかったのかもしれないのだ。
彼女が夢を強く意識するのは、祖母の期待に応えたいという、牧野の実直さや義務感から生じたものではないのか…。

「重荷だなんて思ったことはないよ。先生の期待に応えられたらって、常々思ってはいるけど」
牧野は笑う。それが少しだけ翳ってみえるのは、類のことがあるからだろう。
「…ずっと自分に自信が持てなかった。何をどう頑張れば、みんなに並び立てるのか分からなくて…。だけど今、気持ちの上ではすごく充実してる。これがあたしだって言えるものが、やっと見つけられたから。…だから、先生には本当に感謝の気持ちしかないよ」
そうか、と答えた俺の複雑な胸中を、牧野は今後も知ることはないだろう。


揺らぎ続けた俺の気持ちは、コンペ会場で類を見つけた瞬間に霧散した。
俺は見た。
会場の入口近くの壁に凭れかかった影。
1回目の発表を終えた彼女が消えた舞台袖を凝視し、哀切に歪む類の顔を。
初めて見る表情だった。…苦しそうな顔だった。
それを見ただけで、もう駄目だった。
そんな類を押し退けてまで、自分の気持ちを優先したいとは到底思えなかった。


それから、牧野の発表を見守りながら、俺は類と話をした。
牧野を大切に想うように、旧知の友を大切に想う気持ちに嘘はない。
類は、牧野が投げかけた問いの答えを、ほとんど掴み取れていた。
残るピースは、彼女の情熱パッション
それに触れれば、今の類にもきっと理解できるだろう。
…得てして、そうなった。
牧野の発表を見て、類はようやくすべてを理解した様子だった。

これで万事がうまくいくはずだ。
類も、牧野も、幸せになれる。
…そう、思ったのに。


類が最初に頭痛を訴えたとき、それを重大なものとは捉えなかった。
痛み止めを飲んだ後は普通に話もできたから。
だが、唐突に、それはやってきた。
類は低く呻くと、壁を背にズルズルと座り込んだ。左の二の腕を咄嗟に掴み、そのまま床に倒れ込みそうになるのをかろうじて阻止する。
「…類っ!」
俺の呼びかけに対する類の反応は鈍かった。嘔気があるのか口元を押さえたままで、意識を保つのがやっとという状態だった。

―いったい、どうしたってんだよ! 類っ!




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いつも拍手をありがとうございます。
あきらの葛藤と友愛が伝わってくれればいいなぁと思います。
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2 Comments

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2018/10/07 (Sun) 23:36 | REPLY |   

nainai  

み様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。

あきらも総二郎も、結局どこまで行っても、類の親友であるというスタンスを崩さないだろうと思ったんです。あきらはつくしへの気持ちがあるので揺れましたが、類の苦しみを知れば自ずとその境地へ至るだろうと。損な役回りで申し訳ないところです(^_^;)

司はまだ妻帯者ですからここへは絡めてきませんでしたが、もし離婚していたとしても、やっぱり類を叱咤激励したのではないかと思います。

物語はいよいよクライマックスへと。更新頑張ります!

2018/10/08 (Mon) 01:03 | REPLY |   

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