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Category第3章 縒りあうもの
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最後の発表を終えて舞台袖に戻ったとき、あたしにはただ達成感しかなかった。
自分のすべてを出し切った。
思い残すことはないほどにやり切った。
そのことへの満足と、今しがた受けてきた大きな歓声とに、これまでにない高揚感で胸がいっぱいになる。
発表の途中から、類の横に美作さんが立っているのが見えた。
類は、あたしの発表を最後まで見届けてくれた。
美作さんに諭されてのことかもしれない。…でも、本当に嬉しかった。

控室に戻るまでの道は、生徒達でごった返していた。其処此処そこここで大舞台を無事に終えることのできた喜びを示し合って、喧騒をさらに大きくしている。
「つくしちゃん! お疲れ様!」
「お疲れ様でした! やり遂げましたねっ!」
菜々美さんと羽純ちゃんはあたしを待っていてくれた。
両腕を広げた羽純ちゃんと固く抱き合い、続けて菜々美さんとも抱き合い、背中を軽く叩き合って互いの健闘をこれでもかというほど讃え合う。
「は~。疲れたわね。早く祝杯をあげたい気分!」
「菜々美さん、そんなに自信あるんですか?」
羽純ちゃんが問うと、菜々美さんはうーんと伸びをしながら、あっけらかんと言う。
「もう結果はどうでもいいわ。自分の出せる力は出し切ったんだもの。そんな自分を褒めてやりたいってだけ」
「本当にそうですね。あたしも…完全燃焼です」
あたしは同意を示す。

最後の発表者が戻ってくるのが遠くに見え、コンペが終了したことが分かった。
これから観客による投票が行われ、各コースの最優秀賞が選出される。
その集計には、しばらく時間を要するだろう。


「お疲れ様会は、予定通り今夜でいいですか?」
「えぇ! 家族も準備を張り切ってたから、今日は大いに騒ごうね」
そんな話をしているときだった。
ポロロンと館内放送が始まり、講師の声が頭上に降る。
だけど、周囲が騒がしすぎてその内容は聞き取れない。
「先生、なんて言ってる?」
「全然聞き取れないんですけど、誰かを呼び出してるような…?」
あたしも首を傾げるばかりで、その内容には気を留めなかった。

…だけど、ほどなくして。

「………のさんっ!! 牧野さん、どこっ!?」
切羽詰まった声が、人波を割るようにして響き、あたしの耳朶を強く打った。
喧騒は一気に静まり、皆、声のする方に意識を向ける。
声を発したのは、館山さんだった。
館山さんは遠くからあたしの姿を捉えると、声を限りに叫んだ。
「すぐ玄関に行って! 会場であなたのご家族が倒れたって、さっきから放送が…!」

―家族?
―倒れた?

次の瞬間、あたしは駆け出していた。
もう何も聞こえなかった。
あたしが進むのを遮らないように、その場にいた生徒達は急いで道を空けてくれる。

今日、パパとママはここにはいない。仕事だから。
進もここにはいない。バイトがあるから。
それは分かっている。
なのに、ここで家族が倒れたというのなら、それが誰を指しているのかは明白だ。

―類だ!
―倒れたのは、類に違いない!



玄関までの道を、恐ろしくもどかしく感じながらあたしは疾走する。
「すみませんっ! どいてくださいっ!」
そう叫びながら全力で走り抜けるあたしを、周囲が驚いた眼で見つめている。
心臓が痛い。
足が縺れる。
唐突に体を突き抜けていく既視感デジャヴュ
…これは、事故の連絡を受けたあの夜の再現だ。
繰り返される悪夢なのだ。


「牧野っ! こっちだ!」
美作さんの鋭い声がした。見れば玄関には救急車が到着していて、誰かを乗せたストレッチャーが車内に収容されるところだった。
集まった人垣を無理やりに押し退けて、あたしは救急車の後部に駆け寄る。
―果たして、運ばれていたのは類だった。
「類っ、…類はっ!?」
「頭痛と嘔吐を訴えて倒れた。病状の詳細は伝えてある。お前が付き添え!」
美作さんは救急車の車内にあたしを押し込むと、後方に控えていた車にすぐ乗りこんだ様子だった。
「美作総合病院へ向かいます」
救急隊員が告げるのを、あたしはガクガクと震えながら聞いた。


ストレッチャーに横たわった類は目を閉じていた。
その顔色は蒼白で、まるで生気がない。
「…類っ」
彼に縋ろうとするあたしの動きを、隊員が厳しく制す。
「触れないでください。病状から脳疾患の可能性があります」
「そんな…」

―脳疾患って…。
―どうして…? 


「…………」
あたしはサイレンの音の合間に、微かな声を拾った。
見れば類が薄く目を開き、こちらを見つめていた。
口元が小さく動いて、彼があたしの名を紡いだのを見た。
「類…っ」
類の右手がわずかに動く。でも持ち上げられることはなく、指先だけがあたしの方に伸ばされるようだった。

その薬指に嵌まるリングが目に留まる。
―あぁ、とあたしは思う。
あたしの右薬指にも、それと揃いのリングが光っている…。


許可を求めるように、あたしは隊員の顔を見上げた。
「手を握るだけなら…」
それを聞き、すぐに両手で彼の右手を包んだ。
…類の手はひんやりと冷たかった。
「しっかりして…もうすぐ、病院に着くから…」
何が、どうなって、こうなってしまっているのか、まるで分からなかった。
だけど、彼を失ってしまうかもしれない恐怖に、あたしは心の底から震えあがる。
彼の苦悶の表情が、あたしを息苦しくさせる。
涙が、止まらなかった。

「類…、類…」
「………つ、くし」
今度は、はっきりと、類の声が聴こえた。
「…逢いたかった…。ずっと、謝り、たかった……」
「違うの。…あたしも悪かったの…」
ふっと類の表情が和らぐ。それがまるで微笑のように見えて。
「…泣かせて…ばかりで……ごめ…」
言葉尻が小さくなる。
彼の瞳は、今、ゆっくりと閉じられようとしていた。
「類…っ!!」
あたしは、全身から血の気が引いていくのが分かった。


「…意識レベル、下がりました」
電話で医師とやり取りをしていたらしい隊員から、冷静な声を聞く。
「類、頑張って…っ。もうすぐだから…っ」
「すみません。下がって」
隊員はあたしを後方に下がらせると素早く処置を始めた。
類の意識はもうなかった。
あたしは為す術もないまま、先ほどまで類と触れていた手を固く握り合わせ、ただ、無心に祈り続けた。

やがて、救急車は美作総合病院に到着した。
CT画像の診断により類に下された診断名は、慢性硬膜下血腫こうまくかけっしゅ
事故後、数カ月が経ってからでも起こり得るという脳疾患の一つだった。
彼の意識が戻ることはないまま、緊急手術が始められた。





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