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Category第3章 縒りあうもの
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硬膜下血腫とは、頭に傷害を受けた後、硬膜と脳の間に血腫という血の塊が形成される疾患だ。
病態には、傷害後すぐに血腫ができる急性と、傷害後長い時間をかけて血腫ができる慢性とがある。後者は、事故に遭って数カ月が経っていても起こる可能性がある。

類は、事故後に義務付けられた定期検査を、毎月きちんと受けていた。最後にCT検査をした時の画像は非常にクリアで、血腫の形成を示す所見は見られなかったそうだ。
その時点からそんなに時間は経過していないのに、彼がこうして倒れるに至ったことは、慢性でありながらも比較的に急性の転帰を辿った稀な症例だと医師は説明した。彼には何かしらの前兆があったはずだと医師は言う。…けれど、誰もそれを知らなかった。

治療方法は、端的に言えば、脳の手術によって血腫を取り除くことだ。
術式は、頭蓋骨に小さな穴をあけてそこから血腫を洗い流すという穿頭血腫除去術が選ばれた。開頭手術より遥かに安全で、予後もいいという。
真悠子さんは仕事のために東京を離れていて、手術に際しての同意手続きなどは執事の磐田さんが代行した。手術時間は1時間。思ったよりも短時間の処置で済んだことに、あたし達は皆、胸を撫で下ろした。
手術は無事に成功した。…あとは、彼の目覚めを待つだけだ。


あたしは最後に発表したときの衣装のまま、何も持たずにコンペ会場から飛び出してきていた。温度管理のされた病棟内とはいえ、冬にあってワンショルダーとスリットスカートという軽装のあたしが不憫だったらしく、美作さんは自分のコートを貸してくれた。
あたしの荷物は、菜々美さんと羽純ちゃんが、わざわざ病院まで届けに来てくれた。その頃には類の手術も終わっていて、あたしは集中治療室の傍のベンチに、放心状態のままへたり込んでいるところだった。

二人の姿を見た途端、あたしは涙をこらえきれなくなった。一頻り泣いて、ようやく気持ちが落ち着いてきた頃、羽純ちゃんがポツリと言った。
「…今は、こんなこと聞きたくはないかもしれませんが、表彰式がありました」
あたしは、最早コンペのことは失念しきっていた。
「つくしさんが、最優秀賞でした」
羽純ちゃんの涙が頬を伝う。菜々美さんも声を詰まらせた。
「…お祝いは、改めて言うことにするね。花沢さんがよくなったら…」
二人は代わるがわるあたしを抱きしめてくれ、ここに在る悲しみにそっと寄り添ってくれた。



集中治療室への入室は許されず、あたしは磐田さんと美作さんと一緒に、隔壁のこちら側から、あちら側にいる類にじっと目線を注ぐ。
いつかの夜も、こうして彼を見守った。それでもあの時ほどの絶望感はない。
医師は、手術は無事に成功したと言った。…類の目覚めは近いはずだ。

それでも時間が経過すれば経過するほど、あたしの胸には不安が募っていった。
湧き起こる疑問もある。
次に目が覚めたとき、彼の記憶はどうなっているのだろう。
あたしを、受け入れてくれるだろうか。
でも、どんなことがあっても、あたしの気持ちはもう変わらない。


類の支えになりたい。
彼の苦しみに寄り添いたい。
もう離れたくない。
…類を、深く愛しているから。


救急車の中でのあのわずかな邂逅の間に、類とは心が通じ合った気がした。
もっと彼と話したい。
分かり合いたい。
今度こそ、本当の絆を結び合うために。




**********




暗い闇の中を彷徨っていた。
だけど、俺の名を呼び、導く声がある。
俺を励ます温かさがある。

―類。

すぐ近くで、彼女の声がする。
ゆっくりと視界が開けていく。
霞む視界の端に、防護服に身を包んだつくしの姿。
俺の手を、彼女は温かく包んでくれていた。

―あぁ。よかった。
―また、彼女に逢えた。

最初に思ったのはそれで。

俺と目が合うと彼女は漆黒の瞳を見開き、狼狽えたように背後を振り返った。
すぐ近くに母の姿も見える。

「類…っ」

声を詰まらせ、涙をこぼした彼女を抱きしめたい気持ちでいっぱいになる。

―戻ってきたよ。
―あんたの元に。
―だから、もう泣かないで。


にわかに周囲が騒がしくなり、医師や看護師が次々にやってきて、俺に触れる。
つくしとは手を離され、彼女は後方に下がってしまった。
「花沢さん、分かりますか? どこか痛みますか?」
応えて声を発したつもりだった。
だけど、声にならなくて、俺は首を振って意思表示をする。

ややもすると、瞼が重くなる。
また、ゆっくりと意識が沈み込んでいく。
起きていたいのに、体が言うことを聞かない。

―つくし、待っていて。
―あと、もう少しだけ…。





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いつも拍手をありがとうございます! 
やっと仕事のヤマを越えたので、しばらく更新ペースを上げます。
よろしくお付き合いくださいませ<(_ _)>
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2 Comments

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2018/10/12 (Fri) 09:54 | REPLY |   
nainai

nainai  

わ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
返信が遅くなり申し訳ありません。
今朝は、私の住まう地域もこの秋一番の寒さでした。台風が一過した後はビックリするくらい暑かったんですけどね(^^;)

さて物語は最後の山場を越え、あとは類の目覚めを待つだけになりました。伏線を回収しつつ、エンドへと向かいます。わ様に満足いただける展開であってほしいなぁ、と願うばかりです。

しばらくは毎日の更新ができそうです。今夜も10時にUPします!
最後までよろしくお願いしますね<(_ _)>

2018/10/12 (Fri) 18:54 | REPLY |   

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