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Category第3章 縒りあうもの
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わずかな時間ながらも、類の意識が戻ったのは12月3日のことだった。
医師の診察を受けている間に、彼の意識は再び遠のいた。
…次の目覚めは、なかなか訪れない。
血腫を取り除くためのドレーンも抜去され、治療経過はいいはずなのに。
やがて、類は集中治療室から出ることが許され、個室へと移動した。

夏の日の再現というように、病院に寝泊まりする日々が戻ってきた。
あたしは、今度こそ四六時中と言っていいほど彼の傍から離れなかった。
学校はずっと休んでいた。
ただ一心に、彼が目覚める瞬間を待つ。
真悠子さんはその立場上、夏と同じようには自由が利かず、仕事で方々に足を運んでいる。彼女が病室に顔を出すのは夜だけだった。
日中、代わりに病室に来るのは、花沢邸の人々だった。



類の手術が終わった日の夜、あたしはフランスにいる暁さんと電話で話をした。
何が起きたのかの経緯は真悠子さんから聞いていたらしく、暁さんは単刀直入にあたしに問いかけた。
「つくしさん、あなたが類に付き添ってくれるのは、義務感からだろうか?」
―彼が倒れたのが、あたしの学校の敷地内だったから。
「…いえ、そうではありません」
約2週間前、あたしが婚約解消を申し出たとき、暁さんとは直接話をしなかった。あたしは胃潰瘍のために衰弱していたし、話は真悠子さんが一手に引き受けてくれていたから。
類と距離を置きたいと思った理由と、救急車の中での短いやりとりを、簡潔に暁さんに伝えた。

「真悠子からは、類の狭量きょうりょうが主因だったと聞いている。…あなたには多大な心労をかけてしまった、と」
「いえ、類さんだけが悪いのではありません。わたし達それぞれに、考え方の違いを擦り合わせる努力が圧倒的に足りなかったんです。…結果として、わたしは体調を崩すに至りました。でもそうなる前に誰かに相談すればよかったのに、その内容を打ち明けることに躊躇いがあってできなかったんです…」
あたしは続ける。
「救急車の中で、類さんはわたしに『謝りたかった』と言ってくれました。今なら、ちゃんと話し合える気がするんです。今度こそ正しく向き合えるんじゃないかって。…お願いします。わたしが彼の傍にいることを、許していただけませんか?」

わずかな沈黙の後、暁さんはこう言った。
「…許すも、許さないもない。むしろ、あなたがそう申し出てくれるのを、心苦しく思うくらいだ。本来ならば、類のためにそうしてやってほしいとこいねがうのはこちらの方なのに」
暁さんは詫びる。
自身のとがを打ち明けて。
「息子の社会復帰を支えるのは、両親である私達が役割を担うのが筋だ。ましてや記憶障害など…。だが、私も真悠子も会社の経営を優先するあまり、いろいろな事をないがしろにしてきた。…婚約者であるという理由で、あなただけにその重責を背負わせるような真似をした。かつての類を変えることのできたあなたなら、どうにかしてくれると過大な期待を押し付けた。あなたの苦しみを理解してやることもなく。……本当に、本当に申し訳なかったと思っている」

―企業のトップに立つ者の宿命なのよ。
いつか真悠子さんが呟いた言葉が甦る。
その苦悩に満ちた声音をあたしは覚えている。
宿命を負うからといって、その痛みに慣れているわけでも、鈍感なわけでもない。

「改めて私からお願いしたい。類の傍にいてやってほしい。…あなたにしか、できないと思う」
「…でも、また失敗してしまうかもしれません。それでも、いいですか?」
あたしがそう言うと、暁さんはシニカルに笑った。
「そのときは、今度こそ息子を見限ってくれて構わないよ」



暁さんとの会話を回想しながら、あたしは類に話しかける。
「類はどんな夢を見てるの? もう眠るのは十分じゃない?」
ベッドサイドの椅子に座り、彼の右手を両手で包み込む。
彼が、少しでも寂しくないように。
傍にいるよ、と伝えるために。
眠る類の表情は本当に穏やかで、すぐにでも起き出してくれそうなのに、その瞬間はまだ訪れない。
「あたし、ずっと、待ってるんだよ…」

康江さんは先ほどいとまを申し出て、花沢邸へと帰ってしまっていた。
一人きりの時間は、刻が止まったようにゆっくりと過ぎていく。
病室に差し込む柔らかい陽光が、次第に朱く変わっていくのをぼんやりと眺める。
冬の夕暮れは早い。
今日も、何の変化なく、一日が暮れていこうとしている。

時間が経過するにつれ、だんだん体が重くなってくるのを感じた。
ずっと寝不足が続いていた。
小さな欠伸が一つ、…二つ。
蓄積した疲労に耐え切れなくなって、あたしはそのままウトウトとまどろみ始めた。





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