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3-20

Category第3章 縒りあうもの
 2
それから翌日までを振り返ると、本当にいろいろな事がつまった1日だった。


類が目覚めたことを、あたしはすぐ方々ほうぼうに知らせた。
真悠子さん、磐田さん、宮本夫妻は、知らせを受けてすぐさま病室に駆けつけた。
そのときには医師の診察は済んでいて、明日の検査で問題がなければ、数日以内に退院できるだろうとの見通しが示されていた。

あたしは、類のために流された多くの涙に出会った。
素直にそれを受け止めきれない彼は、皆のそうした反応に戸惑いを見せた。
「…今の気持ちを言葉にしてみて」
とあたしが言えば、
「泣かれると、困る」
と彼は返した。
「だけど、嬉しさもあるはずだよ」
と言い添えれば、彼はそれに応えて微笑を浮かべた。類の柔らかな笑顔を目にした真悠子さん達は、ますます涙が止められなくなったみたいだった。


その夜、あたし達は遅くまで二人で話をした。
事故後に彼が目覚めてから今までの、この数ヶ月間のことを。
あたし達は、『あの時の自分』が何を想い、何をしたかったのかをすべて晒け出した。好感情も、…もちろん悪感情も。
そうして分かったのは、お互いがどれほど多くの見誤りや思い違いをしていたのか、ということだった。

最後に、類はこう言ってくれた。
「ランウェイを歩くつくしの姿、最高にカッコよかった」
一瞬、言葉を失くしたあたしに、彼はさらに言い募る。
「痛いほど伝わってきた。つくしがどれほどの情熱を抱いて、この仕事に臨んできたのか」
握り合った手の温もりはいまや同じ温度になり、互いを想い合う気持ちもそれに準じようとしている。
「あんたは、デザイナーになるべきだ。…きっと、それが天職なんだと思う」
「…本気で、そう思ってくれてる?」

ずっと、思ってきた。
類に、分かってもらいたい、と。
あたしが、愛してやまないこの世界を。
綺麗なだけじゃなくても、楽しいばかりじゃなくても、惜しみなく情熱を注ぐことができるこの仕事を。

「本気だよ」
類の真っ直ぐな瞳を見れば、抑えきれない喜びで頬が熱くなるのを感じた。
類は、上気したあたしの頬を優しく撫でてくれる。その仕草があまりに優しいから、また瞳が潤みそうになり、類に先んじてそれを止められる。
「もう泣かないでよ。…笑って?」
無理やりに笑顔を作ろうとし、あたしの表情が中途半端なものになったのが可笑しかったんだろう。類の洩らした失笑にあたしが抗議すると、彼は形式ばかりの謝罪をくれた。


翌日の午前中、夢乃さんと八千代先生が揃って見舞いに来てくださった。あたしと類の間に流れる穏やかな空気に、二人はあたし達の関係の修復を悟ったという。

帰り際、病院のエントランスまで見送りに出たあたしに、夢乃さんが訊ねてきた。
「預かっているつくしちゃんの荷物は、花沢邸に運ばせていいかしら?」
「あっ、荷物…」
類と暮らしたマンションから運び出してもらった私物は、現在美作邸の一角に取り置かれたままになっている。
「すみません。いろいろな事があって、失念していました…」
「あら、いいのよ。こうして丸く収まったんですもの」
そうして、夢乃さんはこっそりとあたしに耳打ちをする。
「…つくしちゃんをお嫁さんにもらい損ねて、とても残念だわ」
「ゆ、夢乃さん…」
―本気だったのか、冗談だったのか。
うふふっと少女のように微笑んだ彼女の真意は、はっきりとは読み取れなかった。


「類さんの事があって、手離しには喜べなかったでしょうけれど、お祝いを一言、述べさせていただいていいかしら」
八千代先生が改めてそう仰るので、彼女が何を言おうとしているのかはすぐに分かった。
「最優秀賞、おめでとうございます。…あなたならやり遂げると思っていました」
「ありがとうございます。先生のお支えあってのことです」
あたしの言葉に、先生はゆっくりと首を振る。
「あなたが、自分自身で勝ち得たものです。堂々と、胸を張っていいんですよ」
あたしも首を振る。
―そうじゃないんです。先生。
「…わたしの心の中には、いつも先生のお言葉がありました。自由であれ、というお言葉が…」


『デザインは自由よ。だからあなたも自由な気持ちでいてね』
だから、あたしは紙面の中でだけは自由でいられた。
類との価値観の相克に苦しんだ日々の中にあっても。


先生は、わずかに表情を曇らせた。
―先生?
だけど、それはほんの一瞬のことで、すぐにいつもの微笑みへと変わってしまう。
「あなたのこれからの活躍に期待しています。ともに頑張っていきましょう」
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう尽力してまいります」
あたし達は固く握手を交わし合って別れ、二人を乗せた迎えの車が見えなくなるまで、その場で見送り続けた。



西門さんと美作さんは、その日の夕方に揃って顔を出した。
「雨降って地固まったか? っとに、手間かけさせやがって…。お前らの痴情の縺れに付き合わされる、こっちの身にもなってみろ」
西門さんの物言いは最初から辛辣だった。
「…あの、本当にごめんなさい」
あたしが恐縮してそう謝るのに、類の方は薄っすらと微笑すら浮かべてこう言った。
「貸しにしといて。…いつか総二郎が困ったら返すから」
「そりゃ期待できねぇな…」

貸しといえば、と呟いて西門さんの表情が変わり、あたしを凝視する。
「お前、俺の従姉を覚えてるよな」
「もちろん。…大宮さんでしょう?」
パーティーの夜、ホテルから遁走とんそうするあたしを手助けしてくれた、和装の麗人。
「あいつから、お前に、『貸しを返すように伝えて』って督促が来てるぞ」
「…えっ? 西門さんに返してもらうからいいって、あのとき…」
別れ際に彼女がそう言っていたのを、あたしは覚えている。
「気が変わったんだろ。…俄然、お前に興味が湧いたと見た」
西門さんは意地悪く笑う。

「算段つけるから、今度会ってみてくれるか? あいつ、呉服屋の娘だから、服飾業界に関する面白い話はいろいろ聞けるかもしれねぇ。…ただ、一筋縄じゃ行かない相手ではあるがな」
―西門さんがそう評するって、どういう人なのよ…。
そう思いつつも、あたしは彼の要請に頷く他なかった。
あたしは、彼女に大きな借りがある。

大宮史月さんとの出会いは思いがけない形ではあったけれど、ずっと後々になって深い関わりを持つビジネスパートナーになっていくことを、この時のあたしはまだ知らない。




今日の美作さんはいつになく静かだった。
あたしが西門さんと史月さんのことを話している間も、類と二言三言、会話を交わすだけで終始聞き役に徹していた。そっと目線を振れば、優しい面差しだけがそこにあって、あたしを心苦しくさせる。
あたしは、西門さんのみならず、美作さんにも多大な迷惑をかけてきた。
彼らの支えなしに、類との未来は迎えられなかったと思う。
…心から、感謝している。

空が朱色から藍色に変わる頃、彼らは辞去を申し出た。二人を見送ってくるから、と類に断って病室を出ると、なぜかそこには美作さんの姿しかなかった。
「西門さんは?」
「先に帰った」
美作さんは言った。
「…牧野。ちょっと話せるか?」





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いつも拍手をありがとうございます。
今作では大活躍のあきら。彼の想いの行方を描きます。
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2 Comments

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2018/10/14 (Sun) 22:24 | REPLY |   
nainai

nainai  

桜様

こんばんは。早速のコメントありがとうございます(^^♪

今作のあきらは、過去でいう類の立場なので報われることがないし、どうしても切なくなりがちです。でも、考え方が大人でカッコいいなぁと思いながら、彼の想いの行方を書きました。

あきつくは無理なのですが、次のお話は彼を精一杯カッコよく書いた!…つもりです(;^_^A
更新は引き続き明日です。どうぞ、お楽しみくださいませ。

2018/10/14 (Sun) 23:37 | REPLY |   

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