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Category第3章 縒りあうもの
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日常生活がある程度支障なく送れるようになり、外出も自由になった類が最初に行きたいと言った場所は、千葉にいるあたしの両親の元へだった。

類がまだ入院しているとき、彼とやり直すつもりだと家族に電話で話すと、ママだけは最後まで難色を示し続けた。この数ヶ月の紆余曲折がママを疑り深くさせたのだろうと思う。
ママの気持ちもよく分かる。ずっと心配のかけ通しだったから。
だけどパパと進がそれを執り成してくれ、3人で揃って病床の類を見舞ってくれた。

類はあたしの両親を覚えていない。
進とは、先日マンションで対面を果たしたばかりだった。
それでも、彼は彼なりに精一杯の応対をした。記憶が戻っていないことを第一に詫び、自らの不明のためにあたしを傷つけたことを次に詫び、深く頭を下げた。
まだ頭部の包帯すら取れていない彼の痛々しいその姿に、ママは怒りの矛先を向けることができなかった。
最初に、彼を許したのはやっぱりパパだった。
そのパパに促されるようにして、ママも彼を許してくれた。
進は、あたしがいいのならそれでいい、と言ってくれた。


実家に向かう日の朝、類はきちんとスーツに身を包み、リムジンに乗り込んだ。
千葉までの約1時間半の移動の間に、あたしは類に家族との思い出話をたくさん聞かせた。かつての類が、どんなふうに牧野家と関わってきたのかを。
あたし達の間では、もう過去の話はタブー視されていない。
類は言った。過去が知りたい、と。
あたしは言った。過去をトレースする必要はない、と。
だけど、類はこうも言った。
「大事なことはちゃんと知っておきたい。…あんたの家族のことなら、俺には大切だから」
彼の意識が変わってきていることを感じ、あたしは嬉しかった。


千葉の実家も簡素なアパートだった。それでも、東京で暮らしていた頃のアパートよりはずっと新しくて広い住まいだ。
類はあまり表情には出さなかったけれど、その質素な造りに驚いた様子だった。以前の彼も、あたし達の住まいを初めて見たとき同じような反応を示した。
…それを思い出す。
家にはパパ、ママ、進の三人がいて、揃ってあたし達を出迎えてくれた。
部屋に入った途端、美味しそうな出汁の香りがして、あたしは思わずキッチンを見つめてしまった。大きな土鍋がコンロに置かれている。
…もしかして、と思う。


座卓を挟んで向かい合うようにして座ると、まずパパが類の体調を気遣った。
「類さん、退院してから体の調子はいいのかい?」
「経過は順調です。年明けには仕事に復帰することになると思います」
「あんなに大きな手術をしたんだ。無理は禁物だよ」
はい、と答えた類はうつむき、わずかな沈黙を経て、こう切り出した。
「つくしさんとの結婚の許しを得るためにご挨拶に伺うのは、二度目のことだと思います。最初に訪れた際は、ご家族には大きな不安もなく、それを許していただけただろうと思います」
彼の声は固い。

「事故で記憶を失くしたことによって、私はつくしさんをひどく傷つけてきました。自分にとって、彼女が必要不可欠な存在であることは徐々に理解できていったのに、どんな風に彼女に接していいのか分からなかったんです。…つくしさんの気持ちや意思を無視したまま、自分を主体に物事を進めるばかりで、結果として婚約解消に至りました」
「…違うよ。あたしにも至らないところがたくさんあったの…」
類は隣にいるあたしに視線を振ると、小さく微笑みつつも首を振った。
「ですが、変わっていきたいと思っています。記憶はまだ戻りません。もう戻らないかもしれません。でも、つくしさんを幸せにしたいという気持ちはしっかりとここに在ります。…いま一度、結婚を許していただけないでしょうか」
そう言って類は頭を下げた。あたしもそれに倣う。


「…それなら、いくつか条件があるわねぇ」
応えたのはママだった。
―条件!?
はっと顔を上げたあたし達は、ママを見つめる。
だけど、その表情は存外に柔らかくて…。

「一つは、敬語をやめること!」
「類さんは、僕らに敬語なんて使ったことなかったからね。他人行儀みたいでよそよそしいし、前みたいに気楽に話してくれたらいいよ」
パパが笑う。
あたしも、類も、虚を衝かれたような表情になる。

「次に、もうつくしを泣かせないと約束してくれること。…この子には、進以上に本当に苦労をかけたの。甲斐性のないパパや見通しの甘い自分を棚に上げて言うようなことじゃないんだけど、やっぱり娘には幸せになってもらいたいから…」
「約束します。ご家族に誓って」
類は即答する。

「最後に、これから一緒に鍋を囲むこと。お昼、食べていってね」
「類さんとこのご飯に比べたら大したことのない料理だけど、野菜は僕達が作ったんだよ。自信作だから、まぁ食べてみてよ」
類は、黙ったまま深く一礼をする。その姿を見つめる両親の眼差しは温かく、彼らがもう今の類を受け入れてくれているのが分かった。
「パパ…、ママ…っ」
たぶん、パパとママは最初からそのつもりでいてくれた。
部屋に入ったらすぐに分かった。
コンロに置かれた土鍋には、野菜鍋が準備してあること。


「…姉ちゃん、はい」
あたしの斜め向かいに座った進が、あたしのためにハンカチを差し出す。
…ずいぶんと用意周到だ。
あたしの思考を読むように進が言う。
「たぶん、姉ちゃんは泣き出すだろうと思ってた」
あたしは進からハンカチを受け取って、それを両目に押し当てる。
ハンカチからはいつものうちの匂いがした。
「…進…ありがと」
「ずっと心配してた。これで、やっと安心できる」
「うん……うん……」

「ほら! つくしも泣くのはやめなさい。…湿っぽくなるでしょ…」
そう言ってあたしを叱咤したママの言葉尻もちょっと震えていた。ママはそれを誤魔化すためなのか、急に立ち上がってキッチンに行ってしまった。
「…じゃ、類さん。改めて親睦を深めるために、トランプでもするかい?」
パパは擦り切れたトランプのセットを机に置き、大きく笑った。
「はい」
類もそれに応えて頷いた。


熱い鍋を囲みながら、皆でいろいろな話をした。
最初は戸惑いがちに受け答えをしていた類も、彼らの親し気な雰囲気に慣れてきたのか、途中からは敬語を使うのをやめ、折々に微笑を見せた。
結局は長い滞在になってしまい、日が少し傾く頃になって、あたし達はようやく帰路についた。帰りの車中で彼は言う。
「鍋、すごく美味しかった」
記憶を失くしても、類の食の嗜好はあまり変わっていない。
…類はママの作る鍋が好きだった。魚のすり身のつみれが美味しいと言って…。

「大丈夫? うちの家族はすぐ調子に乗っちゃうし、気疲れしたんじゃない?」
そう言うと、絡めた指先をきゅっと優しく握られる。
「つくしの家族はあったかい。…あんたと一緒で」
「そう言ってもらえると嬉しい」
「俺は、あんたの家族が好きだったろ?」
「うん。すごく仲が良かった。…特にパパとは」
類はふわりと笑う。
退院してから、彼は本当によく微笑わらうようになった。それが嬉しい。
「つくしとも、ああいう家庭が築きたい。いつも笑顔でいられるような、温かい家庭を」
「…うん。あたしもそう思ってる」


そのとき、あたしには分かった。
類は今、過去の欠片をひとつ、自分の中に取り込んだのだ、と。





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温かさの象徴のような牧野ファミリー。好きなエピソードの一つです。
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