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Category第3章 縒りあうもの
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今春からドイツに渡っていた桜子が帰国したのは、クリスマスの翌日だった。
最初は留学目的で英徳大学に籍を置いたままだった彼女だけれど、今はドイツの大学に転学済みだった。向こうで美容関係の事業に関わるうちにそれが楽しくなり、卒業後の進路もそこに決めてきたらしい。休暇明けにはドイツに戻り、しばらく帰国する予定はないという。
滋さんは結婚して1年。渡米後、ボストンに住んでいた彼女は、今はNYに移住している。つい先日妊娠が発覚したばかりで、悪阻が落ち着かないために年末の帰国は見送られた。


桜子に招かれ、優紀とともに三条邸を訪れたのは12月27日の午後、あたしの23歳の誕生日の前日のことだった。
「…そんなことがあったんですね」
桜子が沈んだトーンでそう返したのは、あたしが二人にこの数ヶ月の出来事を話し終えた後だった。優紀も静かに同意する。
「相談してくれたらよかったのに…」
「そうですわ。どんなに忙しくても、先輩のためなら労は惜しみませんでした」
「…ありがとう。…でもね、どうしても言えなかった…」


彼女達はずっとあたしを気にかけてくれていた。お互い多忙のために直接は会えなかったけれど、電話やメールであたしを励まし続けてくれた。
だけど、類との関係性が捻じれていく過程においては、むしろ、そのやり取りを疎んじてしまう自分がいた。
彼女達とどんなに親しくても、あたしの抱えていた悩みは相談するのがはばかられるような内容であったし、また、それを話すことで類の心証を悪くしたくなかった。


自分の心情を正直に吐露すると、桜子と優紀はより深刻そうな表情を見せた。
二人はわずかな時間、顔を見合わせるようにした後で、あたしを見つめ直した。
「…先輩、『共依存』という言葉をご存知ですか? 『共に依存する』という漢字を充てます」
あたしはゆるゆると首を振る。
「もとは、アルコール依存症の患者と、その患者を介護する家族の関係性を示すのに、用いられていた概念なんです。患者は家族を頼り、また頼られた家族は患者がいることで、互いの関係を深め、維持させていくんです」

「患者の方が『あなたがいないと、生きていけない』と言って、家族の方が『自分がいないと、この人はだめになってしまう』と思う。このシチュエーション、よくあるよね?」
優紀が具体的な例を挙げて、補足説明をしてくれる。
あたしは頷く。
「頼られている家族の姿は、第三者からすれば献身的で同情的にも見えるんだけど、その実、患者をスポイルしてしまっている場合があるの。本来ならば、家族は患者の自立を促すべきなのに、矛盾するように、それを妨げてしまうような状況を作ったりしてね」
「頼られる側は、あえて頼られる状況を維持することで、そこに自分の存在意義を見出すんですよ」
桜子も言い添える。

あたしは、彼女達の言わんとすることが次第に呑み込めてきた。
「それ、恋愛関係においても当てはまる言葉?」
二人は頷く。
「今はそうです。患者と家族という枠組みから外れ、親子間や恋人間、夫婦間の捻じれた関係性を示すのに使われることが多くなってきました。この関係は『自己肯定感の薄い、献身的な人』と、『相手を自分の思うようにコントロールしたい人』とで成り立つことが多いです」
桜子ははっきりとした口調で告げた。
「先輩と花沢さんとの関係は、一時的に共依存的なものに陥っていたのではないでしょうか。…実は、わたくし達はずっとそのことを心配していました」


「……そうかもしれない」
あたしはこの数ヶ月を振り返って呟く。
再び彼を失ってしまうことを恐れ、自分を抑えることで、彼との関係を維持することに終始していた自分と。あたしに自分だけを見つめるように促し、箱庭のような世界を維持しようとした類と。
互いにのみ強く依存した関係。
その歪んだ結びつきが強まれば強まるほど、あたしはそれを誰かに相談することができなくなっていった。
言えば、即座にその関係を断ち切るように言われるだろう。
それが分かっているからこそ、救いの手を伸べてくれそうな相手との接触を、無意識のうちに忌避してしまっていた…。


「この関係性の一番の解消方法は、第三者によって互いを切り離してしまうことです。…ですが、先輩はご自身で気づきましたね? この関係を続けていけば、共倒れになってしまうことに」
「…そんな大層なことじゃない。ただ…このままだと、あたし自身がダメになると感じたの…」
結局は、捨てきれなかったデザイナーへの夢。
本当に手離していれば、あたしはいつか後悔したはずだ。
胸の奥に夢への情熱を秘め続け、あたしはその熱量によって内側から溶け崩れていったに違いない。
…どんなに、類を愛していたのだとしても。


「本来の花沢さんが、優しい人なのは分かってるよ。ずっと二人を見てきたからね。…記憶が戻らなくても、今はそういう排他的な関係を克服して、ちゃんとつくしと向き合おうとしているんだと思う」
優紀の口調はあくまでも穏やかだ。
「だけど、これだけは覚えておいて。…もし、これからまた夫婦間の関係に息苦しさを感じることが起きても、相談できる相手はたくさんいるんだってこと。わたしがいる。桜子ちゃんもいる。絶対に抱え込まないで。……繋がっている相手が多ければ多いほど、二人だけの世界を維持することなんてできないんだからね」
「…まずは、花沢さんの交友関係を広げることですわ。心を開ける相手がたくさんいること、その世界が大きく開けていることが大事なんですよ」


「二人とも、本当にありがとう。…早く、相談すればよかった」
あたしが恥じ入ったようにしてうつむくのを、優紀が、桜子が口々に励ます。
「ほら、顔上げて」
「雑草パワーはどうしたんですの? 先輩は昔から花沢さんにだけは甘いからダメなんですよ」
二人は笑う。
その気持ちが、ただ温かい。
あたしは涙が出そうになるのをぐっとこらえて、顔を上げる。


「結局、入籍は春に行うんですか?」
「うん。あたしが卒業するのを待ってから。…当初の予定通り、かな」
「じゃ、挙式はGW?」
「うん。海外での挙式になると思う。フランスか、イタリアかで今話し合ってて。…二人とも来てくれる?」
優紀も、桜子も笑顔で応えてくれた。
「もちろんよ。休み、奪取するから!」
「5月でしたら滋さんは安定期ですから、絶対に飛んできますわよ。先輩が大好きで仕方ない人ですからね」
滋さんの元気な声が、今すぐにでも聞こえてくるようだった。





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いつも拍手をありがとうございます。
第2章は、全体を通じて、この『共依存』という概念を意識しながら書きました。
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