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エピローグ

Category第3章 縒りあうもの
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今井さんに礼を言って車を降り、迎えの時間を約束して私は先生のアトリエへと足を踏み入れる。室内は無人だった。窓からは柔らかな陽光が斜めに差し込み、先生がいつも使っていた作業台を白く照らしている。
今は亡き八千代先生の遺志を継ぎ、私はこの部屋の主になった。
デザインを考えるとき、一人で考え事をしたいとき、私はいつもここに足を運ぶ。
先生に指導を受けていたのは、もう20年も前のことだ。
大学生だった自分と、在りし日の先生の姿とを思い出し、私はひっそりと笑む。

チェストの上にはたくさんの写真を飾っている。
そのうちの一枚が、類との結婚式の写真だ。
入籍から1ヶ月後の5月3日、イタリア・フィレンツェの教会で私達は結婚式を挙げた。式に参列してくれた友人達との交流は、今も変わらず続いている。


F4の中で一番に取締役社長に就任したのはやっぱり道明寺だった。合理的かつ採算性を重視した戦略への評価は高く、楓社長が一線を退いても財閥の経営は揺らぐことがなかった。最初の妻と協議離婚をした後の数年間、彼は独り身を貫いた。その後、仕事のパートナーだった女性と結婚し、今は2児の父となっている。

西門さんはその妖艶なる容姿だけでなく元来の才覚もあり、おそらく日本では一、二を争うほど有名な茶人として知られるようになった。現家元が健在であるため、家元襲名はまだまだ先のことになるだろう。彼の結婚は4人の中では一番遅く、昨年第一子となる長男が生まれたばかりだ。

美作さんは、父の康介さんと同様にアジア圏を転々とする生活を送るようになった。28歳のとき、彼はある女性と運命的な出会いをし、恋愛結婚をした。遺伝的な素因もあってか、彼は双子の女児の父となった。その3年後には待望の男児が生まれた。夢乃さんとは今も深い交流があるために、美作さん情報についてはもしかすると類より詳しいかもしれない。

私達に続いて結婚したのは優紀だった。看護師である彼女は、職場の総合病院に勤める医師と結婚した。今は埼玉県で独立開業したご主人と、二人三脚で病院運営を切り盛りしている。偶然にも、優紀の子供たちはうちの子供達と性別・年齢ともに同じで、そんなところにも彼女との深い縁を感じている。

滋さんは、自身がひとりっ子だったこともあり、子供は何人でも欲しいという考えだった。望み通り4児の母となり、夫のジョシュさんと今でも新婚のように仲睦まじく暮らしている。社交性があり、先見の明も持ち合わせる滋さんは多くの人脈を引き寄せ、財閥の基礎を盤石にするため大いに貢献している。

逆に、独身を貫き続けているのは桜子だった。ドイツで学び、美容ビジネス業に参画していた彼女は、社の顔としてメディア進出を果たし、その辣腕ぶりを遺憾なく発揮した。パートナーは欲しいけれど、家庭も子供も欲しくないと公言している桜子だったけれど、現恋人からは熱烈なアプローチを受けていて、その意志は揺らぎつつあるようだ。

菜々美さんと羽純ちゃんもそれぞれに家庭を持ち、1児の母親になった。羽純ちゃんは結婚が遅かったこともあり、現在第二子を妊娠中だ。二人は今もデザイナーとして働いている。時折集まってはランチを楽しんだり、邸内で子供達を一緒に遊ばせたりしている。
私が類と結婚しても、彼女達の私への接し方は変わらない。
“花沢つくし”ではなく、ともに学んだ級友“牧野つくし”として私に相対してくれる。
彼女達と出会えたことに、今でも深く感謝している。



八千代先生が体調を崩しがちになったのは、80歳を迎えられた年の暮れのことだった。もともと呼吸器が弱かった先生は、風邪をこじらせては肺炎を頻発し、入退院を繰り返すようになった。
私は時間を見つけては先生を見舞った。先生は会長職を辞された後も、会社での私の仕事内容をよく把握されていて、事ある毎にいろいろな助言をくださった。

翌年の秋、先生は再び入院された。
すぐ見舞いに訪れた私の両手を握り、先生は仰った。
私に出会えてよかった、と。
最後の弟子にして、最愛の弟子である、と。
それが今生の別れの言葉であるように聞こえて、私は胸が苦しくなった。
努めて笑顔を作り、まだ先生のご指導が必要であることを強く訴えた。
またアトリエで昔話をしながらお茶を飲もう、と約束し合って、私は暇を告げて病室を出た。

…予感はあった。その夜、夢乃さんから連絡があったとき、私はそれが何を伝えるものであるのかを瞬時に悟った。

先生の葬儀には多くの人が参列した。
フランスにいた類も多忙の合間を縫って帰国し、私と共に葬儀に参列してくれた。
悲しみに暮れる私の心に寄り添い、ずっと手を握っていてくれた。



ファッションデザイナーという生き方を示してくださった、敬愛なる我が師。
ここまでの道のりは決して楽ではなかった。
一度はその夢を諦めようとしたように、私には別の生き方もあっただろう。暁さんを支える真悠子さんのように、夫である類の仕事を支えていくという生き方が。今でさえ、花沢家にどれほどの貢献ができているだろうかと苦悩する瞬間は折々にある。

そっと胸の内を明かした私に、類はこう言った。
「つくしに助けられないと仕事ができない俺じゃないよ。…天の配剤という言葉がある。あんたは、今の世界でこそ輝けるんだ。頑張ってるあんたを見ることによって、俺もまた頑張れる」
それにね、と類は続け、
「つくしは人と人とを結び付けてくれる。あんたを通じて見る世界は、俺が一人で見る世界とは違って見える。多くの人の美点を知ることができた。だからこそ、俺の人生も豊かなものになったと思うんだよ」


手に取った写真立てを元の位置に戻し、うっすらとかぶった埃を拭う。
皆、いい笑顔で写っている。
私は作業台に戻り、デザインの考案に専念した。




―それから3日後。

いつも通り仕事を終えて帰宅すると、辺りは薄い夕闇に包まれていた。
車を降りた途端に強く香った金木犀の香りに引き寄せられるようにして、記念樹の元へと足を運ぶ。
「…いかがなさいましたか?」
「今井さん、すみません。明日は雨予報だから、今夜のうちにもう一度、金木犀を見ておきたいんです」
畏まりましたと一礼をした今井さんに微笑んで、私はひとり庭を横切って進んだ。
行く先々でセンサーライトが反応するので、足元の暗さは気にならない。

金木犀の開花期間はたったの数日だ。
だけど、邸のどこにいても分かるこの甘い芳香が、二人で植樹をしたあの日を、類の妻になったあの日を、鮮明に思い出させてくれる。
結局、彼は失った6年間を取り戻すことができなかった。
それでも、私達はもうそのことに拘ってはいない。
類は、私を深く愛してくれた。
私も、彼を深く愛してきた。
夫婦としてともに歩んできた17年間、私はずっと幸せだった。
それ以上、何を望むことがあるだろう。


開花しきった小さな花弁はそのほとんどが地面に落ち、まるで橙の絨毯のようにして樹の周りに広がっている。明日の雨ではすべてが落花してしまうだろう。今年の見頃は終わったのだ。
しばらくぼぅっと対の樹影を眺めていると、ざくざくと足元の砂利を踏む音が背後から聞こえてきた。なかなか邸内に戻らない私を心配して、誰かが迎えに来てくれたのだろうと思った。
「…すみません。今、戻りま…す…」

背後を振り返った私の目に飛び込んだのは、ここに在るはずのないシルエット。
―私の最愛の人。

「つくし」
類は穏やかに笑み、私の名を呼ぶ。
「…類? どうして…」
「つくしが金木犀の話をするからさ」
類は歩を進めて、私との距離をどんどん縮めていく。
「重度のホームシックにかかった」
「…なに、それ」
「だって、一緒に見たかったから」

私は駆け出す。類に向かって。
両腕を広げて待っている彼の胸に飛び込んで、ぎゅっと彼を抱きしめる。
類の腕が私の背に回る。
…ひとつになる、私達のシルエット。

「おかえりなさい」
「ただいま」
「…私も一緒に見たかった」
「うん…」


あなたが、私の帰る場所。
私が、あなたの帰る場所。

私達は、こうして日々を暮らしていく。
お互いに自分の姿を投影し、認め合いながら、ずっと。
不変なる愛を誓いながら、いつまでも。




~完~




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いつも拍手をありがとうございます。ついに最終回です。
明日はいつもの時刻に、あとがきと次の連載の予定をUPします。
良ろしければ、そちらもご覧くださいませ。
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14 Comments

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2018/10/26 (Fri) 22:34 | REPLY |   

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2018/10/26 (Fri) 23:11 | REPLY |   

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2018/10/26 (Fri) 23:17 | REPLY |   
nainai

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み様

こんばんは。コメントありがとうございます♪♪

やっと最終回を迎えました。最終稿を書き終えたとき、はぁぁ~っと大きなため息をつきましたよ。
二人の絆は強く揺るぎないものになり、離れていても心はいつでも繋がっています。最後にそのような二人を描くことができて、個人的にはとても満足しています。み様にもご満足いただけたでしょうか。

さて、ご質問にあった3-20の八千代先生の翳った表情についてです。この理由については文中で触れませんでしたが、3-14のあきらの独白の中に答えがあります。『穿った見方をすれば、ばあさんが牧野と深く関わりを持とうとしなければ、今回のような類との相克は生まれなかったかもしれないのだ』と同じことを、実は彼女も密やかに思っていました。
これは一人称形式の物語の難しさと言いますか、つくし視点からは察することができない部分だったんですね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました<(_ _)>

2018/10/26 (Fri) 23:52 | REPLY |   
nainai

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と様

こんばんは。コメントありがとうございます♪♪

やっと最終回を迎えました。自分もずいぶん長い間『asymmetry』の世界と向き合ってきたので、終わってしまうんだなという寂しい気持ちがありました。
つくしと類だけでなく、他の登場人物達のその後についてもいろいろと考えてみました。原作メンバーだけでなく、オリキャラ達も私にとっては愛すべきメンバーでした。と様にそう仰っていただけて嬉しいです。
『共依存』の概念は普遍的に存在します。今回の話は、内向的な面を持つ類だったからこそ成立する話だったように思っています。でも、それではいけないんだと気付けたからこそ、類の世界は大きく広がっていったと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました<(_ _)>
明日のあとがきもよろしくお願いします。

2018/10/27 (Sat) 00:10 | REPLY |   
nainai

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みな様

こんばんは。コメントありがとうございます♪♪

やっと最終回をお届けすることができました! 本当にホッとしています。第2章の紆余曲折は皆様の心に重く響いたようで、作者側としては狙い通りでもあり、申し訳なくもありでした。
最後はそれぞれの幸せを描きました。つくしと類の絆は強く揺るぎなく、その後も幸せに暮らしただろうと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました<(_ _)>

明日はあとがきです。最後の部分に次回作のアナウンスもしています。
ぜひご覧くださいませ。

2018/10/27 (Sat) 00:20 | REPLY |   

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2018/10/27 (Sat) 01:12 | REPLY |   

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2018/10/27 (Sat) 06:26 | REPLY |   

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2018/10/27 (Sat) 07:09 | REPLY |   
nainai

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ま様

おはようございます。コメントありがとうございます♪♪

今作は記憶喪失というものを非常にシビアに扱った作品でした。二人にとっては本当に大きな試練だったと思います。
でもそれを乗り越えることができたからこそ深く結びつき、二人はその後に続いていく結婚生活の中でも、互いを尊重し、支え合って生きていけただろうと思います。
最後の再会シーンは早い段階から構想にあり、“いったいいつになったらこのシーンを書けるだろう…💦”と思いながら第2章、第3章に取り組んでいました。幸せな結末を描くことができてホッとしています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました<(_ _)>

2018/10/27 (Sat) 08:00 | REPLY |   
nainai

nainai  

ミ様

おはようございます。コメントありがとうございます♪♪

つくしが夢を追う姿を応援してくださってありがとうございました。第1章が本当に幸せな展開だったからこそ、第2章の落差たるや大きく、本当に苦しい展開になっただろうと思います。公開する方もですね、大きな勇気が必要でした…(;^_^A
記憶喪失といえば、本当にたくさんの作家様が題材に挙げていらっしゃるんですけれど、原作にもあったように司の代名詞であるように思ってきました。類が記憶喪失になったらどうなるだろう、と思ったのがそもそものきっかけでした。
幸せな結末まで導いて来ることができて、自分でもホッとしています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました<(_ _)>
次回作もよろしくお願いいたします。

2018/10/27 (Sat) 08:11 | REPLY |   
nainai

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し様

おはようございます。初コメントありがとうございます。
とっても嬉しいです(*´ω`*)

ブログ開設のきっかけは星香様でした。素人の文章でも寄稿OKという柔軟なスタイルが私に勇気をくれました。“寄稿したいです”と投稿するときは、本当に手が震えたんですよ(*ノωノ)
言葉選びにはかなり気を遣いました。パソコンの横には辞書を置いて、誤用をしていないかいつもチェックしていました。それでもおかしな部分はあったとは思うんですけれども…。褒めていただけて嬉しいです。

今作は章ごとに雰囲気もスタイルも変えていた上、二人の別れありきで話を進めていたので、いつ、どんなふうにして別れが来るのかとハラハラされたと思います。幸せな結末に導くまでにかなり苦労したのですが、完結できてホッとしています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました<(_ _)>
次回作もよろしくお願いいたします。

2018/10/27 (Sat) 08:26 | REPLY |   

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2018/10/27 (Sat) 18:08 | REPLY |   
nainai

nainai  

r様

こんばんは。先日に引き続き、コメントありがとうございます。
ようやく最終回を迎えました。ここまで本当に長かったです。

3-19以降は二人が現実を見つめ、前を向いて生きていく姿勢を示しました。ラスト2話では17年後の世界を。その頃になると、つらかったことも苦しかったことも昇華され、二人には強い絆と幸せな思い出だけが残りました。
第2章の暗い展開からこのラストまで、心情表現には非常に頭を悩ませたのですが、何とかうまく繋げることができ、またそれを皆様に伝えることができたようでホッとしています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました<(_ _)>

これからも丁寧に文章を綴り、幸せな結末になるよう物語を作っていけたらと思っています。
次回作もよろしくお願いいたします。

2018/10/27 (Sat) 20:58 | REPLY |   

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