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プロローグ

Category『Distance from you』 本編
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ここは、都内の片隅にある“ひかわ動物病院”。
今は亡き前院長、斐川ひかわ伊佐夫いさおの遺志を継ぎ、彼の孫である牧野つくしが1年前から院長を務めている。
無造作に伸ばしたボブ、化粧っ気のない顔、白衣の下はいつもTシャツとジーンズだ。女性らしさとは無縁の彼女だが、その診断の目とオペの腕には定評がある。
そして、優しく気さくな人柄は相談に訪れる飼い主の心をぐっと掴み、病院への再診率を高く保ち続けている。
まだ年若い彼女が、“動物のお医者さん”として地域に馴染んで3年弱。
今日も小さな命に寄り添うべく、つくしは尽力する。


「あ~、これは…」
「先生、どうでしょうか」
「ラブちゃん、飲んでますね。スーパーボール」
つくしは、2歳のラブラドール・レトリーバーのレントゲン写真を眺めて言う。
胃底部に白く丸い影が見て取れる。無数にあり、正確な個数は分からない。
かろうじて腸の方へは移動していないように見える。
今朝から食欲がなく嘔吐を繰り返す、と受診した患者だった。

さらにエコー検査をしながら、つくしは飼い主に問う。
「自宅にあったボールの数を覚えていますか?」
「孫がゲームセンターでもらってきたのを、うっかり置きっぱなしにしてて…。たぶん10個はあったと…」
「全部なくなっていますか?」
「はい。でも、正確な数が分からないんです…」

つくしはエコー検査を終えて、治療方針を示す。
第一に催吐剤を与えて吐き出させる、第二に内視鏡手術による摘出を試みる、第三に胃切開を行う。どの処置をどこまで行うかによっても治療費も体への負担も大きく変わるため、つくしは丁寧に事前説明を行う。

飼い主の同意を得て、治療を開始した。まず催吐剤で吐き出せたのは3個だった。それ以上は吐けない様子だったので、結局は内視鏡手術へと切り替える。スコープの先にあるカメラで胃の中の様子が画面に現れ、そこに無数のボールが映し出された。
「…わぁ、あるある」
「先生、頑張って」
処置の補助についている動物看護師、野島由紀乃が、小さく笑ってつくしを励ます。
「目視だけで8個か。…予想より多そう。ラブちゃん、頑張ろうね」
つくしは、麻酔で眠っているラブの頭をそっと撫でてから、スーパーボールの摘出を開始した。


「留守番お願いします!」
「いってらっしゃい。お気をつけて」
由紀乃に見送られて、つくしは愛犬シロンとともに病院を出た。この建物は1階が病院エリア、2階と3階は居住エリアとなっていて、彼女はここに一人で住んでいる。
先ほどのラブラドールの処置は無事に終了した。取り出せたスーパーボールは、飼い主に聞いていたよりも多い計13個。ラブは念のため1日だけ入院し、経過に問題がなければ明日には退院の予定だ。

つくしは大きく開けた空を仰ぎながら伸びをする。もうすっかり秋の空だ。
「あ~ぁ、今日はいい天気だね、シロン」
シロンは、ボーダー・コリーの3歳の雄。
やんちゃな性格は成犬になっても残ったままだ。近くの公園でフリスビーかボール遊びをしてやらないと、ストレスでどうにかなってしまうというほど、シロンは元気いっぱい、自分の欲求をつくしに訴えてくる。

病院は水曜と日祝日が休みで、それ以外の日は午前9時から午後8時まで開院している。午後1時から3時までは昼休みで、つくしはこの時間を利用して家事をしたり、自分の飼っている愛犬・愛猫達の世話をしたりするのが日課だった。つくしが不在の間は、看護師の由紀乃と受付係の長谷ミチ子が1時間交代で留守番をしていてくれる。


昨日までは雨が降っていて、シロンには思うようにストレスを発散させてやれなかった。リードをぐいぐい引っ張りながら、前に前に進もうとするシロンに、つくしは苦笑する。
「早く行きたいのは分かるけど、走るのは無理だよ」
連日、連夜の診療で、つくしは慢性的に疲労状態にある。30歳が近づくにつれ、だんだん疲れが取れにくくなっている自分を自覚している。
母方の祖父、斐川伊佐夫は、祖母の敏子と二人三脚で、45歳からこうした生活を30年近くも続けてきたのだから、つくしとしては頭が下がる思いだ。


前方から自転車が走ってくるのが見えた。男性は自転車の操作をしながら携帯電話をいじっており、こちらに気付いているのか怪しい様子だ。つくしはそうしたマナー違反に顔を顰めつつも、道路の端に寄って自転車をやり過ごそうとした。
だが―。
「わぁっ」
道路の陥没部分に前輪がとられ、自転車がつくし達の方へと傾いてくる。ガシャンと大きな音を立てて、相手は自転車ごと倒れた。
「きゃっ…」
かろうじてそれを避け、二次被害を免れたつくしとシロンだったが、その拍子につくしの手首からリードが抜ける。あっと思ったときには遅かった。

「シロン、待って!」
倒れた男性の荷物を拾ってやりながら、つくしが視線を走らせて叫ぶと、公園の方に向かって走っていくシロンは、一瞬立ち止まってこちらを振り返った。
だが、すぐに意識は公園へと向いてしまう。
「ダメよっ!」
つくしは慌ててシロンの後を追う。シロンは賢い犬ではあったけれど、遊びたいという欲求を抑えるのが難しい犬でもあった。

リードを引きずりながらシロンは走っていく。公園まではもう少しだけれど、最後に少し大きな交差点がある。
つくしはシロンの後を追いながら、どんどん不安になっていく。
「待ちなさい、ってば!」
焦る気持ちはあるが、シロンの足の速さに追いつけずに息切れする。
シロンが交差点に到着する。
迷いなくタタッと走り出すその後ろ姿に、つくしがあっと息を呑んだ瞬間―。

キキィ―――ッ

車のブレーキ音がして。

ドンッ
キャウンッ

左方向から走行してきた白い車が減速しながらも、シロンを撥ねて停まる。
数メートルほど飛ばされ、愛犬は地に伏した。
たった数秒の間に起きた一部始終を、つくしは為す術もなく見つめていた。
「シロンッ!!」
つくしの絶叫が辺りに響き渡った。





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いつも拍手をありがとうございます! 
新連載スタートです(*'▽') つくしの職業とは獣医師でした(当たりましたか?)
しばらく1日おきの更新で頑張りますので、よろしくお付き合いください。
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4 Comments

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2018/11/02 (Fri) 22:36 | REPLY |   
nainai

nainai  

ミ様

こんばんは。コメントありがとうございます。
嬉しいです(*´ω`*)

新連載始まりました! で、冒頭から事故…(;^_^A
お話が少し進んだあたりで、今回の話のスタイルが見えてくると思います。
皆さんの反応はどうだろう…とドキドキしながらの初回UPでした。
また調べ物の毎日です…。

今回は先に宣言しますが、ハッピーエンドをお約束します!
どんな形で…という部分を楽しんでいただけたらな、と思います。

しばらくは1日おき更新ですが、よろしくお願いいたします。

2018/11/03 (Sat) 00:24 | REPLY |   

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2018/11/04 (Sun) 12:21 | REPLY |   
nainai

nainai  

ま様

こんばんは。コメントありがとうございます。
昨日は、祝日なのに出勤だった管理人です(;^_^A

旅行お疲れ様でした。ご友人との旅とのことで羨ましい限りです。いいなぁ~!
足指の豆は聞くだけでも痛々しいですが、楽しい思い出が増えて良かったですね(*´ω`*)
駅伝はテレビでチラリと観ていました。あの頑張りにはいつも感心しきりです。

さて、新連載ですがこんな始まり方で申し訳ございません<(_ _)>
何話か進んでいくうちに、今回の話のスタイルが見えてくると思います。またしても長い連載になりそうですが、よろしくお付き合いくださいませ。

2018/11/04 (Sun) 18:49 | REPLY |   

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