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1.出会い

Category『Distance from you』 本編
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「…だから、その案件は安川常務に頼んでおいたはずだけど? 話が通っていないってなんで?」
類は車で本社に向かいながら、秘書の田村とハンズフリー通話をしていた。
部下に任せた案件でトラブルが生じたと、急遽出先から呼び戻され、類の機嫌はこの上なく悪かった。
自分の役職であれば、休日返上は当たり前のことだ。
だが、類とてプライベートを仕事のために割くことをよしとしているわけではない。
今日は彼にとっては特別な日だったから、なおさらだった。

「あと15分くらいで本社に着く。…話はそれから」
いくつか指示を出して通話を終え、類はため息を吐いた。
信号が青になり、スゥッと音もなく加速しながら、一路、本社を目指す。
この界隈はほとんど走行したことがなく、彼は道に不慣れだった。
左手に大きな公園が見え始め、類は速度表示に従い、減速しながら進んでいく。
再び、着信がある。

―またか…。
意識が、わずかに逸れる。

そのため、進路の右方向から道路に飛び出してきた小さな影への対応が遅れた。
類ははっと目を見開く。
―しまった! 犬か!
即座に急ブレーキをかける。嫌な音を立てながら車は減速した。
だが間に合わず、ドンッという軽い衝撃音とともに車が停まる。
―轢いた…。
類の位置からは倒れ伏した犬の姿は見えない。類は急いで車から降りた。


「シロンッ!!」
犬が走り出てきた方向から、飼い主と思しき女性が駆け寄り、道路に伏せる犬の介抱に当たっている。犬は足から出血していて、ひどく興奮した様子で鳴いていた。
―良かった。生きてる…。
類は犬の生存を確認し、わずかに安堵する。
飼い主は犬の全身を手早く触って、ケガの程度を確認しているようだった。

「…申し訳ございません。気づくのが遅れました」
類は謝罪を述べる。
―物損事故と損害賠償。
彼の脳裏にはそんな単語が浮かんだ。
だが女性は、類へは脇目を振ることもなく、処置を続けている。
持参した鞄からはガーゼや固定具などの医療用品が次々に飛び出すので、類はそれを驚きとともに見守った。

「シロン、大丈夫よ。しっかりして…」
「動物病院までお送りします。乗ってください」
女性の耳にやっと類の声が届いたのか、はっとした表情で彼女は類を見上げた。
黒目がちの瞳が、初めて類の存在に気付いたかのように、大きく見開かれた。
「…私達を運んでいただけるんですか?」
口早な問いかけ。類は頷く。
「もちろんです。どちらの病院へ向かいましょうか」
女性は、次のように言った。
「…私は獣医師です。うちの病院に運んでいただけますか?」
類は年若い相手の素性に驚きながらも、つくしを後部席へ招き入れた。
つくしは、類の車が滅多に見かけないような高級車であることに一瞬の躊躇を見せたものの、類はそれに構うことなくシロンを車に運び入れる手伝いをした。

車中で類は改めて名を名乗り、もう一度謝罪を述べた。
「ケガはひどいのでしょうか」
「たぶん、後ろ足の骨折が2ヶ所。それ以外は検査してみないと分かりません」
「治療費はすべてこちらで負担します」
車はじきに病院にたどり着く。もう病院の看板が見え始めている。
「…いえ、こちらにも落ち度はありました。リードが外れてしまっていたんです」
リードが外れた要因は他にあったが、つくしはそれについては言及しなかった。
車が停まる。つくしがシロンを抱え上げ、類は彼女の進路を確保してやりながら、二人は病院の中へと駆け込んだ。


「…先生? あっ! どうしたんですっ!?」
普段なら裏口から戻ってくるはずのつくしが表玄関から入ってくるので、留守番をしていた由紀乃は驚いた。つくしの着衣は血で汚れ、シロンはその腕の中でぐったりとしている。
「車との接触事故なの。レントゲン準備を」
「はいっ!」
傍らに立つ類に視線を投げつつ、由紀乃は身を翻して奥の部屋へ駆け込んでいく。つくしはシロンを診察台の上に横たわらせ、手術の準備に取り掛かった。
類はそれを黙って見つめる。
「花沢さん…でしたか。これから検査と処置を行います。時間がかかると思いますので、もうお帰りいただいて結構です。私達を運んでいただき、本当にありがとうございました」
つくしからは、加害者であるはずの類を責める姿勢が感じられない。 
あくまでも冷静で、丁寧な応対のこの女医に、類はにわかに好感を覚えた。

「申し訳ございませんが、会社に呼び出されておりますので、いったん失礼させていただきます。今日は何時まで開院されていますか?」
「午後8時までです」
類は、デスクにあったメモ用紙に自身の名と連絡先を素早くメモした。
私用で出かけていたので、名刺を持ってきていなかったのだ。
「先ほども申し上げましたように、治療費はすべてこちらで負担いたします。治療方法に選択肢があるとしたら、どうか、最良の方法を選んであげてください」
つくしは物言いたげな視線を類に送ったが、もう話を続ける余裕がないようだった。
「ご意向は分かりました。お話は後ほど…」
「先生、準備OKです」
由紀乃の声がすると、つくしは一礼をして類に背を向けた。
類はその背を見送った後、さらに一枚の紙を机に残した。
動物病院を後にする頃には、携帯電話に何件もの不在着信が残されていた。





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いつも拍手をありがとうございます。
ゴメンなさい…運転者は類でした…(;^_^A 
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2 Comments

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2018/11/04 (Sun) 20:38 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。コメントありがとうございます。

じ、自転車に乗る類…(^^;) 
なんともシュールな展開になってしまうところでした。
(でも、それも面白い…)
現実の世界でも起こり得るシーンを題材にしてみました。スマホは便利ですが、それによって危険が生じてしまうことは避けたいものですよね。

さて、二人の出会いは突然で、物語はオリキャラを交えながら進んでいきます。獣医師の世界はまたしても未知なる世界なのですが、できるだけ現実に近づけて描いていきたいと思っております。
よろしくお付き合いくださいませ<(_ _)>

2018/11/04 (Sun) 23:00 | REPLY |   

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