7.第一関門
Category『Distance from you』 本編
柔和な表情を崩さず、一向に引く気配のない類に、つくしは小さくため息をつく。
「…失礼を承知で、申し上げます」
右のこめかみを揉み解しながら、つくしがそう言って切り出した。
類は目線で先を促す。
「何をお気に召されたか分かりませんが、花沢さんのような方と友人になれるとは思えません。所有物や小切手の一件からも、あなたが経済的にとても裕福なことは分かります。同じ階層の同じ価値観を持った方々と懇意になさってください」
類は黙ったままだ。
「ペットを飼うことに興味をお持ちになられたのなら、引き取り手を待っている動物達をいくらでもご紹介できます。どうぞ、ご自身で育ててみてください。より深い愛着がわくでしょう。ここに通うことで、安易に、一時的な満足感を得られるのは困ります」
つくしとしても、そのような厳しい言い方をしたくはなかったが、こういう手合いにははっきりと主張しなければ、相手のペースに乗せられてしまうことを経験から学んでいた。
「…先生は、どうして獣医になろうと思ったんですか?」
類は穏やかに問う。
つくしは一瞬押し黙ったが、ややあって返答した。
「もともと動物が好きでした。祖父が獣医だったことも大きく影響したと思います」
「ケガや病気で苦しむ動物達を助けたい、と思われたんですよね」
「…そうできたらいいと思って、尽力してきたつもりです」
その答えに、類は満足そうに微笑む。
つくしは嫌な予感がした。
―可笑しなことを口走ったつもりはないけど…。
「詳細はここでは明かしませんが、日常生活では私もいろいろな事で苦しんでいます。気の置けない友人は限定されていますし、興味のある事柄も少ないです」
「…そうですか」
「同じ階層の中に友人を求めるようにと先生は仰ったのですが、同じ価値観の方にはなかなか出会えません」
「…私の価値観は、さらに違うと思いますけど」
「でも、共感が持てるんです」
「……………」
「先生の基本的使命に則って、俺を手助けしていただけませんか?」
つくしは眉を顰めた。
―獣医師の使命に則れ、ですって?
「…人間は専門外です」
「広義には、人も動物ですよね?」
「そこは狭義で考えてください」
その後も、矢継ぎ早に言葉の応酬が続く。
そのとき、くくっと楽しそうに笑った類の顔は、実年齢よりもずっと幼く見えて、つくしの心をわずかに揺らした。今のように不意に見せる表情はごく自然で、そこに虚飾は感じない。彼が何に苦しんでいるのかは、これまでのやり取りではまったく察することができなかった。
つくしは、長いため息を吐いた。
類の主張は一貫している。
話は平行線を辿るような気がした。どこかで妥協点を探る必要がある。
「…散歩友達はどうですか? シロンが回復したので、この時間は今度から散歩タイムに戻りますから」
結局、つくしが根負けする形でそう申し出ていた。
外で会う方が、少なくとも、二人きりになる今の状況よりはマシだと思えた。
「えぇ、ぜひ」
類は我が意を得たりという様子で頷く。
「…私と友人でいたいと仰るなら、お願いしたいことがあります」
つくしはじっと類を見つめる。
「取って付けたような誉め言葉も、作り物の笑顔も、私には不要です。……あなた、本当はもっとニヒルな人でしょう?」
類はふっと笑みを引っ込め、真顔でつくしの瞳を見つめ返した。
女医はそれには動じない。
「違いましたか?」
「……いえ。その通りです」
類は、自分の見込みが誤っていなかったことを悟って嬉しくなる。
この女医には、上辺だけの笑顔など看破されていたのだ、と。
「よろしくね。…先生?」
「……えぇ」
自らの提案をさっそく後悔し始めているのか、つくしは渋面を作ってそれに応じる。その様子が可笑しくて、類はまた少し笑った。

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「…失礼を承知で、申し上げます」
右のこめかみを揉み解しながら、つくしがそう言って切り出した。
類は目線で先を促す。
「何をお気に召されたか分かりませんが、花沢さんのような方と友人になれるとは思えません。所有物や小切手の一件からも、あなたが経済的にとても裕福なことは分かります。同じ階層の同じ価値観を持った方々と懇意になさってください」
類は黙ったままだ。
「ペットを飼うことに興味をお持ちになられたのなら、引き取り手を待っている動物達をいくらでもご紹介できます。どうぞ、ご自身で育ててみてください。より深い愛着がわくでしょう。ここに通うことで、安易に、一時的な満足感を得られるのは困ります」
つくしとしても、そのような厳しい言い方をしたくはなかったが、こういう手合いにははっきりと主張しなければ、相手のペースに乗せられてしまうことを経験から学んでいた。
「…先生は、どうして獣医になろうと思ったんですか?」
類は穏やかに問う。
つくしは一瞬押し黙ったが、ややあって返答した。
「もともと動物が好きでした。祖父が獣医だったことも大きく影響したと思います」
「ケガや病気で苦しむ動物達を助けたい、と思われたんですよね」
「…そうできたらいいと思って、尽力してきたつもりです」
その答えに、類は満足そうに微笑む。
つくしは嫌な予感がした。
―可笑しなことを口走ったつもりはないけど…。
「詳細はここでは明かしませんが、日常生活では私もいろいろな事で苦しんでいます。気の置けない友人は限定されていますし、興味のある事柄も少ないです」
「…そうですか」
「同じ階層の中に友人を求めるようにと先生は仰ったのですが、同じ価値観の方にはなかなか出会えません」
「…私の価値観は、さらに違うと思いますけど」
「でも、共感が持てるんです」
「……………」
「先生の基本的使命に則って、俺を手助けしていただけませんか?」
つくしは眉を顰めた。
―獣医師の使命に則れ、ですって?
「…人間は専門外です」
「広義には、人も動物ですよね?」
「そこは狭義で考えてください」
その後も、矢継ぎ早に言葉の応酬が続く。
そのとき、くくっと楽しそうに笑った類の顔は、実年齢よりもずっと幼く見えて、つくしの心をわずかに揺らした。今のように不意に見せる表情はごく自然で、そこに虚飾は感じない。彼が何に苦しんでいるのかは、これまでのやり取りではまったく察することができなかった。
つくしは、長いため息を吐いた。
類の主張は一貫している。
話は平行線を辿るような気がした。どこかで妥協点を探る必要がある。
「…散歩友達はどうですか? シロンが回復したので、この時間は今度から散歩タイムに戻りますから」
結局、つくしが根負けする形でそう申し出ていた。
外で会う方が、少なくとも、二人きりになる今の状況よりはマシだと思えた。
「えぇ、ぜひ」
類は我が意を得たりという様子で頷く。
「…私と友人でいたいと仰るなら、お願いしたいことがあります」
つくしはじっと類を見つめる。
「取って付けたような誉め言葉も、作り物の笑顔も、私には不要です。……あなた、本当はもっとニヒルな人でしょう?」
類はふっと笑みを引っ込め、真顔でつくしの瞳を見つめ返した。
女医はそれには動じない。
「違いましたか?」
「……いえ。その通りです」
類は、自分の見込みが誤っていなかったことを悟って嬉しくなる。
この女医には、上辺だけの笑顔など看破されていたのだ、と。
「よろしくね。…先生?」
「……えぇ」
自らの提案をさっそく後悔し始めているのか、つくしは渋面を作ってそれに応じる。その様子が可笑しくて、類はまた少し笑った。

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