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11.不都合

Category『Distance from you』 本編
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『いつもの時間に外せない会議が入って、今週は行けなくなった。』
類からそのような連絡が入ったのは、バスオイルをもらった翌週の木曜日、ちょうど夕食をとり終えたときだった。その頃になると、類はつくしの行動パターンをすっかり熟知していて、空き時間を狙ったように連絡を寄こすようになっていた。
毎週の訪問はそれまで途切れることなく続いていたが、むしろその方が珍しいことだったのだろう。
『分かりました。また都合がいいときに。』
つくしはそう書いて送ろうとしたが、二文目は不要だろうと思い直して消去し、了承の意だけを送り返した。
それで終わりだろうと思っていたら、さらにメールが届く。
『日曜日の都合はどう?』
つくしは、初めて別の日の都合を問われたことに戸惑いつつ、その日の予定を書いて送った。
『今週末は養豚場の仕事が入っています。』


つくしはひかわ動物病院に勤務する前、養豚場の管理獣医師に師事して働いていた時期がある。
東京近郊で養豚場を営む竹井春臣、嘉子夫妻とはその頃からの付き合いで、つくしがひかわ動物病院に正勤務医として戻った後もずっと交流がある。
竹井夫妻は、契約先の協会に所属する正規の管理獣医師の訪問も定期的に受けていたが、それ以外にも心配事や相談があるときはつくしの訪問を依頼した。
もちろん有償ではある。


携帯電話が振動し、メールかと思って目線を振るとそれは着信だった。
相手は彼だ。
「もしもし…」
「先生、今いい?」
類の落ち着いた声が耳に響く。
「いいけど、何?」
「養豚場での仕事ってどんな内容?」
つくしは簡単に業務内容を説明する。
かいつまんで言えば、豚の健康チェックや防疫、施設の衛生管理について相談にのり、適切な指導を行うことだ。今回は、不調の仔豚が多いので診察をしてほしいという依頼内容だった。管理獣医師の三嶋先生は、竹井養豚場のみならず他の施設の管理も担当しており、依頼してもすぐ来てもらえないことがあるのだ。


「それさ、俺もついていっていい?」
―えっ?
類の唐突な申し出につくしは面食らう。そして怪訝そうな声で問い返した。
「あなたが? …何のために?」
「見学に。先生の仕事がどんなかって」
つくしは小さく含み笑う。
…彼に、あまりに似つかわしくなくて。
養豚場がどのような施設か知らないわけではないだろうに。
施設は適切に衛生的に管理されてはいるものの、彼が出向いたところで目新しい何かに出会えるわけでもないはずだ。
「やめておいたら? 生粋のお坊ちゃんには向かない場所だよ」
抑えようとしても、ついシニカルな物言いになる。
養豚場に出入りできる人間は限局されているが、出入り自体は禁止されてはいない。だが、物見遊山で来られるのは迷惑だ。
つくしの心情が如実に伝わったのだろう。ちょっとした沈黙が下りた。

「…あんたさ、どうして、いつもそこで線引きするの」
類の声は怒っているというより、呆れているような響きを含んでいた。
「だって、本当のことでしょう?」
つくしの口調はまったく悪びれない。思ったことを遠慮なく言うのは、類だけでなくつくしもだった。
「確かに俺はあんたの言うお坊ちゃんだけど、先生と同じ目線でいたいと思ってるよ」
「……どうして?」
「もっと先生を理解したいから、かな」
つくしは黙り込む。居心地の悪さを感じたからだった。
元より、類が二人の間の距離を詰めてくるようなことをすれば、友人関係は解消する覚悟でいるつくしだった。

何か都合をつけて電話を切ろうと思った矢先、ピピッ、ピピッという電子音が室内に鳴り響いた。警戒音は彼にも聴こえただろうと思う。
「…ごめん。ブザーが鳴ったから、もう切るね」
つくしは類の返答を待たずに、そのまま電話を切って立ち上がった。


入院している動物がいる日は、呼吸や心電図の異常を知らせるセンサーを常にONにしている。緊急用ブザーが鳴り始めたら不調のサインであり、急いで1階に下りて処置に当たらなければいけない。
夜中であっても預かっている動物の病態が悪化すれば、飼い主に連絡をして来てもらい臨終に立ち会わせることも時にはあった。

入院部屋のゲージ内で具合を悪くしていた猫に処置をし、状態が落ち着くまで待ってから2階に戻ると、時計は午後11時を示していた。
スマートフォンには2件の新規メッセージが届いていたが、つくしは敢えてそれを無視した。入浴と寝支度を済ませてベッドに入る。

『もっと先生を理解したいから、かな』

体はひどく疲れているのに、類の言葉が何度も何度も思い出されて、つくしはなかなか寝付くことができなかった。





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