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13.彼の来ない日

Category『Distance from you』 本編
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土曜日は朝からシトシトと小雨が降り続いていた。
午前の診療を終えて、つくしはいつもの時刻にシロンを連れて外に出る。
事前連絡の通り、そこに類の姿はなかった。彼が居ないことに一抹の寂しさを覚えたような気がして、つくしは軽く首を振った。
「クゥン?」
シロンが類を探してウロウロと歩き回るのはいつものことだ。毎日散歩に連れ出すとき、決まってその行動を見せる。シロンに曜日の感覚はないから。
つくしはリードを引っ張って先を促す。
「あの人は来ないよ。行こう、シロン」
つくしが先導すると、レインコートを着たシロンは、その意図を理解したように前に進み始めた。


最近、カイの元気がない。
季節が秋から冬へと移り変わりゆくにつれ、徐々に食欲が落ちていっている。
足が弱っているから、最後に散歩に連れ出したのはもうずいぶん前のことだ。
カイはおそらく17歳以上。
年齢が曖昧なのは生まれた日が正確に分からないからだ。人間で言えば、100歳前後の年齢だろう。視力も脚力も弱くなり、老衰が進むカイが、そう長くは生きられないことは分かっている。
でも、つくしが子供のときからずっとここに住んでいるカイが、遠くない未来にいなくなってしまうのだと思うと、耐えがたい悲しみを感じた。


晩秋の冷たい雨の中では体が冷えてしまうため、シロンの散歩も長くはできない。いつもより短い時間で散歩を切り上げて帰宅し、そのままシロンを入浴させた。シロンはシャワーがあまり好きではないけれど、雨に濡れたついでにそのまま洗ってしまう。
「あっ、もうっ」
ぶるぶるっと身を震わせて思いっきり雫を飛ばされ、服を着たままのつくしも結局はびしょ濡れになってしまった。シロンにドライヤーをかけてやり、自分も着替えを終えると、もう午後の診療時間が迫っていた。

シロンを3階に送り届けて、カイの様子を窺う。カイはサンルームの揺り椅子の近くで伏せ、眠っている様子だ。そこはかつて、つくしの祖父、伊佐夫のお気に入りの場所だった。
「カイ、眠ってるの?」
つくしの声が聴こえたのか、カイはぴくりと耳を震わせてこちらを見た。その様子を見て、つくしはホッとする。カイの体を労わるように何度も撫で、じゃれついてくるラムやミューもついでに撫でてやり、つくしは階下へと移動した。

類からのメールは、あれからずっと無視したままだった。
画面を見ると、未読のメッセージがさらに増えていたけれど、つくしは努めてそれを気にしないようにした。
だが、つくしのこの対応に黙っている類ではなかった。



午後8時に最後の患者を見送り、玄関を閉めようとすると、駐車場に見慣れた高級車が一台。つくしの姿を認めた類が、運転席からさっと降りてきた。
「こんばんは、先生」
「……今週は、来れないんじゃなかったの」
呆れたように、つくしがそう言えば、
「それを言う? あんたがメールを無視するからじゃん」
対する類の声は存外に明るく、まるで怒った様子はない。
雨はまだ降り続いていた。
傘をさすでもなく、こちらに近づいてくるでもなく、類はただそこに立っている。
「…濡れるよ。入って」
「うん」
つくしは玄関扉を大きく開き、類を院内に招き入れた。


「…それで?」
待合室のソファに腰かけ、つくしがぞんざいに類に用件を問うと、向かいのソファに腰かけて彼は笑った。
「あんたって本当に冷たいね。無視してごめん、とか一言ないの」
「……忙しかったから、メールは読んでない」
つくしはまったく悪びれない。…いや、悪びれない振りをする。
そうすることで、彼の興味が早く自分から離れてくれればいいと思う。
「明日は何時に行くの?」
「…は?」
「だから、養豚場に仕事に行くんだろ? 何時に来ればいい?」
「本気でついてくるつもりなの?」
「うん。興味あるし」

つくしは黙り込む。親指と人差し指で目頭を押さえ、揉み解すようにする。
未読メールの内容はそれだったのだろう。
長い逡巡の後で、つくしの出した結論はこうだった。


「…朝7時に、汚れてもいい服装で来て。念のために着替えも持参で。運動靴持ってる?」
「いや」
「じゃ、買ってきて。汚れるからそのつもりで」
「分かった」
「1分でも遅れたら、そのまま置いていくから」
「遅れないよ」
つくしがこれだけ素気無く応対するのに、類はまったく気にしたふうがない。
「……あなたさ、Mだって言われない?」
思わずこぼれ出たつくしの心の声に、類は心底楽しそうに笑った。
昨日から、ストーカーだの、マゾだのとひどい言われようだ。
「そんなこと、生まれて初めて言われたけどね?」





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そんなわけで、類には養豚場に足を運んでもらいます…(;^_^A
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