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15.竹井養豚場

Category『Distance from you』 本編
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「竹井さん? もうすぐゲートに着きます」
つくしは養豚場に着く直前、経営者の竹井に一言、連絡を入れた。
「…なんで車ごと消毒するの?」
助手席の類が問うと、つくしは簡潔に答える。
「外部からの感染源を絶って、持ち込まないようにするため。豚は病気に弱い生き物だから。私達も感染源になり得るから、中では防護服を着てもらうよ」
「分かった」
ほどなくつくしの車は、『竹井養豚場』と書かれた看板を過ぎ、封鎖されたゲートの前で停まった。

「おはようございます」
つくしはウインドウを下ろし、ゲートで待っていた作業着姿の竹井に挨拶をする。竹井は助手席に向けて顎をしゃくった。
「おはよう、先生。…彼が見学希望者?」
「急なお願いですみません」
「花沢と申します。よろしくお願いします」
「オーナーの竹井です。…じゃ、窓閉めて」
つくしが窓を閉め切ったのを確認して、竹井は消毒液を車体に散布した。


「初めまして、竹井嘉子です」
竹井春臣の妻・嘉子は、類と挨拶を交わす。
「なんでも場内を見学されたいとか…。手が足りないので、特別なご案内はできませんが、どうぞご覧になってください」
「ありがとうございます。…ご無理を言ってすみません」
類はつくしの指示に従って防護服とマスクを身につけ、靴の裏も消毒した後で上からビニールを被せた。つくしは淡々と次のように注意事項を述べた。
「許可のない場所に立ち入ったり、豚や機械に勝手に触れたりしないでね。あくまで見るだけ。いい?」
「分かった」
つくしも着替えを終え、竹井に導かれて畜舎内へと入っていく。
嘉子も類もそれに続いた。


「グループBの成育が良くないみたいなんだ」
「死んだ仔豚の数は?」
「1週間で5頭。他の群とは差がないが、ただ全体的に下痢をしているヤツが多くて…」
つくしは竹井に義務付けている死亡数の統計表を見て、グループB群の豚を診察していく。今はまだ症状のない群だ。
「…見たところ、特徴的な所見はないですね。今、症状が出ている豚の数は?」
「13匹隔離してる。PED(豚流行性下痢)じゃないか、気を揉んでる」
つくしは頷いて、バインダーに書き込みをしていく。
「最近になって変わったことはありませんか? 掃除の仕方とか、スタッフとか、餌とか」
「掃除はいつも通りだし、担当者も同じだ。餌はAからD群まで与える物は、全部同じメーカーで揃えてある」
「LOT(製品番号)は? これも同じですか?」
「LOTか。ちょっと憶えてない。…あとで確認しておくよ」


つくしは次に隔離されている仔豚を診察した。
「症状は下痢だけ? 嘔吐は?」
「するヤツもいる。下痢したからってすぐ死ぬわけでもないんだが、これがなかなか治らない」
「…便の性状を見た感じでは消化不良のようですが、念のため検体を検査に出します。三嶋先生が来られるのは来週ですか?」
竹井は頷いた。つくしはあくまで三嶋医師の代わりであり、応急的な対応はするものの、最終的な判断はできない。つくしは数匹の仔豚の便を採取し、検体として検査に出せるようにパッキングを済ませた。
「検査結果が出たら、先生の指示を仰いでください。…で、飼料のLOTは?」
「メーカーは同じだが、B群だけLOTが一番新しいものになってる」
「いつからです?」
「1週間前だな」
「飼料メーカーに確認してみてください。似たような症例の相談がないか」
「分かった」


つくしは類の存在など忘れてしまったかのように、自分の業務に没頭していた。近くを通り過ぎても、類とは目を合わせることもしない。
その横顔からはここに来るまでに見せていた陰鬱さは消え失せ、すっかりいつもの姿に戻っているように見えた。
類は彼女のテキパキとした仕事ぶりをそっと見守りつつ、畜舎内をじっくり観察したり、嘉子の作業を言われるままに手伝ったりした。畜舎内は養豚場特有の臭いに満ちてはいたが、衛生的に管理され、よく整頓されていた。


離乳したばかりの仔豚達はまだ体が小さく、ピンク色の鼻をひくひくさせながら、柵の中をウロウロと動き回っている。眺めているだけで、ふっと笑みがこぼれた。
「…可愛いですね」
類がそう言うと、嘉子は嬉しそうに笑んだ。
「そうでしょう? 特にこの時期の仔豚は本当に可愛いのよね!」
「思ったより痩せているんですね」
「肥育期に一気に太らせるからねぇ」
「何人で管理されているんですか?」
「従業員は6人よ。私達夫婦と息子、他のスタッフが3人」
養豚場は広い。
そのすべてをたった6人で回しているというのだから驚きだった。

「これだけの量の仕事を毎日?」
「えぇ」
嘉子は大きく笑う。
従事者としての自負と自信に満ちた笑みだ。
「一日も休めないわ。過酷な仕事ではあるけど、生産者としての義務を感じているからね」
「…家業は、息子さんが継がれるんですか?」
類は嘉子の荷運びを手伝いながら、質問を続ける。
「えぇ。うちは幸い、長男が跡を継ぐ決心をしてくれたからね。…まぁ、親としては、他の生き方を模索してもらって、私らの代で廃業してもよかったんだけど。でも、養豚業の担い手は減る一方だから、そう言ってもらえて嬉しくもあったのよ」
「…息子さんが他の進路を選ばれても、竹井さん達は良かったんですか?」
心なしかトーンダウンする自分の声を類は聞く。
嘉子は気に留めたふうもなく頷く。
「何を生業に生きていくのかは、本人の意思を尊重してあげたいじゃない? 頑張っていかなきゃいけないのは、結局は本人なんだもの」
そうですね、と笑んだ類に、嘉子は次の作業場への移動を促した。



つくしの仕事は3時間半で終了した。
結局、仔豚の成育不良や下痢の原因ははっきりしなかったが、つくしには病気が原因ではないように感じられていた。検体のウイルス検査の結果を待つことにする。飼料メーカー側の回答も担当者不在のために週明けになるという。

竹井夫妻に見送られて養豚場を後にすると、つくしが類に訊いた。
「…あなたの目的は果たせたの?」
「うん」
類は満足気に笑う。
「先生の仕事ぶりと、竹井さん達の日々の努力を知ることができた。俺にはすごく有意義だったよ」
「そう。…よかったね」
つくしの声がわずかに沈むのを、類は聞き逃さなかった。





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いつも拍手をありがとうございます。実際に養豚場を見学したことがありますが、防疫の手法や病気の説明に関してはうろ覚えの部分も多いので、あくまでも創作として読んでいただければと思います<(_ _)>
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