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17.白黒

Category『Distance from you』 本編
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―なんだろう。すごく香ばしい匂いがする。

サンルームで一頻り動物達と戯れたあと、類が2階に下りていくと、ダイニングテーブルで書類を記入していたつくしが目線を上げた。
彼女は服を着替えていた。モスグリーンのゆるめのカットソーと薄い色合いのジーンズの取り合わせが、実にシンプルで彼女らしい。
「カイ、元気そうでよかった」
「見舞ってくれてありがとう。カイも嬉しかったと思う」
つくしは類に着席を促した。
「座って? お握りだけじゃ足らなかったでしょう。軽く準備したから」
その申し出が意外で、類は思わずつくしを凝視した。
「あ、要らないなら、無理しないで」
「いや、ありがたくいただくよ」
類が席に着くと、つくしは立ち上がり、手早く食事の準備をした。ロールパンと卵サラダとポトフをトレイに載せて類の前に置き、自分の前にも同じ物を置いた。

「味は保証しないけど、どうぞ」
「おいしそう。…いただきます」
類は最初にポトフを口にする。コンソメ味のスープは冷えた体を内側から温めてくれる。しばらくは互いに無言でそれらを食べ続けたが、ふと目線がかち合ったとき、おもむろにつくしが口を開いた。
「食べながらで聞いてくれて、構わないんだけど」
つくしはスプーンでスープ皿をかき混ぜながら、ゆっくりと切り出す。


「…私達、奇妙な縁で今日まで友人関係を続けてきたでしょう。9月にシロンの事故があって、10月に散歩友達になって、もうすぐ……出会って3ヶ月になる」
彼女が何を言い出すのか、類は不穏に胸を高鳴らせながらじっと待った。その声音から、それが自分にとっていいことではないのは、なんとなく分かった。
「ちょっとひねくれて、皮肉屋な部分も多いけれど、あなたが芯の部分で優しい人なのは分かった気がするの。……うちの子達は皆、最初からあなたに懐いてたしね」
スプーンを持つつくしの手が止まる。
「でも、ごめんなさい。会うのは今日で最後にしたい。…ここにも、もう来ないで」



「………どうして?」
類の呟きのような問いかけがテーブルに落ちる。
「友人関係を継続していく理由がないから」
「…俺には、あるよ」
その返答にも、つくしは冷静だった。
「あなた、本当は、私をどう思ってるの?」
そのはっきりとした口調に、類ははっとする。
漆黒の瞳が、ひたと類を見据えている。
嘘は許さない、というように。
「私達の間に友情が築けるって、本気でそう思ってる?」



「………ごめん。それは違う」
類は認めざるを得なかった。
ここではぐらかすのは得策でないと思えた。
「そんなふうに言うってことは、薄々察してるんだろうけど、…俺、あんたが気になるんだ」
つくしの瞳がさらに暗く翳ったように見えた。
「先生のことがもっと知りたいし、俺のことも知ってほしい。…だから今日は俺の過去について話そうと思ってた」


「…そう」
つくしは小さく返す。
「ごめんなさい。あなたの気持ちには応えてあげられない。…たぶん、これから先もずっと」
「それは分かんないよね?」
類は言い募る。つくしは首を振る。
これまで彼女に対しては、押しの強さでいい返事を得てきた。だけど今度ばかりは旗色が悪そうだ。

「あなたが悪いんじゃない。……私自身に問題があるの」
つくしは頭を下げる。深く。
「もっと早くに伝えるべきだった。決して思わせぶりな態度をとってきたつもりはないけれど、変に期待を持たせてしまったならごめんなさい」
「…謝罪なんて要らないよ。俺が勝手にそうしたかっただけだから」
つくしは顔を伏せたまま、ふるふると首を振る。
「私ね…。あなたを、試したの」

つくしの言葉に、類は軽く目を見開く。
―試すって?


「…あなたも察してるんじゃないかな。……私、ダメなの。男の人が怖いの。…今みたいな二人きりの状況は、特にそうで…」

―やっぱり、そうか。
類の胸の奥に、声に出せない呟きが渦巻く。

「…ドライブの間中、冷や汗が止まらなかった。あなたとはそれなりに時間を共有して、悪い人じゃないって思う気持ちも確かにあるのに、どうしても心が受け付けない。今日一日で、それが嫌というほど分かったの」

車中では、行きも帰りも冴えない顔色を見せていた彼女。
自分の差し出したお握りを受け取ろうとしなかった彼女。
その理由が分かった。
あれは、外界と遮断された車内に二人きりでいることに、ひどく緊張していたのだ。

振り返ってみれば、これまでつくしとはほとんど接触らしい接触をしたことがなかった。彼女は常に類との距離を適切に保ち、エチケットの距離を越えて自分に近づくことをさせなかった。…頑なに。




「…あのさ、今日で最後だっていうなら、やっぱり俺の話を聞いてもらえない? 俺の事情を話しても、先生の認識が何も変わらないようだったら諦めるからさ」
一旦はね、という声は心の奥にしまい込み、類はつくしに返答を促した。

長い、長い沈黙があった。

時計の秒針が動く音が聴こえそうなほどの静けさの中、つくしがこくりと小さく頷いたのを確認し、類は話し始めた。





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いつも拍手をありがとうございます。次回、類の過去編です。
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