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18.類の過去

Category『Distance from you』 本編
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“花沢類”という名を正しく知られるより、“花沢家の跡取り”という認識がいつも先行していたように類は思う。物心がついた頃にはそうだった。…いや、実際には彼が生まれたときからそうだったのだろう。

母親は類が2歳のときに他界し、唯一の肉親である父、花沢みつるは類に対し恐ろしく厳格に接した。妻に先立たれた統は、自分の後継が類一人であることに懸念を抱いたのだろう。その1年後に年若い後妻、多津子たづこを娶った。
彼女は間もなく一人の男児を出産する。それが類の4歳年下の異母弟、耀ようだった。
継母もまた類に対しては冷淡に接した。先妻の子を愛することは、彼女には到底できなかったのだろう。慈しまれる、愛情を受けるという経験が乏しいままに育った類はひどく内向的に、周囲に対しても排他的なままに成長していく。

心を許せたのはわずかに5人。
幼馴染の西門総二郎、美作あきら、道明寺司、司の姉の椿、…そして藤堂静。

初恋の相手は静だった。
閉じ切られた世界から手を引いて連れ出し、笑うことを教えてくれた彼女。
淡い恋心は思春期を迎える頃には強い慕情へと変わり、ある時、類は静に想いを告げた。だが、静は、類の告白を最後まで聞いてくれたが、受け入れてはくれなかった。類が自分を想う気持ちは真の恋情ではなく、親愛の延長なのではないかと言って。
類は傷ついたが、その区別は自分ではつけようがなかった。

静は自分の夢を追って渡仏した。持ちうるすべてを捨てて。
類には彼女を追うことはできなかった。
静への想いは昇華されることがないまま、鬱屈とした日々を送ることになる。

親友達の勧めに従って、女性と付き合った時期もあった。虚しいことだと分かっていても相手に静の面影を求め、寂しさを埋めるように抱き合いもした。
女性特有の柔らかさや人肌の温もりは一時的な慰めになりはしたが、類の心の虚無をより深めるだけだった。結局、そうした付き合いは長続きしなかった。



進路を自分で決めたことは一度もない。すべて統の指示のままに進学し、その課程を好成績で修了してきた。大学卒業後は花沢物産本社に入社し、統の後継となるべく、ただ日々の業務を淡々とこなしてきた。
微笑を模った仮面をつけることを覚えたのはその頃だ。無表情で商談に臨むことはできないために、やむを得ず身につけた処世術の一つだった。

25歳のとき、ある見合い話が持ち込まれた。
それまでにも何度か話は持ち上がっていたが固辞し続けていた。それでも、もはや回避できない時期が来たのだろうと彼は理解した。父親が勧めるままに、類はその話を受けた。
相手の名は、中條紗穂。

自分の自由意思では結婚できないと思っていた類は、相手が婚姻における諸条件を満たしていると判断するや、婚約に了承した。
紗穂は類より二つ年下で、相手もまた自由に生きることが叶わない自らの定めを理解していた。彼女は鈴蘭のような可憐な美しさを有し、物静かで類に意見するような性格でもないようだった。愛情を伴わない婚姻とはなるが、その関係を継続させていくのに、類にとって何ら不都合はないように思われた。
…だが、深刻な問題はすぐに顕在化する。


正式に婚約を交わした後の出来事だった。婚前交渉は珍しくもない昨今、ホテルのレストランで夕食を共にした後、類は紗穂とホテルの一室へと移動した。
そこで、類は初めての困難に直面する。
いざ紗穂を目の前にし、彼女を抱こうとし、それができない自分に気付いてしまったのだ。キスをし、触れ合っても、体の方がそれにはまったく呼応してくれない。
今まで、そのようなことは一度としてなかったのに。
当然ながら、紗穂は大きなショックを受けた。
その後も二度、そうした機会を設けるもいずれも同様だった。
まるで自分が、男性としての機能を失ってしまったかのように思えた。


その時になって、類はようやく自覚した。


自分は、たぶん子供を欲しいと思っていない。
振り返ってみても、自身の半生は幸せなものとは言い難かった。
誰もが羨む生活環境にありながらも、彼はひたすら孤独を生き、生に対する執着も喜びもそこに見出せていなかった。

そんな自分と同じような無機的な人生を、子供にも歩ませるのか。
親に愛してもらえなかった自分が、子供を愛することができるのか。

心の奥の深いところで、それを否定する声がした。
―嫌だ、と。
―できない、と。


今まで唯々諾々と課せられたものをこなし、受け入れてきた類が、初めて感じた反発だった。結婚そのものより、子を成すことへの強い忌避感は、現実世界へと根深い影響を及ぼし、若い二人に難題として重く圧しかかった。
紗穂は、彼女なりに類に歩み寄ろうと努力もしてくれた。けれど、半年経ってもそれが叶わないことなのだと分かると、その現状に彼女は心を病み、中條家は婚約解消を切り出してきた。花沢家としては、当然、応じないわけにはいかなかった。



最後に会った日、紗穂は声高に類をなじった。
『自分だけがっ…苦しいような顔をしないでくださいっ!』
当然の非難だと類も思っている。紗穂には何の非も、咎もなかった。
『どうして、私じゃダメなんですかっ?』
『悪いところがあるなら直します。理由を仰ってください!』
そうではない。きっと誰が相手でも婚約は破綻したのだ。
そう言いたかったが、結局は謝罪の言葉しか出てこなかった。
その日まで声を荒げることさえなかった彼女の悲痛な叫び声は、今も類の耳の奥に残っている―。





「俺、独身だって言ったよね。…そうした事情のある独身だったんだ」
「……今、紗穂さんはどうされているの?」
長い間、聞き役に徹していたつくしから、質問が返る。
「その翌年に結婚した。子供にも恵まれたと聞いている」
「……そう」
つくしはそのままうつむく。心の痛みを顕わにして。
相手のその反応を見つめながら、いつ彼女から自分を拒絶する言葉が飛び出すだろう、と類は思った。


「……花沢さん、言ったでしょう。医師の基本的使命に則って、自分を手助けしてほしいって。あれがどういう意味なのかをずっと考えてたの。…私に、何を望んでいるんだろうって」
彼女の声は存外に柔らかかった。
「やっと分かった。…あなたは、ずっと苦しんでいるんだね。自由意思で生きられないことに…」

だけど、という接続語がそれに続き、類は落胆を覚える。
「あなたが求めているのは、結局のところ、自分への正しい理解と安息の場なんじゃないかとは思う。……でも、先に話したように、私自身も心に傷を負っていて、とてもじゃないけど、あなたを理解して手助けしてやれるような余裕がない」
それにね、とつくしは言葉を継ぐ。
「うちの子達に触れて、私という特殊な職業の人間と接して、これまでになかった非日常を経験することで、あなたは一時的に心の安寧を得たんでしょうね。一種の現実逃避みたいなものだと思う。…それを恋愛感情と、混同させているだけじゃないのかな」





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2 Comments

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2018/12/08 (Sat) 17:09 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。コメントありがとうございます。
とっても嬉しいです(*´ω`*)

昨日は厳しく冷え込み、私の住む地域にも初雪が降りました。そんな中ですが、家族でイルミネーションを見に行ってきました♪ で、帰ってゴソゴソしてたらこのような時間に…💦

さて本編ですが、類が先に苦しい過去を明かしました。この後、つくしの過去が明らかに…。二人の緊迫したやりとりはもう少し続いていきます。
文章がうまく纏まらず、UP直前まで悩みながらの更新が続いています"(-""-)" よろしくお付き合いくださいませ。

2018/12/09 (Sun) 01:36 | REPLY |   

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