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25.変化

Category『Distance from you』 本編
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午後3時になる直前、つくしは裏口で類を見送った。
「今夜もう一度連絡するから、電話に出てね」
「…分かった」
つくしが素直に頷くのを見て、類はこの上なく嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「改めて、これからよろしく」
「…うん」
つくしは複雑な心境ながらも、新しくスタートした自分達の関係に真摯に向き合おうと決意した。

話し合い終了の直後、起き抜けの麻帆がぐずって泣き出したため、優紀はつくしが午後の診療に出てからもしばらくそこに滞在し、授乳やおむつ替えなどをゆっくり済ませた。麻帆を連れて3階にも上がり、カイを見舞ってくれたという。
困ったことがあったらいつでも相談して、と言い置き、午後4時を過ぎた頃、優紀達は帰っていった。

その日の午後診療の合間に、つくしは、類と交際することになったことをミチ子と由紀乃に報告した。二人は自分達の関係をずっと案じてくれていたし、変に隠し立てしない方がいいと思ったのだ。
反応は両極端に分かれた。
つまり、由紀乃は歓喜の声を上げ、ミチ子は心配顔になった。
「…本当に大丈夫?」
最初は類の訪問を好意的に受け入れていたミチ子だったが、相手のバックグラウンドを知ってしまうと、不安が募るようになったらしい。ミチ子が消極的な姿勢を見せるのに、つくしはゆっくりと頷く。
「とりあえず向き合ってみます。ダメだと思ったら引き返します」
「いつでも相談には乗るからね」
母親代わりの彼女にそう言われて、つくしは小さく笑んだ。


その夜、夕食を摂った後に1階に下り、入院を受け入れている3匹の動物達の容態を確認し、例の仔猫達の哺乳をしていると、さっそく類から連絡が入った。つくしは机に置いたスマートフォンをタップし、スピーカーフォンにしてそれに応じる。
「こんばんは、先生。今いい?」
「うん」
「今日は電話に出てくれたんだね」
類の声はどこか弾んでいた。
「…あなたが電話に出てって、帰り際に言ったからだよ」
つくしは、つい素っ気なく応じてしまう。

そのとき仔猫の鳴き声が聞こえたのだろう。
「あれ、まだ1階? それとも3階?」
「1階。でも仔猫の哺乳だから、このまま話せるよ」
「そんなに小さい猫の入院もあるの?」
不思議そうにそう問われて、彼に昨晩の一件を話していなかったことを思い出し、事情を説明する。
「捨て猫か…」
「そう。ときどきあるの」
「で、面倒見てあげてるの?」
「だって、放っておけないから。…でも、うちの受け入れ状況も厳しいし、ホームページで飼い主を募ってるところ」
類はすぐ他の端末で、ひかわ動物病院のホームページを確認したらしい。
「サイトがあること、知らなかった。小さい頃のカイ達の写真もあるんだね」
「忙しくてあまり更新できてないけど、お知らせや飼い主募集をアナウンスするには便利で。ネット予約が当たり前の時代でもあるしね」
「…仔猫のことだけどさ、もし、どうしても引き取り手がなかったら、二人で飼わない?」

―え? 二人で?

意味を図りかねてつくしが沈黙すると、類の小さな笑い声がする。
「先生のところで受け入れが厳しいのは、世話をする手が足らないからだろ?」
「…そうだけど」
「俺がそこに住んだら、手は足りるようになるよね」
つくしは仔猫の哺乳を終え、ガーゼでの後始末もしてやりながら苦笑する。
「一緒に暮らしたいっていう意味で言ってるの?」
「うん」
「…絶対、無理」
「そう? いい考えだと思うんだけどな」
彼の声は笑いを含んでいて、要はからかっているのだな、とつくしは理解した。


祖父母が建てた病院兼住居のこの建物は、築年数で言えば30年以上になる。あちこちにガタもきている家屋だ。お世辞にも整った住環境とは言えないこの場所に、彼が住みたいというのならそれこそ酔狂な話だろう。
それに、自分達はようやくスタートラインに立ったばかりだ。
しかも今日、ほんの数時間前に。
これから順調に関係を続けていけるのかさえまだ分からないのに、それを飛び越えて同棲などあり得ない。

……いや、分からない。
類の発想は時としてつくしの想像の上を行くのだから、“普通ならばあり得ない”という固定概念は、早めに取り除いておいた方が賢明なのかもしれない……。


つくしはそこまで考えた後、その点には触れないようにして言った。
「…用件が他にないなら、もう切っていい?」
「あるよ。まだ言ってないし」
類の声を聞きながら、手にじゃれかかる仔猫達を撫でていると、つくしはゆるい倦怠感に包まれ始めた。目の奥にじわりとした痛みを感じてもいる。
今週もよく働いたな、とホワイトボードのオペの予定表をぼんやり眺めているうちに、類の話をすっかり聞き逃してしまっていたようだ。
「…もしもし? 先生、聞いてる?」
つくしはハッとした。
「ごめんなさい。ちょっとぼぅっとしてた。…何?」
「休みの日は何をする予定かって訊いた。どこかで都合を合わせられたらと思って。…でも疲れてるみたいだし、今日はやめとこうか」
「…うん。そうしてもらえると…」
類は少しも気を悪くしたふうもなく、ゆっくり休んでね、と言ってあっさりと電話を切った。


そのまま暗くなった画面を眺めていると、つくしはにわかに申し訳ない気持ちになった。類には驚くほど押しが強い部分もあるが、きちんと引き際を判断する力も備わっている。きっとこれまでの社会生活の中で培ってきた交渉術なのだろう、とつくしは思う。
会社で重要な役職を担う類だって、おそらく疲れていたはずだ。
彼と向き合うことを受け入れたのは自分なのに、その彼に少しも優しい言葉をかけてあげなかったことに罪悪感を覚える。

―今まで通りじゃいけないよね。
―でも、どんなふうに話せばよかっただろう。

改めて考えたら、彼への接し方が分からなくなる。
つくしはため息をついた。


2階に戻ると、今日の昼間のやり取りが鮮明に思い出される。自分の失礼な物言いにも、優紀の追及にも、彼は一貫して寛容な態度で応対してくれた。
優紀は、彼は信頼に足る人物ではないか、とつくしに言った。
つくし自身も、そうであってほしいと思うようになってきている。


ふと、冷蔵庫の中に彼が持参した手土産を入れたままだったことを思い出した。ロールケーキはハーフサイズで二箱あったが、優紀は自分の分を忘れずに持ち帰ってくれたようだ。
つくしは箱からケーキを取り出し、半分に切って皿に乗せた。紅茶の準備もする。空腹はすでに満たされていたけれど、ダイニングテーブルにそれらを置き、軽く手を合わせてから食べ始めた。ふわふわのロール生地とホワイトクリームが甘いくちどけを残して、舌の上でほぐれていく。
…美味しい。
熱い紅茶を飲むと冷えた体が温まっていく。つくしは、遅いティータイムをゆっくりと楽しんだ。たまった疲れがゆるんでいくような気がした。


『さっきはごめんなさい。ロールケーキをありがとう。とても美味しかった。』
そう書いてメールを送ると、しばらく経ってから類から返信がある。
『喜んでもらえてよかった。明日、また電話していい?』
つくしはすぐに返信を送る。
『明日はちゃんと話を聞くから。』
短いメールが返る。
『気にしないで。おやすみ。』
『おやすみなさい。』





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いつも拍手をありがとうございます。つくしの気持ちにもわずかに変化が…。
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2 Comments

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2018/12/22 (Sat) 19:37 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
今日は冬至でしたね。

向き合うと決めた以上は、これまでと同じ対応ではいけないと考えるつくしです。律儀な彼女らしさが表れていると思います。では、どうすればいいのか…という部分が手探りなんですね。書いている方もムズムズしてますw

このお話を書き始めたときは夏だったのに、もう年の瀬が迫っています。執筆を頑張らなくては…です(;^_^A

2018/12/22 (Sat) 23:12 | REPLY |   

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