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26.不調

Category『Distance from you』 本編
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ひかわ動物病院の火曜日の午後診療は、基本的に予約制になっている。
緊急性を要しない手術を集中的に行う時間に充てているためだ。
去勢・不妊手術が主だが、オペをすると最低でも2日間の入院が必要になるので、それを同日に行うことによって術後のフォローをしやすくする。加えて、つくしの病院はスタッフが少ないので、由紀乃とミチ子が確実に出勤している時間に手術を行うのが合理的だったからでもある。
その日は3件の手術を予定していた。

「…縫合糸」
「はい」
つくしと由紀乃の呼吸はぴったりだ。
由紀乃は勤続6年、動物看護師としては15年の経験を持つベテランだ。前院長の斐川伊佐夫とは約4年、つくしとは約2年、二人三脚で処置をこなしてきている。
つくしが次に何を要求するかも、由紀乃には手に取るように分かっている。
切開した場所の縫合が終わり、縫合糸を切ったところで処置は終わった。
「呼吸、正常です」
「お疲れ様でした」
3件目のオペが終了し、つくしが大きくため息を吐くと、由紀乃は彼女の労をねぎらった。
「今日もスムーズなオペでしたね」
「えぇ。サポートありがとうございます」
だが、血で汚れたゴム手袋をダストボックスに捨て、マスクを外したつくしの顔色は青褪めていた。

「先生! 顔色悪いですよ」
「…オペの途中から、頭痛がし始めて…」
つくしは椅子に座り、自分の額や首筋に触れてみる。いつもより熱いような気がした。実は、昼休みにシロンを散歩に連れ出したあたりから不調の兆しはあった。残念ながら、気のせいではなかったらしい。
「オペも無事に終わったし、今日は早めに閉めちゃったら?」
受付の方から顔を出したミチ子があっさりと言う。
時刻はもうすぐ午後5時。閉院までは3時間近くある。術後には可能になる夜の受診予約がなければ、早く閉めることもある火曜日ではあったが…。
「ネット予約は入っていますか?」
「珍しく今日はゼロよ。…休みなさいってことよ、先生。臨時休業にしちゃいましょ!」
「いいと思いますよ。後の片付けはこちらでやっておくので、もう上がってください」


二人の勧めるままに、つくしは病院を閉める準備をした。
オペが終了して安堵したのか、頭痛がどんどんひどくなってきている。
ホームページに臨時休診のお知らせを掲載して、ネット予約の受付を中止する。
オペ後の動物達の容態を再確認し、麻酔の影響が残っていないことを確かめてから呼吸センサーを付け、仔猫達の哺乳を由紀乃に任せる。

そうして2階に上がろうとした時だった。
受付の電話が鳴り、ミチ子が慌ててそれに応対した。
「はい、ひかわ動物病院でございます。申し訳ございません。本日は都合により、もう病院を閉めておりまして。…先生ですか? 少々お待ちくださいませ」
ミチ子は申し訳なさそうに、つくしに子機を手渡した。
先週の金曜日、最後の患者だったパンダウサギのクロロの家族からの電話だった。

容体悪化を懸念したつくしの予想を裏切り、相手の声はとても明るかった。
「病院が閉まっている時間にすみません。…先生の仰る通りにしてみたら、それが良かったみたいで、すっかり元気になりました。娘が先生にどうしてもお礼が言いたいと言うものですから、少しだけお願いできますか?」
快く了承すると、すぐにふみかの声に代わる。
「先生? こんにちは」
「こんにちは、ふみかちゃん」
「あたし達ね、もう一度話し合って名前を決め直したんだよ。あたし達3人の名前を一文字ずつ使って、『ふうた』にしたんだ」
つくしは思わず笑顔になる。
「そっか、それなら誰も文句なしだね」
「うん! ふうた、元気になってきたの。先生ありがと!」
それから二言三言話して電話を切ると、つくしは、『クロロ』改め『ふうた』のPCデータを呼び出して、名前が変わったことを記録しておいた。体調改善と記入できることは、いつでも獣医師としての喜びだった。


「…37.8度、か」
検温をすると、やはり熱があった。
悪寒がするので、これからもっと熱が上がるのかもしれない。
病院を閉めた後、ミチ子はそのまま一緒に上に上がり、つくしのためにあれこれと世話を焼いてくれた。食器の片づけと夕食の準備を済ませ、3階にいるカイ達に食事を与えてくれた。困ったらいつでも呼んで、と言い置き、ミチ子が帰宅したのが午後7時半だった。
インフルエンザはまだ流行期を迎えていないし、つくしはこれまでにインフルエンザには罹ったことがない。
「…風邪だといいなぁ」
ミチ子の作った夕食を摂り、戸棚に置いてあった抗生剤と解熱鎮痛剤を適当にピックアップして服用した。短めに入浴を済ませ、2階の自室のベッドに横になってしまうと、体が重くてどうにも起き上がれないような気がした。
―今夜は、緊急ブザーが鳴らないといいんだけど。
もちろんブザーが鳴ったら、這ってでも処置に向かうつもりでいる。


そのまま頭痛と発熱の気怠さにウトウトとしていると、ふいに電話が鳴った。
相手は類だった。
「…もしもし」
「今日さ、臨時休診のお知らせが掲載されたけど、どうしたの?」
つくしはごく小さく笑った。
「よく、見てるね…」
「声、元気ないね。もしかして具合悪い?」
類は、声を聞くだけでつくしの変調を敏感に察した。
「ちょっとだけ。でも明日は休診だし、一日休んだらよくなると思う」
「どんな症状?」
「頭痛と熱。咳も関節痛もないからインフルエンザじゃないとは思うけど…」
まどろみの中、問われるままに回答していて、ふっと我に返る。

―しまった。言わない方が良かったかも。

そう思ったときには遅かった。
つくしは類が次に何を言い出すか、分かるような気がした。
「見舞いに行きたい」
「…言うと思った。でも、大丈夫だから」
「心配だし」
「うつったらいけないから」
「俺、そんなヤワじゃないよ。だからさ。…ね? 長居はしないから」
こういうモードに入ると類は手強い。
不承不承、訪問を許すと、類はすぐに行く、と電話を切った。
つくしは、ため息をついた。

―ゆっくり寝かせてくれた方がありがたいんだけどな…。





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いつも拍手をありがとうございます。次回はせっかくのクリスマスですが、特別編は用意できませんでしたので、通常通りの本編更新です<(_ _)>
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