FC2ブログ

28.温かさ

Category『Distance from you』 本編
 2
結局、類の滞在時間は20分にも満たなかった。つくしには早く横になってもらった方がいいと思い至ったためだ。会社に残してきたやりかけの仕事のこともある。

類を送り出すために1階に下りてきたつくしをじっと見つめ、彼はふいに謝った。
「…なんか、ごめんね」
つくしはキョトンと彼を見上げる。
「何が?」
「…見舞いと言いつつ、俺が先生の顔を見て安心したかっただけかも」
それに、と言い添えて、
「鍵をするのに、こうして見送ってもらわないといけないこと。…寒いのにさ」
「…あぁ」
つくしはマスクの下で小さく笑う。
目元が優しく和むので、類にも彼女が微笑んでいることが分かった。

「お見舞いありがとう。忙しいのに。…心配かけてごめんなさい」
存外につくしの口調が柔らかいので、類は目を瞬かせる。
「仕事、頑張ってね」
「…………あのさ」
「………?」
「急に可愛いこと言わないでよ。心臓が驚くから」
「…はっ?」

―可愛いことなんて言ってないし!

つくしから反論の声が洩れ出るより前に、類はドアノブに手をかけた。
開いたドアからは12月の夜気が流れ込み、つくしはふるっと身を震わせる。
「お大事にね、先生」
「……うん」
「土曜日には来るから」
狭まっていくドアの隙間から見えるつくしと最後に目が合い、類は微笑みながらドアを閉ざして車へと向かった。



不調の彼女の体調を確かめ、少しでも元気づけたくてここに来たのに、逆に彼女から元気を分けてもらえたような気持ちだった。
山積している業務をこなすべく会社へと戻る道すがら、類は自分の胸が仄温かさで満たされるのを感じ、つくしへの想いがますます募っていくのを止められなかった。
「…はぁ。中学生かって」
類は独りごちる。
いや、中学生でも、もっと上手く自分をコントロールできるんじゃないだろうか。

好きで、好きで、…ただ好きで。

見返りなど求めないつもりでいたのに、ちょっとした彼女の言動でこうも心が揺れる。今までにない自身の在り様が滑稽にも思えるけれど、そんな自分が嫌いでもない。
遠い遠いと思っていた、彼女との心の距離。
『お見舞いありがとう』
いつもより柔らかい声音だった。綻んだ目元が優しかった。彼女からもほんの少しだけ近づいてくれたような気がするのは、たぶん……勘違いじゃない。



つくしはリビングに戻ると、冷蔵庫を開けてみた。
類の買ってきた物を確認すると、ゼリーやヨーグルトなど、つくしもよく目にするような量産タイプのメーカー品だった。普段は入りもしないだろう薬店で、彼がこれらを買い物する姿を想像するとつい笑みがこぼれてしまう。

―尽くすタイプなんだ。彼は。
類を知る者が耳にしたら驚くようなことを、つくしは思う。
だが実際には、類はつくしに対して終始その態度だったから無理からぬことだった。

―あの人はそうじゃなかったな…。
久しぶりの高熱でぼんやりとする思考は、緩やかに過去へと向かう。


かつての恋人はいつでも、相手が自分に尽くすのは当たり前だと言わんばかりだった。いつも自信に満ち溢れ、野心家で、自分の欲求に忠実で…。
研究者としては優秀でも、ひとりの人として決して優れた人ではなかったと思う。
それなのに、つくしは志摩に尽くした。そうしたいと思えてしまった。

彼が自分に何を求めて、不義の関係を続けていたのかは今も分からない。不在の妻の代わりとして、身の内を燻らせる欲求不満を解消するのに、単に手頃で都合が良かっただけだろう。
だが、志摩の持つ引力には抗いがたいものがあった。“好き”や“愛している”という月並みな言葉では足りないほど、つくしは彼の与える歪な愛情に溺れた。

自分の中にある“女”としての欲。
それをひどく汚らわしく、厭わしく思う…。



―もう忘れなきゃ。
―違う。…忘れたいの。

つくしは自室のベッドに横たわる。起毛素材のシーツと毛布のおかげで冷たさはさほど感じない。だが、中にもぐりこんだ途端にぶるっと震えが走った。はぁ、と吐き出した吐息が熱い。

―ねぇ。本当に信じていい?

つくしは目を閉じながら、陽だまりのような類の笑顔を思い浮かべる。
優しさに対してさえ臆病なつくしを、ただ待つと言ってくれた彼。
温かい、と思った。


―信じさせて。
―あなたは、あの人とは違うって。
―偽ることなく、私をただ一人、愛してくれるんだって。





ブログ村のランキングに参加しています。ポチッとお願いします☆

いつも拍手をありがとうございます。甘い展開ではないものの、ここではつくしの心の動きを感じ取ってもらえればうれしいです。
関連記事
スポンサーサイト



2 Comments

-  

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

2018/12/27 (Thu) 22:57 | REPLY |   
nainai

nainai  

芽様

こんばんは。コメントありがとうございます。
楽しみだと言っていただけてとても嬉しいです(*'▽')

本編の二人はまだまだ手探り状態なのですが、これからいろいろなやり取りを経て恋人らしくなっていきます。その関係性の変化は緩やかなものですが、深い絆を結んでいく過程ですので、どうぞ温かく見守ってやってください。

寒波襲来ですね。今年は暖冬だと思ってきましたがいよいよ本格化ですかね。何かとせわしい時期ですが、芽様も元気にお過ごしくださいませ<(_ _)>

2018/12/28 (Fri) 00:08 | REPLY |   

Post a comment