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32.躊躇

Category『Distance from you』 本編
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「…聞きたい? 俺の家族のこと」
それまで歯切れのよかった類が言い淀んでそう返すのに、つくしは頷く。
「あなたと向き合うのなら、避けては通れない部分だと思うから」
「そうだね」
同意を示しながらも、類は腕時計に視線を落とす。
「先生、そろそろ病院に戻らないと。…帰り道で話してあげる」

そう言って、類は緩めたままにしていたシロンのリードを戻し、固定リードと付け替えた。シロンは帰るのを嫌がって首を振ったけれど、類が厳しめの口調で名を呼ぶと、シュンと項垂れたようにして素直に命令に従った。
「…シロンは、あなたには従順よね」
つくしが少し尖った口調で言うと、類は笑った。
「先生には甘えてるんだよ。シロンにとって、あんたはご主人様っていうより、お母さんって感じなんじゃないの?」


歩いてきた道を病院に向けて戻り始めると、類は急に無言になった。
帰り道で話すと言った彼の家族の話は、どうやら聞けそうにはないらしい。
つくしはそっと隣の横顔を見やり、彼の逡巡を悟った。
「やっぱり、いい」
「…え?」
「話したくないんでしょう。家族のこと。…あなた、そういう顔してる」
類は曖昧に笑う。
そういう微妙な表情の彼を、つくしは初めて見たように思う。
彼の生い立ちが複雑であることは、大筋だけは聞いて知っていた。

「…何から話したらいいか、分かんなくなってさ。さほど話す内容なんてないはずなのに、俺とあの人達の過去のどこを切り取っても、いい話がまるでないから」
家族間の確執は、その家族にしか分からないものがある。
「誤魔化そうとか、うやむやにしようとか、そんなんじゃないよ」
つくしは頷く。
「纏まったら話してくれる? …急がないから」
そうさせて、と類は答えた。


「明日、カメラの取り付けには立ち会うからね」
別れ際に類が明日の予定を切り出すと、つくしは驚いて彼を見上げた。
「…忙しいのに、いいよ」
「この件、任せてって言っただろ? だから俺のいいようにさせてもらう」
きっぱりとした口調を前に、つくしは閉口する。
「さっき、散歩してるときは尾行の気配を感じなかった。ミチ子さんの勘違いだったらいいと俺も思ってる。…だけど、万が一、あんたに何かあったら俺は悔やみきれないから」
「…分かった。時間は?」
「業者の都合もあるから、夜までにメールする」
つくしは了承の意を示した。




定刻に午後の診療が終わると、病院を閉める作業をしながら、ミチ子がつくしに問いかけた。手渡した資料には目を通してくれたのか、と。
「ミチ子さん、いろいろと心配をかけてごめんなさい」
「うぅん。…余計なお節介なのは、自分でも分かっているのよ。でも…ね」
「資料はすごく勉強になりました。知らないことがたくさんあって…。あの人が世間的に注目される人だって、私、全然知らなかったから」
「だと思った。週刊誌なんて、先生は見ないだろうしね」
待合室の電気を落として、奥の部屋へと二人は移動する。

「引き返すなら今だと思う気持ちもあります。これ以上、彼に深入りする前に…」
つくしは言う。
「だったら…」
「でも…」
二人の声が重なる。
ミチ子が譲り、つくしがそのまま続ける。
「でも、あの人、すごく苦しそうで」
「…花沢さんが?」
意外さを含んだミチ子の問いかけに、つくしは頷く。
「私達の前では、いつもああして微笑んでいるけれど、あの人にはいろいろな枷があって。…自由に生きられないことに、ずっと息苦しさを感じているの」

一拍の間を置いて、問われる。
「…先生には、それをどうにかできるの?」
「いえ、それはできません」
即答だった。つくしは首を振る。
「私にできることがあるとしたら、苦しみに共感してあげること、困難に立ち向かう心を支えてあげることだと思います。…私が診ている動物達と一緒で」


だから、彼はあのように言ったのだと今なら分かる。
『先生の基本的使命に則って、俺を“手助け”してくれませんか?』
彼が必要としているのは、誰かの救いではなく、確かな助力。
自身で困難に立ち向かおうとする姿勢が、最初からそこには在ったのだ。


「そうした関係が愛情を伴っていけるものなのか、私にも分からないんです。彼が今、私に向けている感情も、そもそもが錯覚なのかも…。だけど、向き合おうと決めたんです。…あの人が、私の苦しみにも触れたから」
「それって…」
「ミチ子さんは気づいていたでしょう? 私が、男性に対して苦手意識を持っていること…」
ミチ子は頷く。
つくしが自らそのことに言及するのは初めてのことだった。
「乗り越えたいんです。自分の過去を…」
「花沢さんとなら、乗り越えられると思ってるのね?」

長い長い沈黙の後、つくしが小さく頷くのを見て、ミチ子はようやくつくしの気持ちに賛同を示してくれた。第二の母にも等しい彼女の理解を得られたことは、つくしにとっては、大きな助力を得ることと同義だった。





いつも拍手をありがとうございます。ようやくミチ子の賛同を得たつくしです。
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2 Comments

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2019/01/12 (Sat) 17:17 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。コメントありがとうございます。
今年もよろしくお願いします~(*´ω`*)

類は策士だ、腹黒だという通説があるのですが、今作の類は内面をさらけ出して全力投球しています。そういう真っ直ぐな彼もいいかなぁ…と。つくしの方は過去の経験から嘘や虚飾に敏感なので、そうした向き合い方がベストなんだと思います。

登場人物達のそれぞれの立場からの考え方を描きたくて、寄り道が多くなってしまうのですが、二人の関係にも転機が訪れます。続きをお楽しみくださいませ<(_ _)>

2019/01/12 (Sat) 21:00 | REPLY |   

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