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Scarlet ~1~

Category『Scarlet』
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スピッツの『スカーレット』をイメージソングとしています。
『Pas de Quatre』のplumeria様に2018年4月に寄稿したものです。
すでにお読みいただいた方もいらっしゃると思いますが、当ブログで続編を予定しておりますので、本編としてUPさせていただきます。




~Scarlet~



≪類Side≫


『帰国は予定通り。明後日いつものカフェで待ってる』
シャルル・ド・ゴール空港のロビーで搭乗開始を待ちながら、俺は彼女に短いメールを送る。
パリと東京の時差は7時間。
すぐは来ないだろうと思っていた返信は思いのほか早く、牧野はシンプルな文面を寄越した。
『出張お疲れ様。土産話、楽しみにしてるね。』
飾らないその20文字に小さな笑みを浮かべて、俺は携帯電話を機内モードに切り替える。

その30分後、俺は護衛の脇坂とともに機上の人となった。
東京までの飛行時間は約12時間。
機内を満たすのは、他の乗客達の会話、客室乗務員のアナウンス、そして機体が空気を切って進む轟音…。
狭い空間に溢れる音、音、音…。
幼少時よりピアノとバイオリンの教育を受け、その講師をして非常に鋭敏な耳をしていると言わしめた俺には絶対音感がある。そして可聴域も広い。
耳に入る音が音名に変換されて譜面が出来上がっていく感覚は、同じ耳を持つ者にしか分からないだろう。
周囲の雑多な音はバラバラなまま、和音になって俺の耳に飛び込んでくる。
中にはどうしても不快に感じる響きも存在する。

…とりあえず言えることは、俺にとって機内で過ごすこの時間は、ひどく苦痛だということ。
俺はアイマスクと遮音のためのイヤホンを鞄から取り出し、隣の脇坂に声をかけてから自分の世界に入り込む。
自分と周囲を切り離してしまうと、日頃の激務の疲れもあって、あっという間に眠くなってくる。

瞳を閉じれば、暗い闇の中に浮かんでくるのは彼女の笑顔。
2週間前にも近況を話し合ったばかりなのに、もう逢いたくて仕方がない。
『花沢 類』
俺の名を呼ぶ彼女の声の音階は『ミ』。
耳に心地いい響きをもたらすそれ。
どんな雑踏の中にいても、牧野の声だけは聞き取れる自信がある。


司との破局を経験してから、彼女は恋にとても臆病になった。
気丈夫の顔の裏で、あんたがふとした瞬間に見せる弱さを、俺はいつでも守ってあげたいと思ってきた。
彼女の気持ちに寄り添って3年。
いまをもって、友達以上恋人未満の関係の俺達。
でも、…そろそろ前に進んでもいいよね?



≪つくしSide≫


花沢類からランチの予定を確認するメールが届いたとき、あたしはちょうどデスクでいつもより遅めの昼休憩をとっていた。
『帰国は予定通り。明後日いつものカフェで待ってる』
彼のことだからすぐ返事がほしいだろうと思い、あたしは短く返信を打つ。
『出張お疲れ様。土産話、楽しみにしてるね。』
しばらく待ったが、それに対する彼の返答はなかった。
鳴らない携帯電話の黒い画面をちょっとだけ残念な気持ちで一瞥し、それでも明後日会えるからと気を取り直す。
彼との約束はいつも金曜日だった。

英徳大学を卒業後、あたしは住宅プロデューサーの職に就いた。
住まいや店舗を建てたい人に、彼らの希望や予算に合った建築家を紹介して、設計から施工、引き渡しまでを担当する仲介役がその仕事だ。
2年目のあたしには、まだ補佐役の先輩がついてくれている。
真島凜子さん。あたしの5期上の先輩。
その方がとても優秀なので、あたしはここまで大きなポカをやらずに済んでいると言っても過言ではない。
「嬉しそうな顔しちゃって…。どうせまた、『金曜日の君』でしょう?」
自分ではそんなつもりはなかったが、隣のデスクの凜子さんがそう言ったので、無意識に右手で頬に触れる。
「…そんなに顔に出てますか?」
「牧野さんほど分かりやすい人はいないと思うんだけどね」

凜子さんには先月、花沢類とランチしているところを目撃された。
帰社直後、彼との関係を質問攻めにされ、あたしの気持ちを無理やり引っ張り出されてしまった。
「…なんで一言、付き合いましょうって言えないの?」
あたしはゆるく首を振った。
凜子さんには花沢類の素性まで明かしていない。
…それに道明寺との過去についても。
あたしがその一言にどれだけ躊躇を感じてしまうのかは、凜子さんにはいまひとつ理解できないだろう。
「あ…そろそろ休憩終わりなんで」
あたしはそそくさとレストルームへ逃げ込み、凜子さんからのそれ以上の追求を逃れる。


約束の4年目を迎えたあたしと道明寺だったけれど、結局その恋は成就しなかった。
あれだけ皆に支えてもらった恋なのに、その終わりはあまりにあっけなかった。
鉄の女と呼ばれた道明寺楓社長が不治の病に倒れ、戦線離脱を余儀なくされたのだ。
辣腕社長の引退は、それまで財閥の強引なやり方に不満をためてきた企業にとっては、攻撃に転じる絶好の機会になってしまった。急速に傾いていく財閥の経営を立て直すために、道明寺が取れる手段は限られていた。
事業縮小か、閨閥結婚か。
…結局、彼は後者を選んだ。仕方のない選択だったと思う。
だから、あたしは今でも彼を悪く思うことはないし、財閥の行く末が明るいものであってほしいと願っている。

あたし達は長く遠距離恋愛をしていたので、日常に彼がいない風景は当たり前になっていた。
でもそれは、その先に続く未来があると思っていたからこそ、彼のいない寂しさを我慢できたのだ。
道明寺との約束がなくなってしまった瞬間から、あたしの心にはぽっかりと大きな穴が開いたようだった。
…それは、いままでに感じたことのない虚無感で。
花沢類はそんなあたしを慰めるでも励ますでもなく、ただ黙って傍にいてくれた。
あたしが自分で道明寺への想いを昇華させ、再び前を向いて立ち上がるまで…。

花沢類が大学を卒業し、いつもの非常階段で会うことがなくなっても、あたし達は折に触れて連絡を取り合った。
その1年後、あたしが大学を卒業し、今の会社に就職してからもそれは続いた。
隔週の金曜日のランチが定着したのは今年に入ってからだ。
あたしの会社から花沢物産の本社までは、直線距離にしておよそ1.5km。
だから中間地点にあるカフェで、あたし達はいつも待ち合わせをした。

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