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34.涙

Category『Distance from you』 本編
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病院に戻ると、駐車場に見慣れぬ白い車が一台停まっているのが見えた。類がいつも車を停める位置と同じだが、彼のものではない。

―誰の車だろう。患者さんではないはずだし…。

そう思いながら、つくしがリンを抱えて裏口から戻ると、出迎えてくれたのは残業を頼んだ由紀乃だけではなかった。
「先生、お疲れ様でした」
「…おかえり」
由紀乃の後ろからひょっこり姿を見せたのは類で。
「…どうして」
つくしが無表情に類を見上げると、彼はすぐ心配顔になる。
「あんた、顔が真っ青だよ。大丈夫?」
「…えぇ。…ちょっと待ってて」


つくしは類から視線を外し、リンを抱え直して由紀乃を見る。
「リンを納める箱、さっき田辺さんに届けてもらいましたよ」
「ありがとうございます。良かった。間に合って…」
つくしはここを出る直前、付き合いの長いペット葬儀社にリンの火葬を依頼しておくよう、由紀乃に指示を出しておいた。社長の田辺は、それからすぐ火葬用の棺を納入してくれたらしい。

つくしはリンの亡骸を毛布ごとその箱の中に納め、テルに託されたものを納め、痩躯を労わるようにもう一度撫でた後、そっと蓋を閉めた。明日の朝一番に、ミチ子が供花を持ってきてくれる手筈になっている。
「由紀乃さん、残業が長くなってしまってごめんなさい。オペ後の容態は?」
「問題なしです。センサーはONにしてます。赤ちゃん猫達の哺乳は済ませておきました。…じゃ、今日は失礼しますね」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
そそくさと由紀乃が裏口を出て行ってしまうと、その場には沈黙が下りた。


つくしは類の方を見ず、背を向けたまま白衣を脱ぎ、手を洗い始める。
「…どうして、ここにいるの」
声にはまるで覇気がなかった。
「例によって休診のお知らせを見て、また不調なのかって心配になったから。連絡したけど、あんたには通じないし」
「…ごめん。バタバタしてて気付かなかった」
「病院に連絡したら、先生が往診に出てるって。…大変な仕事をしに行ってるんだって、ミチ子さんに教えてもらってさ」
「…あなたの仕事は?」
「投げてきた。でも、今日の仕事は明日でも間に合うものだから大丈夫」
「……そう……」
手は洗い終えたはずなのに、つくしはなかなか蛇口を閉めない。
ジョロジョロと水の流れる音だけが響く。

「…先生?」
類の動き出す気配に、つくしはピシャリと低く言い放つ。
「来ないで」
その一言で、彼女が静かに泣いているのが類には分かった。
さっき目が合ったときも、つくしは今にも泣きだしそうな顔をしていたから。
「来ないでっていうなら俺からは近づかないし、見ないでっていうなら俺は見ないよ。……だから、せめて水は止めない?」
つくしは言われるままに右手で水栓を止め、濡れた手の甲でぐいっと顔をこすった。

「泣くんなら、俺の傍で泣きなよ」
「…そんなの…頼んでない…」
つくしはあくまでも強気な姿勢を崩さない。だが、声は涙に濡れている。
類にはそれが痛々しく、いじましく映る。
「じゃ、俺が頼むから。…こっちに来て」



つくしはその場から動かなかった。時折、洟を啜り上げる音とその後に小さく吐かれる吐息、それに壁時計の秒針の音だけが、静かな部屋に響く。
類は、そんなつくしの後ろ姿を見つめながら思った。
まだ自分は、彼女の苦しみを共有させてもらえるほど近しくはないのだな、と。
彼女の心に寄り添いたいのに。
その心を優しさだけで包んで、ここに在る悲しみを癒してあげたいのに。
…そうすることを許してもらえない。



時間が過ぎるにつれ、類は、自分がここにいることで、かえって彼女の行動の自由を制限しているのではないかと思い始めた。
「…今日は帰るね」
類は脱いで乱雑に置いていたコートを手に取る。彼女の了承を得ずここにやってきたのは自分なのだから、失意は見せまいと類は努めて明るい声を出した。
「また連絡するよ。あんたの元気が戻った頃を見計らってさ」
「……ごめん、なさ…」
消え入りそうに小さな彼女の声。類はハッとしてつくしの方を見やる。

「…今まで……何でも……自分の中で、折り合いをつけて………乗り越えてきたから…」
ひくっとしゃくり上げる声。言葉が切れ切れになる。
「…どんなふうに、あなたに……接したらいいのか………分からない……」
「簡単だよ」
類は笑う。
不器用な彼女がたまらなく愛しくて。
「ただ俺に甘えてくれたらいいんだよ。…ね?」


“来ないで”と言われたその距離を数歩で縮めて、類は彼女の傍らに立つ。
今はつくしからの拒絶を感じなかった。華奢な肩に触れると、彼女の体がゆらりと動いた。その手に促されるままに、つくしは類に身を寄せる。類の胸に小さな両手をつき、縋るようにして。

「………うっ…」
嗚咽が洩れる。肩が小刻みに揺れる。
類は、つくしの腰の後ろで両手を組み、彼女を優しく抱きしめた。
触れられることへの忌避感が強い彼女が怯えないように、そっと。

腕の中に彼女がいることの喜びが、胸の奥にこみ上げて息苦しくさせる。
そんなことを考えるのは不謹慎だと自分を戒めながら、類はつくしの悲しみに静かに寄り添い続けた。





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4 Comments

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2019/01/14 (Mon) 23:12 | REPLY |   
nainai

nainai  

u様

こんばんは。ご無沙汰しております。
体調は良くなられたでしょうか?
コメントをいただけて、とても嬉しいです♪♪

前作に引き続き、今作も1日おきの更新でなんとか頑張っております。
34話にしてやっとこさ距離が縮まってきた二人…。テーマがテーマだけに、ドキドキしながらのUPでした。つくしの涙の理由は次回明かされます。続きもぜひご覧くださいませ。

仕事と家庭と、本当に目まぐるしい毎日ですよね。よ~く分かります(^^;)
まだまだ寒さが続く時期、お互い頑張っていきましょうね。

2019/01/15 (Tue) 00:23 | REPLY |   

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2019/01/15 (Tue) 09:52 | REPLY |   
nainai

nainai  

mi様

こんばんは。コメントありがとうございます。
連載をお楽しみいただけているようで嬉しいです~(*^-^*)

ジレジレ展開ながらようやくハグまで辿り着いた二人です。
やっとこさの進展に、見守る方もため息ですよね…(;^_^A

類は今、つくしとの信頼関係を築くことに重点を置いています。それなしには、つくしが過去を乗り越えられないことを分かっているからです。
この夜の出来事は二人にとっての転機となります。関係性の変化を追っていただければと思います。
最後までお付き合いのほど、よろしくお願いします。

2019/01/15 (Tue) 23:36 | REPLY |   

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