FC2ブログ

36.静かな夜

Category『Distance from you』 本編
 4
呼吸の異常を示していたのは今日オペをした動物達ではなく、昨日から経過観察で入院している猫のゲージだった。
だが詳細を確かめてみれば、異常の原因はセンサーの機能的な部分にあり、猫の体調不良ではないことが分かって、つくしはホッと胸を撫でおろした。そのついでに入院させている他の動物達の容態も確認し、例の仔猫達の様子も窺う。

その作業には30分ほどかかったが、その間、類が1階に下りてきた気配を感じなかった。裏口を出るときは、施錠のために必ず声をかけてくれるはずだから、彼はまだ2階にいるのだろう。

―もしかして、私が戻るのを待ってくれてるのかな…。

彼のことだからそれもあるかもしれない、とつくしは思った。小窓から外を見れば雪はもう止んでいた。積もった様子もない。
それでも明日の仕事のことを考えるなら、もう帰宅した方がいい時刻でもあった。


つくしが2階に戻ると、階段の位置からは類の姿が見えなかった。
不思議に思って炬燵の方へと近づくと、彼は先ほど座った位置でそのまま横になって眠っていた。食事は最後まで食べ終わったようだ。
調理する間、類が眠そうに待っていたことをつくしは思い出す。近くに寄れば、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえた。

―どうしよう…。起こした方がいいよね…。


つくしはそっと声をかけた。
「…起きて、花沢さん。明日も仕事があるでしょう?」
類からはまったく反応がない。
少し大きな声を出す。
「もう帰らないと。起きて!」
これにも反応がない。
仕方なく類の肩に触れて、やや荒く揺さぶってみる。
「花沢さん、起きて! ここで寝たら風邪ひくよ!」
「…ぅ……ん…」
類は一瞬顔を顰めたが、眠りは深いようですぐ穏やかな表情へと変わる。
余程疲れているのか、彼はどうにも起きる気配がなかった。
「はぁ…。どうしよ…」


その後も根気よく声をかけるが、類はすっかり寝入ってしまっていた。
つくしは、しばらくどうするべきかを考えあぐねていたが、やがて立ち上がり、寝具をかかえて戻った。この状態の類を起こすのは無理だと判断したのだ。
疲れている彼を長居させてしまったのはこちら側の事情なのだから、つくしとしても不本意な形ではあるが、このまま彼を泊まらせることにした。


つくしは少し躊躇った後、類の首の下にそっと腕を差し入れて頭を抱えあげ、首が痛くならないように枕をさせた。
再び、近くなった類との距離―。
腕を抜くと彼のフレグランスが薄く香り、優しく抱きしめられた時のことが鮮明に思い出されて、つくしは動きを止めた。
そのまま、ごく至近距離で類の寝顔を見つめる。

―嫌だって、感じなかった。

抱きしめられた時も。
今、こうして自分から彼に触れた時も…。



スーツの上衣は脱いであり、シャツの第一ボタンとネクタイはすでに彼の手で寛げてあった。つくしはネクタイを解いて襟元を楽にする。
両脚は炬燵の中に入ったままになっていたので、それでは寝返りも打てないだろうからと、類の方ではなく炬燵の方を横にずらし、彼に毛布と布団を掛けてやった。無防備に投げ出された腕を布団の中におさめてしまう。

―すごい…。まったく起きない…。

そういった一連の作業の間も類はすやすやと眠っていて、つくしを苦笑させた。
彼の寝顔は、洋画で見る天使のように優美だった。初めて見るそれには、あどけなさすら見て取れて、なんとなく微笑ましい。


類の住むマンションからここまでは車で20~30分だと聞いている。出勤前に自宅に寄るはずだから6時前に起こせば十分だろう、とつくしは考えた。



夕食の片づけをし、カイ達の世話をし、入浴を済ませる間も、何かしら物音は立てていたが、類は寝返り一つ打つことなく昏々と眠っていた。夜中、彼が起き出しても驚かなくて済むように、キッチンの小さな明かりだけを残して消灯する。
つくしは類の傍に寄り、屈みこんだ。
「…おやすみなさい。今日は、来てくれてありがとう」
物言わぬ類に向けてそう礼を述べると、つくしは隣の自室へと移動して引き戸を閉め、静かにベッドに入った。病院に戻ったときには遣る瀬なさで焼き切れそうだった心は、いつもの穏やかさを取り戻しつつあった。


今日、この夜、彼が傍にいてくれて良かった、と思った。





いつも拍手をありがとうございます。残念ながら甘い夜にはならずでしたが、つくしにとっては色々と考えさせられる一夜だったと思います。
関連記事
スポンサーサイト



4 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/01/19 (Sat) 09:53 | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/01/19 (Sat) 15:56 | REPLY |   
nainai

nainai  

mizut~様

こんばんは。
温かいコメントをありがとうございます♪

類は、彼にしかできないやり方でつくしの心に寄り添います。つくしも、気負わない類の在り方にどんどん惹かれていきます。この辺りの描写を丁寧に書きたくて、どんどん話が長くなっています…💦

二人が強い絆を築いていく過程です。取り上げたテーマは重いのですが、迎えられた静かな夜にホッとしてもらえたら嬉しいです。

2019/01/19 (Sat) 21:05 | REPLY |   
nainai

nainai  

miz*様

こんばんは。
温かいコメントをありがとうございます♪

つくしは、飼い主側の希望に沿ってあげるべき時と、動物側の実情を汲んでやるべき時の狭間でいつも葛藤しています。そうした葛藤を類に明かせたこと、彼の慰めを素直に受け入れられたことは大きな前進でした。

自分でも難しいテーマにトライしてしまったな~と思いますが、読者の皆様には前向きに受け入れていただけたようで嬉しいです。
更新、頑張っていきます!

2019/01/19 (Sat) 21:27 | REPLY |   

Post a comment