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Indigo in ice ~3~

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「誤解が解けたところで、少し話を聞いてもらえませんか?」
幸野谷がそう切り出し、俺はアトリエの中に招き入れられた。
牧野は物言いたげに俺を見つめていたが、先に視線をそらして椅子に座った。


まず、幸野谷の話を聞くことにする。
彼女は昨春、美術専門学校を卒業し、家業を継ぐため修行中の身だという。
「うちは氷やドライアイスを専門に販売する業者と提携している工房です。依頼に応じて、花氷や氷の彫刻を制作しています。父は彫刻師で、母は経理担当です。他にも作業スタッフが二人います。妹はおそらく違う進路になると思いますが、家族で会社経営をしています」
そういって、過去の作品をパソコンの画面で見せてくれる。氷の透明感と繊細なデザインがどれも素晴らしい。パーティー会場で賓客の目を楽しませるために飾られている氷像や氷柱花には見覚えがある。

「私は職人としては駆け出しで、商品としての彫刻は一度も任されていません。今は花氷の作成を主に担当しています。生花やプリザーブドフラワーをアレンジして、そのまま凍らせるんです。透明度の高い純氷を作るために、特殊な機械で絶えず水を攪拌(ミキシング)しながら、数日をかけてゆっくり花を凍らせます。それから出来上がった氷を様々な形に削り出します。ですが…」
ここで幸野谷はようやく牧野を見た。

「…牧野と再会した夜は、前日から機械の調子が悪くて困っていたんです。部品交換で直るようでしたが、部品の納入には数日かかると言われて、仕方なく手動でミキシング作業を行うことにしました」
幸野谷の家族が昼夜交代しながら、水を攪拌する作業を続けたという。



「中学時代、牧野とはけっこう仲が良かったんです。委員会が一緒だったので。それに妹の璃子が彼女と同じクラスで、よく自宅にも遊びに来ていました。でも、両親がここに工房兼自宅を建てて引っ越してからは、残念ながら疎遠になってしまっていたんです」
ね?、と幸野谷が牧野に同意を求めると、うん、と頷きが返る。

「街中で偶然会えて嬉しくて、璃子にも会わせたかったのでここに連れてきました。近況を話していて、うちの機械の不具合の話になると、牧野が夜間の作業を手伝うと申し出てくれたんです。うちは手が足りていなかったんで、その申し出を有難く受けることにしました。会社からアルバイト代を払うことにして、彼女を臨時的に雇いました。つらい手作業も彼女と話しながらだったら、楽しくできるだろうと思いました」

牧野は幸野谷の家族に混じって、泊まり込みで工房の仕事や家事を手伝ったという。取引先への商品搬入にもたびたび付き添ったそうだ。
彼女らしいと言えば、彼女らしい行動だが。
…だったら、そのことを俺に隠す必要はなくない?



「でも昨夜から璃子の体調が悪くなってしまって、今朝は牧野に病院の付き添いをお願いすることになりました。大学まで休ませてしまって、本当に申し訳なかったと思っています。今日は特に仕事が集中していたので、璃子のために人員を割けなかったんです」
早朝のコンビニへの買い物は、妹のためだったという。
疑問は一つ一つ解き明かされていくが、肝心の疑問が解消されない。

「先ほど予定より早く機械の部品が納入されて、ミキシングの不具合は直りました。ですから、臨時バイトも今日までです。ありがとね、牧野」
「お役に立ててよかったです」
ニコッと微笑み合う二人に、俺は“待った”をかける。
「重要な疑問が解消されてないよ」

そう言えば幸野谷はニヤッと笑ったが、牧野は小首を傾げる様子だったので、俺は直截に問う。
「…どうして、ここでのバイトのことを俺に隠したの? 先に話を聞いていれば、別に反対なんかしなかったのに…」
幸野谷は牧野に目配せをした。小さく頷く牧野。
「…その理由は奥の部屋にあります。どうぞ、こちらへ」



幸野谷に先導されて奥の部屋に行き、製氷機の前に立つ。その部屋は冷蔵室だった。この中で手動で攪拌作業を続けることは大変な労力が必要だったろうと思った。
機械は大きな水槽のようで、自動のミキシングでゆらゆらと揺れる水面の奥にいくつもの作品が沈んでいるのが見えた。幸野谷はそのうちの一つをおもむろに指さした。
「あの中に牧野の作品があります」
でも、と言葉を継ぐ。
「今は取り出すことができません。出来上がりにはまだ数日かかります」


「…初めて、真さんの花氷を見たとき、本当に綺麗だなって思ったの。類にも見せてあげたいって」
牧野がぽつぽつと語り始める。
「真さんと璃子にそれを話したら、自分で作ってみたらいいって言ってくれて…。せっかくの機会だし、トライさせてもらうことにしたの。バイトもたった数日のことだし、出来上がりまで類には内緒にしておきたかったんだけど…」
誤解させてごめんね、と牧野がうつむいたまま言うので、俺は居たたまれない気持ちになった。彼女の願いを無下に手折ってしまったような気がして…。

「完成したら連絡するので、二人で受け取りに来てくれませんか?」
幸野谷は静かに切り出す。
「牧野を怒らないでくださると嬉しいです。優しさについ甘えてしまいました。…うちの業務のゴタゴタに巻き込んでしまった形ですし、彼女には本当に感謝しています。夜を徹しての作業は私達職人でも決して楽な仕事ではなかったですから…」
そう言って、深く頭を下げる。ここまで、どこか楽し気に事態を見守ってきた幸野谷が示した殊勝な態度に、俺はそれ以上何も言えなかった。




「牧野」
幸野谷に見送られてアトリエを辞去し、最初の角を曲がった所で牧野に提案する。
「車で送るつもりだけど、ちょっと大通りを歩かない?」
彼女はすっかりしょげ切っていて、うつむいたままコクンと頷いた。冷たくなった手をそっと取れば、弱々しく握り返してくれる。手を繋いだまま、しばらく無言で大通りを歩いた。

「…ごめんね。疑ったりして」
ふいに俺が謝ると、
「どうして類が謝るの? 類は悪くないじゃない」
牧野からは即座にこの言葉が返る。語気も強めだ。
「謝りたいのはこっちの事情。…牧野は浮気なんてしてない、絶対信じるって総二郎達には豪語してたのに、土壇場になったら冷静でいられなくなった」
自分を突き動かした情動は、強く激しいものだった。
「感情的になってああ言ったけど、俺、あんたと別れる気なんか全然なかったよ…」


「…あたしこそ、本当にごめんなさい」
牧野が謝る。
「バイトのことだけは伏せたけど、類に話したことは嘘じゃなかったの。期限の近いレポートが出たのも本当だし、病院に行ったことも…」
そう。彼女は情報の一部を意図的に伏せただけで、大まかな部分で嘘はついていない。総二郎達の目撃証言がなければ、俺はそれを追求すらしなかっただろうと思う。
「…こんなこと聞いたら、類は気を悪くするんじゃないかと思うけど、あたし、……寂しかったんだ」

―寂しい?

牧野からの意外なカミングアウトに、俺は目を瞬かせた。





いつも拍手をありがとうございます。
テレビで観た一場面とは、大きな水槽のような製氷機で花氷を作るシーンでした。その機械が壊れたら…と妄想するあたり、自分でも本当にマニアックだと思います。
氷柱花(花氷)の無料画像を添付したかったのですが見つけられず。よかったらネット検索してみてくださいませ。

つくしの寂しさとは何か? 続きをお楽しみに。
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