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Indigo in ice ~5~

Category7万HIT記念
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真さんから花氷の製氷が完成したと連絡を受けたのは、アトリエでのバイトの最終日から二日後、金曜日の夜のことだった。

そのメールに対して、あたしはすぐに返信できなかった。
類ともその時以来、会っていなかったから。
何度かメールを送ろうとしたけれど何を書いていいのか分からなくて、考えあぐねているうちに時間だけが過ぎ、結局タイミングを逸してしまっていた。
そして、類の方からも音沙汰がなかったし、大学の構内で会うこともなかった。この2日間、あたしは必要最小限の時間で構内にとどまり、用が済めば脇目もふらずにバイト先に向かっていた。


もう怒ってないと類は言ってはいたけれど、本当はひどく怒っているのかもしれない。そう思うとつらかった。
類は、あたしをとても大切にしてくれていたのに。
あんなことを言って、その気持ちを裏切ってしまったようで激しい自己嫌悪に陥る。頭の中でグルグルと負のループが続いた。


真さんは、彼と一緒に受け取りにおいで、と言ってくれたけど、そして類もそれを約束だと言ってくれたけど、やっぱり無理なのかもしれない。
翌朝、あたしは正直にそのことをメールに書いて、真さんに送った。
ややあって、彼女からはこう返ってきた。
『出来上がりを楽しもう。作品は素晴らしい出来だよ。氷でも保管すると劣化するから、今日中に取りにおいで。』
そもそも自分が願い出て始めたことだ。
少なくとも作品を受け取りに行くことは、当然の後始末と思えた。
『分かりました。バイトの後、夕方5時頃に伺います。』
あたしはそう返信した。


さんざん悩んだ挙句、あたしは類にメールを送らなかった。
無視されても、断られてもつらいから、その痛みから逃げてしまった。
バイト帰りに一人、アトリエ 『ein Tropfen』に向かう。


…え? どうして…。


最後の角を曲がると、アトリエの前に立つ長身の影が視界に飛び込む。
彼はすぐにあたしの存在に気付いて、優しく微笑んだ。

「類、どうして…」
「一緒に行こうって約束したじゃん」
「………………」
「連絡をくれたのは、幸野谷さんだよ」

…真さんが?
類は真さんと連絡先を交換したの? いつ?

頭の中を疑問符が占め、言葉を発せずにいると、タイミングよくアトリエのドアが開いて真さんが顔を出す。
「二人とも、いらっしゃい」
そして、その隣には、璃子の元気な姿もあった。
「こないだはありがとう! すぐ持ち帰れるようにしてあるよ」


「さぁ、ご覧あれ」
「…わぁ、綺麗」
真さんは、出来上がった花氷を六角柱の形になるように製氷してくれていた。
横20cm×奥行20cm×高さ30cmの、卓上サイズの花氷の完成だ。
氷はガラスのように透き通り、向こう側の景色も難なく見通せるほどだ。
あたしが選んでアレンジした藍色のプリザーブドフラワーが純氷の中心に鎮座し、完璧なバランスを保ったまま動きを止めていた。
たった数時間で融け出し、形を失ってしまう刹那的な美しさに魅入る。


―Indigo blue―
それが、あたしが彼へ抱くイメージカラー。
陽だまりのような温かさをもつ彼だけど、その芯は清廉で気高いものだから。



「ミキシングが壊れてたとは思えないほどの純度だね」
真さんが言う。
「…声も出ないほど感動した? それともこんなもんかって感じ?」
彼女は、あたしではなく類にそれを問うていた。
あたしは、無言のままの彼をそっと見上げた。類は微笑っていた。
「もちろん前者で」
「そりゃ、よかった」
初めて対峙したときのギスギスしさは消え、二人の間には穏やかな空気が漂っている。あたしはそれを不思議な気持ちで見つめた。


また遊ぼうね、と璃子とハグをし合う。
真さんにはバイト代の入った封筒を手渡され、そのまま握手をする。くいっと引き寄せられ、あたしの耳元で真さんがそっと囁いた。
「大丈夫。…二人はうまくいくよ」
本当に?と不安いっぱいに見つめ返したあたしに、彼女は励ますようにハンサムな笑みを見せた。



花氷の入った遮熱容器を類が抱えてくれる。その隣を半歩遅れて歩いた。
「…話がしたい。うちに来て」
頷く以外に、あたしにはどんな返答も用意できなかった。

迎えに来ていた車の後部席に乗り込むと、類の手があたしの手を包んだ。
まるで何事もなかったかのように、ごく自然に。
泣き出したい気持ちを、あたしはぐっとこらえる。
彼の手の温もりが、言外に告げていた。もう怒っていないよ、と。

「ねぇ、あの人って本当に俺の一つ上?」
唐突に妙なことを質問するので、あたしは面食らう。
「…真さんのこと? そうだよ」
「だってあの表情、仙人だよ。何でもお見通しで」

…仙人。
類が真さんのことをそんなふうに表現するとは思わなかった。

「独特でしょう? 中学の時からそうだったの。いつも優しくて。真さんの持つあの雰囲気が、あたし、大好きだった」
「最初は小馬鹿にされてるみたいで気に食わなかったんだけど、話をしてるうちになんか分かってきた」
類がそう言い出したので、あたしは確信を掴む。
「…類は、あの時以外にも真さんに会ったのね?」
彼は頷く。
「牧野を車で送らせた後、すぐアトリエに戻った。…あんたのこと、ちゃんと理解したくて、彼女に話を聞きに」
その言葉に胸がきゅっと疼いた。

「…俺、ちょっと傲慢だった。あんたのことなら何でも分かる、とかさ」
「類は分かってくれてるよ…」
彼はゆるゆると首を振る。
「牧野は牧野で、俺は俺。だから、物事の考え方や捉え方が違うこともある。……でも、それが見えなくなってた。同じ感覚でいるのが当たり前だって思い込んでしまってた」





いつも拍手をありがとうございます。
次が最終話です。最後までお楽しみいただければ、と思います。
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