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Indigo in ice ~6~

Category7万HIT記念
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あの日、俺の話を静かに聞き終えた幸野谷は、少し考え込むようにした後でこう言った。人の心を占める事柄の割合や優先順位は、人によって異なるのだと。

「世の中には恋人至上主義の人もいる。でも実際に占有率は100%じゃないでしょう。そういう人にさえ日々の暮らしがあるからね」
製氷作業の手を止めずに話す彼女の横顔を、俺はじっと見つめる。
「仕事、趣味、学校、家庭、恋人、家族、友人…etc. 心の占有率は実は細かく割り振られている。そして占有率の大きさと優先順位は必ずしもイコールではない。……話を聞く限りじゃ、花沢さんのはけっこう偏りがあるよね」
あぁ、と俺は頷く。


今更ながらに気付かされる。
自分の心の多くを占めている牧野の存在。
そして、その絶対的優位。


「占有率がゼロの項目はあってもいい。何が正解ってわけじゃないから。ただ、牧野の場合はそうではないってことかな。……高校では、かなり過酷な環境下にあったらしいね。周囲に対する不信感を持ってる牧野を見るのは、正直心が痛んだよ」
中学の頃の真っ直ぐな彼女を憶えているから、と幸野谷は言った。

幸野谷は、続けて中学の頃の牧野の話をしてくれた。
快活で、面倒見がよく、誰からも好かれたという牧野。
彼女はいつでも笑顔の中心にいた、と。

現在に至るもその本質は何ら変わっていない。だが、牧野は今、自分に近づく人間の下心に気付いている。だから容易には心を許さない。大学の構内で見かける彼女はいつも一人でいるか、あるいは、三条とだけ親しくしていた。
それは、俺が親友以外の人間を遠ざけるのと同じ理由だろう。一切が煩わしいのだ。俺はそれを寂しいと思ったことが一度もなかったが、牧野が同じ気持ちでいられるのかは別の話だ。
自分と関わり合ったがために生じた功罪を、俺は思い知る。


「…俺は、どうしてあげればいい?」
俺の問いに、氷を削る幸野谷の手が止まる。
「分かるなら教えてよ。俺は、あんたみたいに情の機微に敏くないから。…今あいつが感じている寂しさを埋めるには、俺じゃダメなんだろ?」
「う~ん。…ちょっとニュアンスが違う」
幸野谷は笑う。

「寂しいと思うことを認めて、許してあげることじゃない? 別に無理して埋めることはないんだよ。…牧野は花沢さんのことが好きだから、その寂しさにはきっと耐える。二人を取り巻く環境はこれからも変わらないんでしょう?」
「…あぁ」
「有名人の彼女の宿命ってヤツかな。…過去の友人と再会して、一時的に感傷的になっただけだよ。楽しかった思い出は美化もされるしね。……だから言ったのに。ちょっとくらいの嘘には目をつぶってやれって」
「悪かったね。思考が短絡的で」
つい不貞腐れてそう言えば、幸野谷が笑いながら呪文のように単語を羅列した。


「“Indigo in ice”」
「……………?」
「牧野が自分の作品につけた題。“氷柱の藍”なんて、なかなか洒落てる」
彼女は、製氷機のある奥の部屋を眺めながらこう言った。
「藍色の漢字を換えれば、“氷柱の愛”になる。アルファベットの3つの“I”も、転じれば“愛”になる。…可愛いよね。題にさえ、あなたへの気持ちがつまってる」
牧野の笑顔が胸に浮かんだ。俺に見せるために氷柱花を制作しようとした気持ちもまた、偽りないものなんだ。
「…大事にしてやって。牧野のこと」
「それはもちろん」
俺は大きく頷いた。




幸野谷と話した内容を牧野に伝え終わる頃には、車は自邸に着いていた。
俺の部屋に入るとすぐ、遮熱容器から氷柱花を取り出して飾る。氷はわずかに融け始めていた。ベッドサイドに並んで腰かけ、しばらく無言でそれを見つめる。

「…結局、いい解決策は分からなかった」
俺がそう切り出せば、牧野はふるふると首を振った。
「ごめんなさい。あたしがちゃんと類に話しておけば、こんなこじれた話にはならなかったのに…」
「でも、俺は有益だったと思う。いろいろ気づかされた。…それに、ごめん」
「…何を謝るの?」
「あんたの居所を調べるのに、非合法な手を使った。あんなアプローチをするべきじゃなかったって、反省してる」


牧野の眉がハの字になっている。
困惑しているときの彼女の表情は、迷子の仔犬みたいで強い庇護欲が湧く。
だからと言って、俺が何でもしてやれるって思うのは思い上がりなんだよな。


「…花氷、ありがとう。すごく綺麗」
「え?」
「お礼、ちゃんと言ってなかったから」
「…うん」
「で、ここら辺でもう仲直りしようよ。…この微妙な余所余所しさがヤダ」

…というより、俺が寂しくて仕方ないんだ。
幸野谷が指摘したように、今の俺は牧野至上主義だから。

「牧野が好きだよ。…あんたは?」
俺を見上げる瞳がホッとしたように和んだ。
「類が好きだよ。…誰よりも好きだよ」

難しく考えることはない。
大切な事だけ見誤らなければいい。
その言葉があれば、十分じゃないかって思えた。





顔を近づければ牧野の瞼がすっと閉じた。抱き寄せながら唇を重ねる。
いったんキスを深めてしまえば、あっという間に歯止めがかからなくなった。

いつもなら夜を迎えたばかりのこんな時刻に、互いを求め合うことなんてしない。
…だけど、今日は違った。

彼女の甘い体温に触れる。
声が零れ出すたびに、優しくその唇を塞いだ。
求めれば、同じだけ求められた。
名を呼び合い、短くも濃密に交じり合う―。




「大丈夫?」
「……うん」
熱に満たされた後に訪れる、穏やかな時間が俺は好きだ。まだ整わない呼吸の中、額をくっつけて微笑み合い、二人でいられることの幸せを噛みしめる。
「これからもあんたには寂しい思いをさせると思う。…だけど一緒にいて」
「…うん」
「俺ではどうにもならないときは、誰かを頼ったっていいから。…でも、それを隠さないでいて」
「…うん」

ーごめんね。ありがとう。

彼女からお馴染みのフレーズが飛び出すと、俺達はもう一度軽く唇を合わせた。
遅めの夕食にしてもらおうか、と言えば、牧野の顔が初めてそのことに思い至ったように朱に染まった。



翌朝、目が覚める頃には氷柱花はすっかり融け崩れてしまっていた。
留め置けない有限の美。
その儚さにわずかながら心を痛めながらも、一夜限りの美しさの記憶を胸に刻む。

「…類?」
「おはよう」
自分を見上げる牧野の額にキスを落とすと、くすぐったそうに彼女が笑った。
昨夜は遅くまで、たくさん話をした。もう俺達の間にわだかまりはない…。
「今日の予定は?」
訊くと、いつものバイトだと返事がある。
「…ホントに?」
わずかにトーンダウンさせて問えば、牧野が俺の胸を軽く叩いた。

牧野を信じてるよ。
でも、ちょっとだけ疑り深くなったところは、まぁ、許してよ。





後日、牧野と二人で街中を歩いていると、偶然にも幸野谷とすれ違った。
向こうもデートだったようだ。
一緒にいるのは彼女よりも背の低い、朗らかな笑顔の男性だった。彼と手を繋いで歩く幸野谷の表情に、俺は驚く。
クールだとか、中性的だとか、仙人だとか、……とんでもない。
恋人といるときの彼女はキュートで、女性らしくて、この上なく幸せそうだった。

軽く言葉を交わし、手を振って別れた後、牧野が呟いた。
「…綺麗でカッコいいよね。真さん」
はぁ、と吐かれる小さなため息。
「アトリエでは素顔だけど、メイクしたらモデルみたいに決まるんだもん。スタイルいいし、羨ましい…」
「…正直、ビックリした」
でも、と言い添えて、
「彼氏と一緒だったから、余計そう見えたんじゃない?」
「うん。そうかも!」


傍から見る牧野だってそうだよ。
俺の隣では、いつもよりも可愛らしく、誰よりも幸せそうに見えるはず。


そっと幸野谷達の向かった先に目線を振ると、彼女もこちらを振り返っていた。
右手でOKマークを示されて首尾を問われたので、俺もOKマークを返す。
二ッと笑って、幸野谷は前を向いた。
「……類?」
「なんでもない。行こ」
そう言って俺も前を向き、牧野の手を取った。




~Fin~







さて、いかがでしたか? 苦心惨憺は毎度のことですが、今回は本当に原稿を書き終えられず、特にトリッキーな第一話はUP直前まで手直しでした。纏め上げることができてホッとしています。お気づきのように、一番力を入れて描いたのはオリキャラの幸野谷真でした。はは💦

類に寂しさを感じさせるのはつくしだけ(F3はあえて除外)なのですが、つくしにそう感じさせるのは類だけじゃないんですね。どちらが正解というわけではない、その感覚の差異をこのように表現してみたのですが、うまく伝わっているでしょうか? 
一緒じゃなくてもいい。違いを認められたらいい。
最終的にそう思ってくれたらいいな、という願いを込めて描きました。

つくしにとって真達との交流は、期間限定のサークル活動のようなものでした。自分の知らないアーティスティックな世界と、気心の知れた友人とのやり取りに少し夢中になってしまったのです。花氷を類にプレゼントしたら、そうした経緯についてもきっと話をしただろうと思いますが、その前に総二郎&あきらに見つかってしまうという不運な展開でした。夜の街は彼らの庭…ということで💦


1月22日から今日まで毎日更新でした。(明日も本編の続きをUPしますが…)
もうね、完全燃焼です…。いささか無理をしてしまいました。
しばらく本編の執筆に集中したいのと、8万HITの準備が間に合いそうにないので、次は10万HITまで見送ります。またしても一風変わったネタがあるのですが、これも中編クラスになりそうなので…(;^_^A
独特な世界観に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。



いつも拍手をありがとうございます。連載の続きは明日の定時にUPです。
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2 Comments

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2019/02/03 (Sun) 17:39 | REPLY |   
nainai

nainai  

h様

こんばんは。コメントありがとうございます!

小難しく書いてしまって色々と試行錯誤しながらのUPでしたが、楽しんでいただけたなら良かったです~(*´ω`*) SSはいつも自信がないので、そう言っていただけてホッとしました…。
私の書く話はどこかにちょっぴり悲哀を混ぜてしまうことが多いので、純粋なラブラブとは違ってしまいますが、それも作者の個性として受け止めていただければ嬉しいです。

今夜は連載の続きです。しばらくは本編に本腰を入れて頑張ります!(まだラストまで書き終えていないので…💦)

2019/02/03 (Sun) 20:53 | REPLY |   

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