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39.気配

Category『Distance from you』 本編
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早朝に類を見送った後、再び眠りに落ちたつくしは、いつもの起床時刻より少し遅くに目覚めた。リビングに出ると、位置のずれた炬燵ときちんと畳まれた寝具とが最初に目につく。唐突に、昨夜のことが脳裏にフラッシュバックした。
悲しみに寄り添い、優しく慰めてくれた彼。
自分をそっと抱きしめるその行動には、セクシャルな雰囲気をまるで感じなかった。

―いつか、俺にスペアキーを預けてくれない?

類の声が耳の奥でリフレインする。
彼と共有する空気には次第に慣れてきた。今なら一緒にドライブに出かけても、冷汗をかきながら息を詰めるほどの緊張はしないかもしれない…。
類の使った寝具を押し入れに片付けながら、つくしは次に彼に会うときのことを少しだけ意識した。



「ワンワンッ」
「おはよう、シロン。今日も元気だね」
朝の給餌のために3階に上がったつくしは、シロンの熱烈な歓待を受けた。シロンは盛んに尾を振り、餌をねだる。“待て”の姿勢で辛抱強く待たせながら、つくしがいつもの位置に給餌を終えると、カイ以外は自分から寄ってきて食べ始めた。

つくしは揺り椅子の近くで蹲るカイに近寄り、声をかけた。
「おはよう、カイ」
老犬の反応は薄い。つくしの声を聞いて尻尾だけが少し振られたが、目を開けることもできなくなっている。

―あぁ…。カイも、いよいよだろうか。

胸に湧き起こるどうしようもない寂しさ。
食餌量は目に見えて減ってきていて、水分でさえも自分で摂れなくなってきた。
この状態になってからあまり長くないことは、経験上分かっている。
つくしはカイの体を優しく撫でる。伏せたままの脚や腹に床ずれができていないかを確かめ、シリンジで栄養剤を混ぜた水分を少量ずつ摂らせた。


そう遠くない未来に、カイとの別れが待っている―。


「苦しくない?」
オムツを替えてやり、固縮した脚を優しくマッサージしながら話しかける。
「…入院のゲージに入るより、ここでみんなと一緒の方がいいよね?」
すっかり色ツヤを失った毛並みをもう一度撫でる。

最期の瞬間には立ち会えないかもしれない。
だけど、カイの居場所はここだ。
在りし日の祖父が使っていた揺り椅子の傍の、この場所が。

「大好きだよ…カイ…」
震えたつくしの声に応えるように、カイの尾がまた少しだけ揺れた。




**************




大学時代の友人、桑田佳奈恵から電話がかかってきたのは、12月22日土曜日の昼休みのことだった。
彼女は同じく獣医師である夫・公彦と、夫妻で動物病院を経営している。公彦は、同じ研究室に属していた3学年上の先輩だった。彼は今も研究室との交流が深く、今回の式典にも発起人として名を連ねている。

「末森教授の退官式の出欠表、まだ出してないでしょう」
「えっ?」
佳奈恵の言葉に慌てて机の上の郵便物を探ると、未投函のハガキを発見した。
「…ごめん。出欠のハガキ、もう出したと思いこんでた」
「そんなことだろうと思った。…で、どうするの?」
退官式は、1月20日日曜日の正午から予定されている。
「佳奈恵は?」
「もちろん出席よ。クリニックには代理の医師を手配したから。入院の動物達がいれば、式の間こっちで預かってあげるわよ」

実のところ、つくしは、返信用ハガキには欠席に丸をしていた。
それを見越してか、佳奈恵は畳みかけるように言う。
「同期はけっこう出席率高いよ。…あんた、いつも付き合い悪いんだから、今回ばかりは顔出しておきなって。みんな、会いたがってたよ」
「うん…。教授にもお世話になったしね。…出席にしといてくれる?」
「良かった。久しぶりに話そう!」
「うん。連絡ありがとう。公彦さんにもよろしく伝えて」


末森教授は、つくしが大学の研究室に在籍していた頃の担当指導教官だった。10月末日をもって、病気を理由に定年よりも早くその職を辞したという。師には卒業論文作成の際に多くの助力を得たこともあり、深い恩義を感じている。だが、大学関係者に再会することは、つくしにとってはいつでも気の重いことだった。
―どうしても、彼を思い出さずにはいられないから。


つくしはため息をついた。
類からは仕事を理由に今日は訪問できない旨、メールをもらったばかりだった。会社を出る直前に厄介な案件が持ち込まれたという。そのことに失意を覚えた自分を、つくしは自覚していた。

『夜に電話する』

彼のメールの末尾はそう締めくくられていた。連絡はいつでも類からで、つくしからは連絡することがなかった。一方的なそのやり取りを改めて見つめ直す。
今夜は自分から電話をしてみようか、と初めて思った。



シロンを連れて、いつものように散歩に出たときのことだった。今日は曇りで冷え込みもきつく、住宅街を歩く人影は少なかった。だからこそ、つくしもその気配を感じることができたのかもしれない。

―誰か、見てる。

感じたのは、強い視線だった。気のせいかと思いつつも、視線は終始自分達に纏わりつくようで、つくしは何度も立ち止まり背後を振り返った。しかし誰の姿もない。

―気にしすぎ…かな? 

ミチ子に、由紀乃に、類に、日頃から身辺に気をつけるように再三言われ続けているせいかもしれない。神経が過剰反応をしているのかも…。

公園への行き道で感じた視線は、帰り道では感じられなかった。
つくしが身の回りに起きる異変を感じ取った、最初の出来事だった。





いつも拍手をありがとうございます。連載はまだまだ続いていきますので、この日の出来事も頭の片隅に憶えておいていただけると…<(_ _)>

明日は記念SSの第2話更新です。そちらもよろしくお願いいたします。
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2 Comments

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2019/01/26 (Sat) 10:34 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。今日もコメントをありがとうございます。
いつも励まされています!

もう先々の展開に不安しかないですよね~(;^_^A 伏線をバラバラとまき散らしている段階なので、きちんと回収できるように頑張りたいと思います。
つくしのようにルーティンワークが決まっている人間は、非常に尾行がしやすいとされています。尾行者は誰か? その答えが明確になるのはまだまだ先のことです。

類はつくしを守り切れるか? 彼の奮闘を見守っていただければと思います。

2019/01/26 (Sat) 18:57 | REPLY |   

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