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40.クリスマスイヴ

Category『Distance from you』 本編
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その週末は日曜日に祝日が重なり、振替のためにクリスマスイヴが休日になった。入院で預かっている動物達もおらず、つくしは久しぶりに得られた連休を、ため込んでいた家事をこなすことに充てた。
最初に、3階のスペースの掃除をいつもより念入りに行う。
カイの容態は徐々に悪化していた。より細やかな看護が必要になってはいたが、カイはあまり苦しそうな様子を見せない。それが何よりの救いだった。このまま穏やかに最期を迎えられたなら、とつくしはその瞬間が訪れるのを静かに待っている。

「…ニャーン」
つくしがキャットウォークの掃除をしていると、甘えん坊のミューが足元に纏わりついて作業の邪魔をしてくる。
「こら、ミュー。邪魔しないの」
抱き上げて喉元を撫でてやると、ゴロゴロと機嫌のいい声が洩れる。
…あの日、花沢さんに甘えて足止めをしたのはミューだった。
そのことを思い出し、つくしは小さく笑んだ。



結局、土曜日の夜は、つくしからは類に電話をしなかった。
仕事が忙しいのか、類からも珍しく連絡がないままだ。つくしは何度かメールを送ろうとしたが、書きかけて未送信のままにしている。
すでに自分のことで彼に負担を掛け過ぎてしまっていることを、つくしは痛感していた。類が居間で寝入ってしまったあの夜、彼の寝顔は穏やかだったが、そこには疲労が色濃く滲んで見えた。大手企業の副社長である類に課せられた責務は重いだろう。
彼が優先するべきはそちらなのだ。自分などではない。
つくしは、これ以上の負荷を彼に与えたくないと思うようになっていた。



3階の次に2階の掃除を終えて軽く昼食を摂った後、つくしは車に乗って出かけた。家を出る際にはきちんと周囲を確認したが、土曜日のような妙な気配は感じなかった。結局、尾行に関しては確証を得られないままで、なんとなく落ち着かない状態が続いている。

―カララン。

入店を知らせるベルの音が降る。
学生の頃から行きつけている、そのヘアサロンに顔を出すのは8月以来だった。
「つくしちゃん、久しぶりね」
「ご無沙汰しています、眞弓さん」
店主の眞弓とはもう10年以上の付き合いになる。

前髪は自分で切っていたし、伸びすぎた後ろ髪は11月頃から一つに括っていた。いつものショートボブにしてほしい、とつくしが依頼すると眞弓は残念がった。
「もったいないわね。こんなに艶のある黒髪なのに。ここまで伸びたんだからこのまま伸ばしたら?」
「う~ん…。でも、乾かす時間が惜しいですし…」
「まぁ、忙しい身の上だものね。…じゃ、いつものように」
つくしにケープを掛け、眞弓は手早く作業を開始する。髪の毛先を揃えるためにシュッと吹き付けられたスプレーからは、シトラスの香りがした。

シャキ、シャキと規則正しく鋏が動く。切り落とされた髪がはらりとケープの上を滑り落ちていくのを、つくしは無言で見つめた。
志摩への想いを断つと決めたあの日も、ここで髪を切ってもらったことを今更ながらに思い出す。鏡の中に映るのはじきに30歳を迎える自分で、あれから本当に長い時間が経ったのだ、と改めて思った。



「…ねぇ、つくしちゃん。恋でもしてる?」
「えっ?」
店主の唐突な問いにつくしは面食らった。
「なぁんか、違うのよねぇ。クールさは変わらないけど、纏っている雰囲気が柔らかいっていうか…」
「………………」
長くこの仕事に携わり、人と接してきているからなのか。
はたまた、年の功か。
鋭い指摘につくしが思わず言葉を失うと、眞弓の目元が優しく和んだ。

「図星でしょう?」
「…いえ、違うんです」
「あら、違った?」
「でも……向き合ってみよう、と思う人ができました」
「それって、好きな人とは違うの?」
つくしの回答に、眞弓は要領を得ないようで小首を傾げる。
「その人に、好きだと言われました。…でも、彼がどうして私なんかを選ぶのか、やっぱり分からなくて…」
鏡の中の眞弓と目が合うが、彼女は無言で先を促す。

「社会的な地位も才覚もある人です。だからこそ、内に秘めた苦悩も大きいようです。…私にできるのは、それに共感してあげることくらいなんです」
「精神的な支えになってあげたらいいじゃない。相手はそれを望んでいるんでしょう?」
眞弓は手を止めずに言う。
「そうできたらと思っていました。…でも、実際に支えられているのは私の方です。そのことで、相手にはかえって大きな負担をかけてしまっています。それじゃ、本末転倒なんじゃないかって…」
「彼のことが好き?」
「…よく分かりません。嫌い…ではないです。だからこそ迷います。この関係を続けていくべきなのかどうか…」


眞弓はしばらく返答しなかった。つくしもそのまま口をつぐんだ。
髪を切る鋏の音だけが機械的に響く。
ややあって、眞弓はこう提案した。
「そうねぇ。…じゃ、想像してみて」
「想像…?」
「これから先の、彼のいない日常生活を、脳内でシミュレーションするの」
「…………」
「彼と出会う前の生活が苦も無くイメージできるのなら、つくしちゃんにとって、相手はその程度の存在だったということじゃないかしら」

どう?と問いかける眞弓には、満面の笑みが浮かんでいる。
まるで、そうはならないことを予見しているかのように。





いつも拍手をありがとうございます。美容師さんにはお話上手な方が多いですよね。眞弓にはすっかり見抜かれているつくしです。

明日は記念SSの第3話をお送りします。お楽しみに。
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2 Comments

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2019/01/27 (Sun) 10:21 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんにちは。いつもコメントをありがとうございます。

つくしは類の存在を許容するようになるにつれ、相手に大きな負担を強いているのではと懸念するようになります。現段階まで、とにかく類がひたすら尽くしてますからね(;^_^A 類との関係はそれでいいのか、とつくしは自身を顧みる機会を得ました。

最後の部分、眞弓の提案をどのようにつくしは受け止めたのか、そのことによって何を想うのかは、次話以降へと続いていきます。イヴは始まったばかりなので、類の出番もこれからです。どうぞお楽しみに(^^♪

2019/01/27 (Sun) 17:54 | REPLY |   

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