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41.発露

Category『Distance from you』 本編
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希望通りショートボブにカットしてもらい、店主の厚意でトリートメントまで受けて、つくしはヘアサロンを後にした。
4ヶ月ぶりのボブは、季節柄首元が寒いけれど、どこか身軽で心地いい。さらさらと揺れる髪からはいい香りがして、つくしを優しい気持ちにさせた。
近くのスーパーに立ち寄ると、クリスマス商戦真っ只中の店頭はどこもかしこもお祝いモードだった。パーティー用の食材が、所狭しと平積みにされている。

―今日は、少しだけ手の込んだ料理でも作ろうかな。

つくしは短時間で買い物を済ませると、愛犬と愛猫の待つ自宅へと車を走らせる。
運転しながら、つくしは眞弓との会話を思い出していた。


類と出会う前の自分と、その生活を再現してみる。最初、眞弓の提案を聞いたとき、そんな想像は簡単なんじゃないか、とつくしは思った。
類との間にあったすべてのことは、4ヶ月にも満たない日々の中に凝縮されている。忘れることだってきっと容易いはずだ、と。

彼は週末に訪ねてくる、ちょっと変わった人で。
最初からなぜか好意的で、打たれ強くて、多忙なくせに連絡はマメで。
飄々としているのに、驚くほど心配性で…。

柔らかな響きを持つ、『先生』と呼ぶ声。
見守っているような優しい眼差し。
ふとした瞬間に覗かせる、少しだけ憂いを含んだ笑顔…。


彼ともう逢えなくなるなら、そのすべてがなかったことになる。
一度は、もう逢わないとつくしから告げたこともあった。
そして今、それでもいいのかと、再度自分に問いかけてみる。
彼のいない日常に戻りたいのか、と。

…チリッとした痛みが、胸の奥に走った。
それが何を意味するのかくらい、ずっと及び腰だったつくしにも分かっていた。



最後の角を曲がると、病院の看板が見えてくる。
「…あ」
思わず声を上げてしまったのは、駐車場内のある位置に停まる車の存在を認めたから。相手もつくしの車に気付いたのか、運転席から車外へと出てくるのが見えた。
車を降りると、類が傍まで寄ってきて、まじまじとつくしを見つめた。
「髪、最初に出会ったときより短いね」
「うん…」
類の視線に落ち着かない気持ちになりながら、つくしは問う。
「今日はどうしたの? 連絡は……なかったよね」
つくしからも連絡をしなかったし、類からも連絡がなかった。


「一昨日トラブルで来れなくなってから、ずっと不眠不休で仕事してた」
「不眠不休って…」
「ま、ちょっとは寝たけど」
「仕事、大変だったんだね」
類は小さく欠伸をしながら、さらりと言う。
「だって頑張らないと、あんたにこうして会えないし。…イヴだしね?」
疲労の濃い顔にふんわりとした微笑が浮かんだ。

自分を見つめる類の、真っ直ぐな瞳と目線が合う。
彼の瞳はどこまでも美しく澄み、そしてそのどこにも嘘の色がなかった。



ドクンッ。
つくしの胸の中で大きく心臓が跳ねた。
そのままトクトクと早打ち、心拍数が上がっていくのが分かった。

―あぁ。
―今、私は。
―嬉しいって思ったんだ…。

同時に顔にも火照りを感じ始める。
自分の気持ちを整理しきれなくなり、つくしはうつむく。

―花沢さんに会えて、嬉しいって…。



「…どうしたの?」
「なんでもない…平気…」
つくしは顔を背け、車の後部席に積んでいる買い物袋を取り出そうとした。
だが、つくしがそれを引っ張り出すよりも前に、類の長い腕が伸びてきて袋の持ち手を奪われる。
ふいに近くなった距離と、軽く触れ合う手。
「俺が持つよ。重そうだし」
「…うん…ありがとう」
触れた手の感触に、また心臓がドクンと跳ねた。

―やだ。
―私、どうしたんだろう…。

唐突に、自分が制御不能になってしまったみたいだ。
今まで類がどんな甘い言葉を投げてきても、こんな反応なんてしなかったのに。

振り返れば、類は自分の車にも荷物を積んでいたようで、つくしの荷物を片手にそれを取り出している。つくしは自分の車に施錠し、先に裏口を開けておくことにした。
頬に手を当てるといつもより熱い気がして、つくしは自分に起きている変化にただ戸惑った。何度もゆっくりと深呼吸をし、気持ちを落ち着かせることに終始し続けた。





いつも拍手をありがとうございます。
発露とは、心に働いているものが、ある形をとって表面に現れ出ることです。
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2 Comments

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2019/01/29 (Tue) 12:11 | REPLY |   
nainai

nainai  

mizu様

こんばんは。コメントありがとうございます。
“嬉しい”と言っていただけて、私も嬉しいです(*´ω`*)

今回のお話では、つくしが初めて類を意識する場面を描きました。これまでまったく類にトキメかなかった彼女がようやく…というところです。心情を追うので展開がゆっくりですが、これからイヴの二人のやり取りが始まります。和んでいただければ、と思います。

類あるいはつくしをつけ狙う第三者の存在が気になるところだと思いますが、この後の展開をお待ちくださいませ。やっぱりそう簡単には幸せにしてやれないんですよね…(;^_^A

2019/01/29 (Tue) 21:30 | REPLY |   

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