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42.一対の瞳

Category『Distance from you』 本編
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類が病院の駐車場に着いたのは、つくしが帰る10分前のことだった。
てっきり家にいるだろうと思っていたが、いつもの場所に車はなく彼女は不在だった。だが、そう遠くには行っていないだろうと見越して、類はそのまま車内で彼女の帰りを待つことにする。
体は疲れ切っており、他には何もしたくない気分だった。


土曜日に持ち込まれた案件は、急を要する上に、特別な配慮を必要とする内容だった。納期の迫ったある商品の輸入量が予想を大幅に下回りそうで、代替としての商品のピックアップが必要になってしまったのだ。
イタリアにある別の取引先と密に連絡を取り合いながら、契約条件のすり合わせをし、その最終案をフランスにいる社長に確認を求め、承認が下りるまでの全工程で約2日。

イタリアとの時差のために土曜日は会社に泊まり込んだし、日曜日も朝から晩まで執務室に詰め通しだった。
そして今日になり、国内流通量の必要分の確保が済んで事なきを得ると、長いため息を吐きながら類はソファの背もたれに沈み込んだ。


スマートフォンを取り出し、つくしからの連絡はないことを確認すると、類はもう一度ため息を吐いた。返信以外で彼女から連絡がきたことなど一度もないのだから、期待するだけ無駄だと思うのに、気づけばこうしてぼんやりと画面を眺めてしまう。

今日はクリスマスイヴだ。…そして休日だ。
休診日の今日、彼女は何をして過ごしているだろう。

そう思うと、類は無性につくしに会いたくなってきた。
土曜日に渡そうと思っていた彼女へのクリスマスプレゼントのことも思い出し、類は疲弊した体を起こすと、急いで帰り支度をした。先延ばしにはされたが、これで明朝までは完全なオフだ。類は一度自宅マンションに帰った。そのままベッドにダイブしたい気持ちをなんとか抑え、身支度を整えて家を出たのだった。


つくしの帰りを待ちながら、やはり携帯電話に連絡を入れるべきかと思った矢先、交差点をこちらに曲がってくるダークブルーの軽自動車が見えた。
つくしの車だった。
運転席の彼女が、驚きの表情を浮かべたまま定位置に車を停めるのを、車外に立って待つ。つくしは少し慌てた様子で車を降りてきた。首にはマフラーが巻かれていたが、その髪が短くなっていることに類はすぐ気づいた。
両サイドの髪が顔の輪郭の線を隠し、全体的に丸くなったシルエットは彼女の年齢を実際よりもずっと下に見せている。


―すごく可愛い…。
最初の印象がそれで。

―なんで、切っちゃったんだろう。
次に思ったのがそれで。


つくしの様子は明らかにいつもと違っていた。
会話を交わす間にも白い頬に赤みが差していき、類とは極力目を合わさないようにしている様子だ。返答の口調もどこか歯切れが悪い。
ずっとクールな女性だと思ってきた。だが、照れているように見えるそれらの反応は、類に意外さと初々しさを印象付けた。

―なんで、そんな反応なの? 
―なんか勘違いしたくなるんだけど。

正面切ってそれを問えば、彼女の心はまた遠ざかってしまうかもしれない。
様子を見ることにして類は彼女の荷物を引き取り、自分の荷物も運んだ。




************




二人のその様子を、離れた位置から息を潜めて窺っている者がいた。
カシャ カシャ カシャ カシャ
連写するカメラのシャッター音が、あちらにまで届くはずはないと思いつつも、細心の注意を払いながら男は盗撮を続ける。

つくしにも類にも気付かれた様子はない。
やがて対象者の二人が屋内に入ってしまうと、男は自分の車に戻り、撮影した画像を急いでチェックした。
撮影したのは約50枚。ツーショット写真がほとんどだ。
その画こそが依頼された内容だった。
類がつくしの荷物を引き取るために近寄った様は、シルエットが重なって“それらしく”見えなくもない。

―よく撮れている。
男の顔に満足気な笑みが浮かぶ。

依頼者がこの写真をどう利用するのかは男の知るところではない。
写真によって、被写体の人物達の運命がどう変わってしまうのかも。
依頼された仕事を全うするだけで、謝礼金にしか興味がない男だ。前金で半分、として支払われた額でさえ相当なものだった。


男はもう一度ほくそ笑んでカメラを仕舞うと、車のエンジンをかけ、その場を静かに離れた。残された仕事はデータを依頼主に送る作業だけだった。





いつも拍手をありがとうございます。
盗撮が誰の指示によるものだったか、想像してみてくださいね。
回答編はずいぶん先になると思いますが…(;^_^A
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