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44.晩餐

Category『Distance from you』 本編
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2階に下りると、陽の落ちた窓の外はすっかり暗くなっていた。冬至を過ぎたばかりで、夜の訪れは驚くほど早い。
「「あの」」
二人の声は重なり、わずかに顔を見合わせた後、類が先を譲った。
「この後の予定はないって言ってたじゃない?」
「うん」
「…夕ご飯、食べていく?」

つくしからの申し出に類は目を瞬かせた。にわかに湧き上がってきた喜びを抑え、平静を装うのには気力が要った。
「…いいの?」
「うん。あなたには心配かけてばかりだったから、せめてものお礼というか。…でも私、料理はあまり得意じゃないけど」
「今、俺もそれをお願いしようと思ってた」
お願い?と首を傾げたつくしに、類は笑う。
「俺達、いつも限られた時間の中で会ってたろ? 本当は外での食事に誘いたいけどカイのこともあるし。だから夜までここで一緒に過ごしたいって言うつもりだった」


つくしと類は並んでキッチンに立つ。
夕食の準備をする間、ゆっくり休んでいるように伝えたつくしに、類は言った。
「料理はできないけど、指示されたことはやる。その方が話もできるし」
「一人暮らしでしょう? 自炊しないの?」
しない、と類は即答する。
「朝は基本食べないし、昼や夜は会社で済ませてる」
「必要性がないってこと?」
「そう。もともと食に対する欲が薄くて、サプリで間に合わせたりもする」
「…朝ご飯、食べないなんて。一日の元気の源なのに」

そう言いながら、つくしはトトトンとリズミカルに野菜を切っていく。
「苦手な食材は?」
「あるけど、食べられないわけじゃない」
「…小食な上に、偏食もあるんだ」
つくしはやや呆れ顔だ。
買い物をするときはクリスマスの晩餐らしく洋食をと考えていたが、類が和食を希望したので、急遽メニューは変更した。食材は揃っているので変更は容易だった。



料理は得意でないと言いながらも、つくしの作業は驚くほど早かった。
調理を始めて15分もしないうちに、部屋には煮魚の醤油の匂いや味噌汁の匂いが立ち込めていき、それらは類の食欲を大いに刺激した。
「ハンバーグも作るの?」
「そう、和風の」
類におろし金で大根をすりおろすのを任せながら、つくしは合い挽き肉をこねて成型していく。小さめに作ったハンバーグをフライパンに敷き詰めて焼き始めた。
それらが焼ける間に、つくしはサラダを準備し、常備菜を取り分けていく。

「あんたって手際がすごくいいね」
「そう? 普通だと思うけど…」
「無駄な動きがない」
「自炊は、中学生の頃からやってるから」
話しながらも手は休めない。
「祖母は料理上手だったんだけど、私のは大味おおあじなの。…あまり期待しないで」


「同じ文字を書いて、“大味必淡たいみひったん”という言葉があるよ」
つくしは小首を傾げ、それを見て、類は空中に文字を書いて示す。
「薄くあっさりした食べ物は飽きられずに好まれる、という意味から、淡白な物こそ優れていることを指すんだ」
「…そんな言葉があるんだ。…じゃ、これ味見してみて」
はい、と差し出された小皿を受け取って、煮つけの味をみる。

―薄い、かも?

類の反応を見て、つくしは目元を和ませる。
「薄いでしょ」
「…うん、ちょっとね」
「だと思った。…さっきの話って、結局、薄すぎてもダメってことよね?」
「まぁね」
類は苦笑する。つくしは気にした風もなく、鍋にさっと調味料を足した。


二人の間に交わされる会話には気負いも緊張もない。
呼吸をするかのように、ごく自然に流れていく。

調理中の折々に手が触れることがあっても、つくしからはそれを疎んじる気配を感じなかった。類は現状に満足しつつも、つくしとの距離をもっと縮めたいと思っていた。

―もっと、話していたい。
―ずっと、一緒にいたい。

そして、彼女にまだ打ち明けていない、自分の家族のことを思った。



「「いただきます」」
炬燵の卓上に所狭しと皿を並べて、二人は手を合わせて食事を始める。
類の所作は一つ一つが美しい。
つくしは、彼の綺麗な手が箸と器を持ち上げるのを、何とは無しにじっと見つめた。
「…おいしい」
最初に味噌汁を口にした類がしみじみとした口調でそう言えば、つくしはホッとしたように表情を緩めた。

この2日間は特に忙しく、食事をスキップすることもあったから、類がまともな食事をするのは久しぶりだった。それに、得意ではないと言いつつも、彼女が腕を振るってくれたことが素直に嬉しい。



無音なのは気づまりだろうからとテレビをつけようとしたつくしに、類は話がしたいから、とその動きを制した。
「話って?」
「…俺の家族のこと」
つくしは、あぁ、と納得した表情になる。
以前、公園で聞きそびれてしまっていた彼の家族のことだ。
「…でもさ、先に、先生の家族のことを訊いてもいい?」
「えぇ」


すでに説明したことも含めて、つくしは簡潔にまとめて話す。
父、母、弟の4人家族だったこと。
姉弟ともに東京生まれだが、中学に上がる前に千葉に引っ越したこと。
都内の大学へ通学するために、18歳から祖父母とここで暮らしてきたこと。
弟の進は大学を卒業後、神奈川県内の会社に就職したこと。昨年結婚し、もうすぐ一児の父になること。
祖父の死を機に、祖母・斐川敏子は両親と暮らすようになったこと。


「どんな家族だった?」
類のざっくりとした問いに、つくしはチェストに視線を振る。
「写真、見る?」
「うん」
つくしは立ち上がると、飾ってあった写真立てを持ってくる。
「これが私の家族。この時は祖父も元気だったから一緒に写ってる」
弟夫婦を取り囲むようにして、つくしと、その両親と、祖父母がこちらを見て微笑んでいる。家族の絆が一目で分かるような、温かみの感じられる一枚だった。
「…先生は、母親似だね」
つくしは頷いた。
「よく言われる。その母は祖父と似ているから、必然的に私と祖父も似てることになるかな。…みんなよく喋るし、傍目には喧しい家族だよ」


類はしばらく無言で写真を眺めていたが、ややあってそれをつくしに返した。
「いい写真だね。みんな、素敵な笑顔で」
「…ありがとう」
彼がまた箸を持ち上げたのを見て、つくしは不思議な心持ちになる。
話したいと言いながら、類がなかなか自分の家族のことに触れようとしないのは、まだ話すだけの覚悟ができていないからではないのか。
案の定、類が次に振ってきたのは、他愛もない別の話題だった。
そのまま食事は進み、つくしも彼に話を合わせ続けた。





いつも拍手をありがとうございます。
寒さ厳しき折、皆様、インフルエンザ&風邪にお気をつけくださいね。
私の周辺でも猛威をふるっております…💦

通常更新へ戻りますので、次回は明後日のUPです。
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2 Comments

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2019/02/07 (Thu) 20:53 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*´ω`*)

クリスマスイヴの夜が続いております。二人の距離を縮めるにはもってこいの休日となりました。料理のやり取りのシーン、個人的にはとても好きでした。

つくしはその心に大きな傷を負っていますが、周囲の人々(主に女性ですが…)との関係は至極良好です。彼女達との交流を交えながら、類の想いに真剣に向き合っていく姿を描いています。

2019/02/08 (Fri) 00:08 | REPLY |   

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