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45.類の家族

Category『Distance from you』 本編
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「…長い話になるけど、聞いてくれる?」
彼がそう切り出したのは、食事が終わって卓上を片付け、食後の紅茶を淹れたタイミングだった。つくしが頷くのを確かめて、類はおもむろに話し始める。
「…戸籍上、俺の家族にあたる者は3人。だけど、家族と呼べるものじゃない」
話し出しの内容の割に、なぜか類の口調は明るい。
そのことがかえって、つくしの胸をつく。

「厳しい父だったことと、俺が2歳のときに母が他界した話はしたよね」
「えぇ」
「今日はその続き。父は母が他界して1年後に再婚した。跡継ぎが俺一人しかいない状況を危ぶんだんだと思う。会社は世襲制じゃないけど、創始者から三代続けて花沢が継代しているから。……継母の実家は西洞院にしとういんという名家で、日本の政界にも顔が広い。元華族だという話も聞いている」
つくしは頷くだけだ。

「父と継母の間に子供が生まれたのが、再婚から1年後。だから俺には、4つ下の腹違いの弟がいる。…この後のよくない展開は、なんとなく想像つく?」
「えぇ…」
「父はフランスを拠点にしていて、帰国するのは年に数回。継母と弟とは、父が不在のときは一緒に食事をしたこともないし、会話すらもしない。家族でありながら、その形態を模写した他人みたいな間柄だった」
「……………」
つくしには返す言葉が見つからない。
「幼稚舎に入ってしばらくして、俺は失語症になったらしい。急に何も話せなくなったんだって。医師には心因性の症状だと指摘されて、本宅を出されて療養していた時期がある。……それが治る頃にはすっかり内向的になってた」


想像だけなら容易にできた。
後妻は、前妻の息子を徹底して無視し、自身の子供だけを愛した。
再婚家庭によく聞く話だ。だが…。
あまりに直情的な継母の在り様に、つくしは怒りを覚える。その状況を許し続けた彼の実父にも。それと同時に、類がどれほど寂しい幼少期を送ってきたのかを考えると、胸が塞ぐような思いがした。



「社長の父、副社長の俺、常務の継母、専務の異母弟。皆が皆、花沢の社員だ。…父は俺を後継に据えようとしている。だが、継母はそれを望んでない。耀本人もね」
「…会社では派閥争いがあるの?」
「あるよ。ウンザリするような攻防が。…正直、俺は今の仕事に執着はないんだ。両親が耀を後継に据えたいというなら、すぐにでもその座を譲れる」
類はあっさりと述べる。彼からはおよそ野心というものを感じたことがなかったので、つくしはそれが本心なのだと理解する。
「…だけど耀には年齢的な不利だけじゃなく、直情的な性格もあって、それが周囲に不安要素として捉えられている。…加えて俺には、良くも悪くも、強大な横の繋がりがある」

彼が続けて挙げた3人の名を、つくしはすでに知っていた。
ミチ子が持ってきた記事の中で、よく目にした名だったからだ。
「司と、あきらと、総二郎は、英徳学園の幼稚舎のときからの親友。…俺にとっては心を許せる、数少ない相手」
彼らをF4と称し、持て囃す記事をいくつも読んだ。いずれも名家の跡取りで、華々しい将来を約束されている人物達だ。

「彼らとは今でも私的な交流があるし、仕事上で協力体制を取ることもある。過去の経緯から、彼らは耀とはコンタクトを取らない。パイプ役という意味では、俺は、会社にとって非常に都合のいい人間なんだと思う」
「そんな…。都合がいいだけで副社長になれたりしない。…あなた自身の技量や才覚だって評価されている結果だと思う」
会社経営のことは何一つ分からないつくしだが、自嘲気味に話をする類に、思わずそう言っていた。だが、類は微笑んだだけで、それには応えなかった。
「彼らへは何も期待することがない。だから裏切られることもない。親しみもないし、執着もない。ただ会社経営を共同するだけの相手。…それが俺の家族」


つくしには不思議だった。それだけ苦しい環境下に育ちながら、彼がどうしてこんなにも寛容で、穏やかに在ることができるのか。
ともすれば世を厭い、人を嫌い、荒み切った人格が出来上がってもおかしくないと思えるのに、今の彼はそうではない。


「先生と出会ったのは9月8日だった」
類が急に話を切り替えたので、つくしは一瞬、その内容が呑み込めなかった。
「…えぇ。確か…そうだった」
「シロンにケガをさせてしまって、今でも本当に申し訳なく思ってる。…だけど感謝もしてるんだ。シロンは、俺に先生を引き会わせてくれたから」
類の声が次第に小さくなる。
「あの日は、母の命日でもあった」
つくしは、その声音に、彼の痛みを強く感じ取った。
「いつものように一人で墓前に参った。母のことは花沢家にとっては過去のことだから。…会社でトラブルが起きて、出先なのに呼び戻されてかなり苛立ってたんだ。それは事故の要因になったと思う」
だから、ごめんと改めて謝る類に、つくしは首を振った。


「先生は、自分の愛犬が事故に巻き込まれたっていうのに、すごく冷静でフェアだったね。…好感を抱いたのは、それが最初」
つくしは記憶を辿るが、急な事故に内心ではひどく動揺していたし、その時のやり取りはもう正確には思い出せなかった。シロンの容態だけで頭がいっぱいだったのだ。
「あんたの瞳はすごく正直だった。いつでも真面目に対応はしてくれるのに、俺個人には一切の興味を示さなかった。それこそ小気味いいくらいにスルーでさ」
「…そういう反応、今までされたことなかったんでしょう」
つくしが苦笑交じりにそう言えば、類は頷いた。
「まぁね。…でも、だからってわけじゃない。先生と話すのはいつでも楽しかった。週末が楽しみになっていった。……そのうちに分かった。あんたは相手の本質を見極めようとしていた。そして、それと同じくらい、怯えていたんだって」
つくしはそれを否定しない。


「カイ達にも出会って、あんたと彼らのリレーションシップに触れたとき、なんていうか、すごく羨ましくなった。彼らに嫉妬するくらいに」
「カイ達に…嫉妬?」
「そう。笑えるだろ? …でも、本気でそう思ったんだよ。カイ達に向けるような優しくて温かい眼差しで、あんたに俺のことも見てほしいって。……空虚だった自分の中に何かが流れ込んできて、世界に色が差したように思えた」

類はつくしを見つめる。
その目線に願いを乗せて。

「今日さ、駐車場で会ったとき、あんたの雰囲気がいつもと違うなって思った。…髪を切ったから、だけじゃなく」
つくしは類のその指摘にドキリとした。
誤魔化せたと思ったけれど、やっぱりそうはできなかったのかもしれない。
どんな小さな変化にも敏い彼だから。
「俺の勘違いじゃなければ、先生はあのときちょっと照れてたよね? …俺と会えて嬉しいって、少しは思ってくれた?」





いつも拍手をありがとうございます。
第1話『出会い』の第一段落、『今日は彼にとっては特別な日だったから、なおさらだった。』の一文がここに繋がります。つくしと出会った日は類の実母の命日であり、事故は墓前を参った帰りの出来事だったのです。
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4 Comments

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2019/02/05 (Tue) 22:45 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。コメントありがとうございます(*´ω`*)

ゆ様、鋭いご指摘ですね~。さすがです!
類の家族、それぞれに一癖も二癖もありそうです。

類の抱えてきた孤独は深く大きなものでした。今はそれを仕方のないことと自分の中でうまく消化し、コントロールできています。そんな中にあってつくしと出会い、彼女の実直さに強く惹かれていくんですね。
つくしが類の問いかけにどんなふうに応えるのか。続きをお楽しみくださいませ。

2019/02/06 (Wed) 00:28 | REPLY |   

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2019/02/07 (Thu) 21:15 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。連投ありがとうございます。
嬉しいです~(*´ω`*)

類は自身が抱えてきた大きな孤独をつくしに明かしました。淡々とした口調は、かえって物寂しさを強調しただろうと思います。どこをどう切り取ってもいい話はない、という類の前述の通りの内容でした。

類は、自分に相対するクールな姿にではなく、シロン達に接する慈愛に満ちたつくしの姿に自分の理想を見出しました。つくしにももっと頑張ってもらいたいところです。

更新、頑張ります~!

2019/02/08 (Fri) 00:20 | REPLY |   

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