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Category『Distance from you』 本編
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つくしは類の質問に何と答えるべきかを逡巡したが、結局は正直な心の在り様を話すことにした。隠しても仕方のないことだと思ったのだ。すっかり温んでしまった紅茶で喉を潤し、気持ちを落ち着けてからつくしは話し始める。


「祖父達と暮らすようになってから、続けて通っている美容室があってね。オーナーがとても素敵な女性なの。今日もそこで髪を切ってきた」
年に数度しか会うことはないが、一回り歳の離れた眞弓は、つくしにとって話しやすく気が置けない相手だった。
「オーナーに、恋をしているのかって聞かれたの。雰囲気が違うって。……よく分からないって答えたら、その相手がいなくなった生活を想像してみたら、とアドバイスされて…」
つくしはいったん言葉を切り、類を見つめる。
「思い返してみた。花沢さんに会う以前の生活。少し前までの私の日常」
「…どうだった?」
類の声に緊張が混じる。つくしは困ったように笑む。
言い淀むつくしに類は目線だけで先を問い、彼女は続けた。

「なんだかね……寂しいって感じたの。今までもパートナーは持たずに生きてきたんだし、これからもきっとそうだろうと思ってたし、それを寂しいとは思ってなかったのに…」
つくしはゆっくりとうつむいていく。その顔がわずかに赤い。
「私の生活の中にあなたがいることに、慣れて、馴染んで、…いつの間にか、その方が当たり前みたいになってた。…そんなことを考えながら家に帰ってきたら、また、あなたがいて」
はぁ、とため息が吐かれる。
「ひどく疲れてる様子なのに、私に会いに来たって笑うあなたを見たら、……なんだろう……すごく、ドキドキしたの」
つくしの言葉に、類の表情には喜びが滲んでいく。


「最初は一緒にいることさえ怖かった。…でもあなたのスタンスに徐々に慣れて。…リンのことがあって悲しみを共有して。…自分の中でゆっくりと何かが変わっていくのを感じてた」
類の存在は、いつでも、つくしの心を揺らし続けてきたから。
「今夜あなたの話を聞いて、とてもショックだった。知らないことがあまりに多くて。…あなたがどれほどつらい思いをしてきたのか知りもしないで、自分を守るのに精一杯で、冷たく接することもあったと思う。ごめんなさい」
「謝ることはないよ。俺も先生のことを解ってなかったんだから」
つくしは意を決したように顔を上げる。
「もっと、ちゃんとあなたと向き合いたい。だから……最初の壁を乗り越えたい」
その瞳はどこか悲痛さを帯び、訴えかけるように類には映った。
「手を……繋いでみてもいい?」



「いいよ」
類は卓上に伏せて置いていた右の掌を上にして、すっとつくしに差し出す。
「きっと、大丈夫だよ」



つくしはおずおずと左手を差し出す。類に向けて。
その指先は小刻みに震えていたが、類の右手までの距離を確実に詰めていく。
二人の間の空気はピンと張りつめ、つくしも、類も、自分達の手元にだけ一心に視線を注いだ。

つくしの指が、類の指先に軽く触れる。躊躇うようにその動きを一瞬止めた後で、つくしは思い切って類の手をきゅっと握った。
類もそっと握り返しながら言う。
「…怖いなら、無理しないでいいよ」
つくしは首を振る。胸は早鐘のように打っていたし、手もまだ震えていた。
だが、類に向ける感情に嫌悪や恐れはない。それを確かめて安堵する。


ー彼は、私を傷つけるようなことはしない…。


何度か深呼吸をしていく内に震えが弱まり、目の前の状況にも慣れてくると、つくしは繋いだ自分の手がひどく荒れていることに気づいた。
そんなことが今更ながらに恥ずかしくなってくる。
「…ありがとう。…もう、いいよ」
「どうして? …やっぱり嫌だった?」
類の声が低くなるのを感じ、つくしは慌てて否定した。
「うぅん。大丈夫だった。……でも、私の手、すごく荒れてるから」

診察時の消毒や冬場の家事で、つくしの手はひどく乾燥していた。指先は少し固くひび割れ、手の甲には動物達に付けられた引っ掻き傷が、白い痕になって無数に残っている。陶器のように滑らかで美しい彼の手とは、自分の手があまりにそぐわないような気がした。



その言葉に類は微笑み、空いている左手で何かを探って取り寄せ、卓上にコトリと置いた。繋いだ手は離さないままに。
「これ、俺からのクリスマスプレゼント」
「…えっ?」
置かれたのは辞書程度の大きさの箱。その割にはあまり重さを感じさせない。
驚きで丸くなるつくしの瞳を満足気に見つめ返して、類は言う。
「開けてみて?」
促されてそっと手を離し、つくしが箱を開封すると、彼から贈られたのはハンドクリームだった。中身の意外性と彼の観察眼とに言葉が出ない。
「働き者のあんたに。…香りはきつくないから、動物達の世話にも差し障りはないと思うよ」

ーこの人って、ホントに…。

「…ありがとう。驚いた」
「そ?」
「あなたって…その……よく見てるよね」
つくしらしくない遠回しなその言い方に、類は笑う。
「あんたにはaddictというよりholicだからかもね」
「……………」
またしても、つくしは言葉を失う。


類の言葉の選択も絶妙だ。
同じ“中毒”を意味する言葉も、後者の方がより病的な意味合いを持つ。


「…ごめんなさい。私、何も準備してない」
つくしがそう言えば、
「プレゼントのこと?」
応えて類は笑う。
「二人で食卓を囲む時間が持てた。俺の話を最後まで聞いてくれた。…それでも、俺に歩み寄る姿勢を示してくれた。…もう充分だよ」
そうした無形のものを喜んでくれる類に、つくしは申し訳なさでいっぱいになる。


―どうして、そんなに一途でいられるの? 
―私の弱さに寛容でいられるの?


「無理しなくていい。本当にちょっとずつでいい。…俺を好きになって? 俺はずっと変わらず、あんたのことが大好きだから」





いつも拍手をありがとうございます。今回も前のお話からの引用を。
第24話『質疑応答』の中に、『要は、俺があんたを傷つける存在じゃないって、ちゃんと分かってもらえればいいんだ。』という類のセリフがあります。つくしがその心境に達しつつあるというシーンを描きました。
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2 Comments

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2019/02/09 (Sat) 16:19 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*´ω`*)

これまでも二人の接触が全くなかったわけではありません。『涙』では類はつくしを慰めるために抱きしめましたし、『静かな夜』ではつくしが眠っている類に世話を焼いています。
それでも、手を繋ぎたいという明確な意思をもって、類にそれを伝えられたことは大きな一歩でした!

類がハンドクリームをチョイスしたのは、以前つくしがプレゼントを固辞した経緯があったからです。これから誕生日もありますしね…(^^♪ 

2019/02/09 (Sat) 20:54 | REPLY |   

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