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Scarlet ~3~

Category『Scarlet』
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~Tsukushi~


約束の日は爽やかな秋晴れになった。
あたしは昼食を手作りすることを申し出ていたので、朝早くからその準備に追われた。外でも食べやすいようにお握りとサンドウィッチを作り、おかずもピックで刺せるものを準備した。ちょっとだけいい豆でコーヒーも淹れて、ホットのまま水筒に入れる。

手早く昼食の準備をしながら、あたしは思案する。
凜子さんの言葉が脳裏をよぎる。
『いまは表面的に友人関係でも、いつまでもそのままじゃいられないでしょ?』
彼女の進言はいちいち尤もだ。


花沢類は、あたしが望んだスタンスを保ちながら、つかず離れずの距離であたしの心に寄り添い、今日まで傍にい続けてくれた。それが真に友情からだけだと思うほど、あたしも子供じゃない。

だけど彼は大企業の御曹司という立場で、いずれはその家格に相応しい相手と結婚するだろう。…道明寺のように。ぬるま湯のような心地よい関係にいつまでもひたり続けたいと願うのは、あたしの我儘だ。

―はっきりさせるべきじゃないかな。
あたしは弁当を包む手を止めて、そのオレンジ色のナフキンをじっと凝視する。


彼が纏う柔らかな空気が好きだ。
あたしを甘やかしすぎない優しさが好きだ。
…きっと、彼を形作る何もかもを、あたしはどうしようもなく好きになってしまっている。高校の頃、淡い恋心を抱いて彼を慕った時以上に。

だけど、それは、あたしなんかが望んではいけないことだ。
手を伸ばして欲しがってはいけないものだ。
人には分というものが存在する。今日までそのことに目を背け続けてきたけれど、いい加減に現実を直視するべき時がきたのだろう。




花沢類は約束の時間にマンション近くまで迎えに来てくれて、あたし達は一路、江の島へと向かった。彼の運転は、以前に比べて何の問題もないくらいに上達していた。
…念のため酔い止めを飲んでおいたことは、彼には内緒だ。

「晴れてよかったね!」
どこまでも澄み切った紺碧の空を見上げてあたしが言えば、花沢類は静かに笑う。
「お金で買えないものは何か…って、前に俺に聞いたよね?」
急に何を言い出すんだろうと思ったら、ずいぶん昔にあたしが訊ねた問いを彼は復唱する。
「天候もそうなんじゃないかって思う。…いくらかけても今日の晴天は買えない」
ホントだね、と、あたしは笑う。


彼と話す何もかもを忘れたくないから、今日を素敵な一日にしたいから、あたしは笑顔を絶やさない。




~Rui~


―どうしたんだろう。

牧野と逢ってすぐ、俺は彼女の微妙な変化に気づいた。
今日の声のトーンはいつもより高めだ。それにちょっとだけ早口。
彼女がこういう口調になるのは、たいてい何か隠し事をしている時だ。

―思うことがあるなら、俺に話してくれればいいのに。
ときどき素直じゃなくなる彼女。でも、その胸の内を全部明かしてほしいと思うなら、どうすればいいのか俺にはもう分かっている。


江の島までの約2時間の道程を、ずっと話をしながら進んでいく。
俺は、前回話せなかったパリの出張話の続きを、会社での面倒な派閥争いの話を、最近読んだ小説の話をする。牧野は、今週やってしまった仕事のポカの内容を、凜子さんというデキる先輩の話を、そして今は埼玉に住んでいる牧野家の近況を話してくれる。

俺達の間では会話が尽きることがない。でも、それは無理にそうしているわけでもない。沈黙が下りてしまう前に、次の話題がどんどん湧いてくる感じで、話すのも聞くのも楽しいって思える。

そんなふうに思えるのは牧野に対してだけだ。
普段の無口な俺を知っている人間が見たら、目を剥いて驚くに違いない。



観光客が集中しそうな場所は避けて、適当な海岸端に車を停める。近くにいるのはおそらく岩礁に立つ釣り客だけで、白い砂浜におりてみてもあまり人影がなかった。
「お腹すいた?」
「まだ…かな」
「ちょっと歩こうか」
熱くなる車内には置いておけないランチバッグを俺が持ち、牧野と二人、波打ち際を歩く。

穏やかに続く波の音、漁船が遠くで鳴らす汽笛の音、…そして砂を踏む音。
こんな広い空間にも音は満ち満ちている。
吹きつけてくる海風は潮の香りを強くはらみ、彼女の艶やかな黒髪を乱す。

「…あ」
ふと牧野がしゃがみ込む。砂の中から何かを拾い上げて、俺に見せてくれる。
「ガラス。角が取れて丸くなってる」
「うん。…綺麗だね」
彼女が高く掲げたのは淡い緑色のガラス片。瓶が割れ、その欠片が長い間波に洗われて、いまの形状になった。まるで彼女の心もそうであるかのようで、俺はその欠片にじっと視線を注いだ。



庇のある休憩所に行き当たり、俺達はベンチに座って牧野の作った弁当を食べた。特別な食材を使っているわけでもないのに、彼女の手料理は相変わらず美味しく感じられる。お気に入りは卵サンド。…ふわふわ卵の作り方は秘密だって。

「はい。時期的にアイスがいいと思ったんだけど、やっぱりホットにしたの」
使い捨ての耐熱カップにコーヒーを注いで、牧野がそっと手渡してくれる。
「…へぇ、インスタントじゃないんだ」
「はは。さすがにね」
ふぅふぅと熱を冷ましながらコーヒーを啜る牧野をそっと見つめる。
「…ぁちっ」
俺には気を付けるように言っておきながら、自分が火傷してしまうおっちょこちょいな彼女が、愛おしい。






いつも拍手をありがとうございます。
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