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47.自覚

Category『Distance from you』 本編
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いつの間にか夜も更け、辞去するために類が立ち上がると、つくしの家族写真の横に置かれた小さな陶器の壺が目に入った。
「これ…」
類の目線の先をたどり、つくしは彼の問いに答える。
「預かっているリンの遺骨。…まだテルさんの関係者から連絡がないから」
つくしにリンの安楽死を依頼した桐生テルは、現在、郊外の終末期ケア病棟に入院している。彼女が亡くなったらその縁戚か、もしくはその遺骨を納める予定になっている墓所の管理者より連絡が入る手筈になっている。


「動物が亡くなったら、専用の葬儀屋に頼むものなの?」
「必ずというわけではないけれど、うちは先代のときから田辺ペット葬儀社にお願いしてる。社長がとてもいい人で…。依頼者の希望によって、本格的な葬儀も火葬だけ行うのも可能なの」
つくしは説明する。
「遺骨はペット霊園の合同納骨墓に運んでくれたり、こうして依頼主の元に戻してくれたりする。リンの遺骨はテルさんのお墓に納めてもらうことになってるから、こうして預かってるのよ」


「…あんたは大丈夫? 悲しい気持ちになったりしない?」
類の問いに、つくしはほんのりと笑む。
「今まで本当にたくさんの動物達を見送ってきたの。彼らの寿命は人のそれよりも短いから。…だけど、出会いがあって、かけがえのない思い出ができて、楽しい時間を共有できたことに意味があるから。…別れは悲しいけど、受け入れられないものじゃないんだよ」
「カイのことも、そうやって受け入れているの?」
つくしは頷く。
「カイとは、ここに暮らし始めた18歳のときからずっと一緒だった。12年間もね。奇蹟的なことよ。…カイの寿命は残り僅かだと思う。私達は今、ゆっくり別れの準備をしている。それでいいんだと思うの」


―私はきっと泣くだろう。心の友人だったカイのために。


カイは、つくしが人生で一番悲しかったあの時間を共有してくれた。
志摩と別れ、別れてもなお募る恋情に身の内を焼かれ、もがき苦しんだあの時を。
カイは涙に濡れるつくしの頬を舐め、しきりに甘えた声を出し、主を懸命に励まし続けた。凍てつくように寒かったあの冬の日を、一緒に乗り越えてくれた。


「…カイとの別れのときは、俺を呼んで」
類は言う。
「俺に何ができるとは言わない。だけど共有させて」

―別れの悲しみを。

うん、とつくしは頷き、涙をこらえるようにしてうつむいた。類の手が伸びて彼女に触れ、そっとその手を包み込むようにする。つくしはそれを拒まなかった。わずかな嫌悪も恐れもそこにはなく、ただ、今は類の優しさに甘えていたいと思う自分がいることに、つくしは気づいていた。

―この温かさを失いたくない。
初めてそう思うに至った。




手を繋ぎ合って階下へと降りる。いつものように、つくしは類を見送ろうとした。
これまでと違っているのは、二人の心の距離だ。
類は、予定を確認するかのような軽さで、あっさりと告げる。
「今度はハグしようね」
「…え?」
「手を繋げたんだから、次はハグじゃん」
「…そういうもの?」
「予約したから」
困惑気味に首を傾げるつくしに微笑み、類はゆっくりと手を離す。
離れていく体温が妙に寂しく感じられる。
「また連絡する」
「うん」
「たまには、そっちからも連絡して?」
「…うん」

外には出ないでいいから、とドアから先の見送りを断って、類は出ていった。
ほどなく起動する車のエンジン音と、それがゆっくり遠ざかっていく音とを聞く。
裏口の扉に背を預け、つくしは目を閉じた。



『あんたにはaddictというよりholicだからかもね』
『無理しなくていい。本当にちょっとずつでいい。…俺を好きになって? 俺はずっと変わらず、あんたのことが大好きだから』

彼の言葉がつくしの心を揺らす。
これまでも何度もそうしてきたように。
頑なだった心を温め、解し、ゆっくりとその内面を開かせた。



「…私も、だよ」
無人の部屋につくしの呟きが響く。
「私も、あなたが、好き」

ずっと掴みかねていた彼への想い。
口にしてみると、何の違和感もなく自分の中に浸透していった。


―私、花沢さんが好きなんだ…。


想いを打ち明けられてから、折々に彼の細やかな愛情を感じてきた。
それに見合うだけの愛情を相手に返してあげられるだろうか、とまた惑う。

ようやく自覚したその想いは、同時に新たな苦悩を生む。
自分を取り巻く環境。
それとはかけ離れている、彼を取り巻く環境。
今日聞いたばかりの彼の家族の話が思い出され、双方の想いだけでは如何ともしがたい現状にどう活路を見出せばいいのか、今はまだ答えが見えなかった。





いつも拍手をありがとうございます。
なんと第40話から第47話までがずっとイヴの話でした。振り返って自分でもビックリ…💦 つくしがようやく類への恋心を自覚できた特筆すべき日でした。
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