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49.敏子の来訪

Category『Distance from you』 本編
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敏子と晴男の到着より少し前に、ミチ子が病院に来てくれた。
ミチ子はここに来る途中で花屋に立ち寄り、供花となる花束を買ってきてくれた。黄色の花々はどれも可愛らしく、カイを明るく彩ってくれるだろう。
カイの亡骸はつくしだけで抱えるには無理があり、ミチ子と二人がかりで3階から運び下ろした。棺には、カイが愛用していた毛布と供花と皆で撮った写真を添えて入れた。かつての主、伊佐夫と敏子の姿もその中にはある。

「カイ、よく頑張ったね。偉かったね」
ミチ子が箱に納まったカイを労わるように撫でる。彼女は、カイが伊佐夫に連れられてやってきた日から今日までの17年間を知っている。
その声音は本当に温かく、労りに満ちていて、もう泣くまいと思っていたつくしの瞳からは再び涙が溢れ出した。


ほどなく、裏口のベルが鳴った。
「おばあちゃん、寒い中、来てくれてありがとう」
「ご苦労だったね。ミチ子さんもありがとうね」
「ご無沙汰しております、奥様」
晴男とともに裏口から入ってきた敏子とは、先日、伊佐夫の一周忌で顔を合わせたばかりだった。今年75歳になる祖母は大きな持病もなく、矍鑠かくしゃくとしている。つくし達と挨拶を交わした後、敏子は床の上に置かれた棺の傍に屈みこんだ。

「穏やかな顔をしてるね。つくしの世話が良かったんだろうね」
敏子もカイを撫でる。
もう体の硬直が始まっていて、その感触は固い。
「カイがここに来た日を思い出すよ。…もう17年になるんだね」
「あんなに小さな仔犬でしたのにね」
ミチ子も同調する。
カイは伊佐夫が保健所から引き取ってきた犬だった。その際、一緒に引き取られた片割れのイオは12歳で天寿を迎えた。


敏子とミチ子が思い出話に花を咲かせている間、所在なげに立っていた晴男につくしは話しかけた。
「パパ、忙しいのにありがとう」
晴男は眼鏡の奥の瞳を和ませた。
「いや、なに。仕事はどうだい?」
「とりあえず順調よ。ママは?」
「相変わらず元気だよ~。年末は帰ってこれるかい?」
晴男の問いに、つくしは少し考え込む。
「帰れたらいいとは思うんだけど、また日が近くなったら連絡するね。…進は?」
「嫁さんと一緒に来て、元旦だけ泊まるようだ。嫁さんの出産が近いし、無理できないからって。みんな楽しみにしてるし、つくしも帰っておいで」
「分かった。できるだけ元旦に合わせて帰るようにするね」



敏子が明日の火葬にも立ち会いたいと言うので、移動の負担を考えて、ここに残って一泊することになった。明日の夕方、また迎えに来ると言う晴男を見送り、つくしはミチ子とともに3人分の夕食を準備した。
食卓を囲みながら、つくしとミチ子は、桐生テルとリンの話を敏子に聞かせた。
「そうかい…。テルさんが…」
伊佐夫の生前、院内の業務に携わっていた敏子もテルとの親交があった。

チェストの上に置かれたリンの遺骨に手を合わせながら、敏子はつくしを労った。
「つらい仕事だったろう。あの人も安楽死を請け負ったときは、いつも塞ぎ込んでたよ。…テルさんの入院先は分かるかね?」
「それが…弱っていく姿を見られたくないからって、教えてもらえなかったの。テルさんがお世話になるお寺の名前は分かるけど…」
「あぁ、あの人らしいね。潔い人だったからね…」
敏子の口調は暗く沈んでいた。



夕食が終わり、片付けが済んでミチ子が帰ってしまうと、つくしは風呂を沸かし、自室の隣に敏子の使う寝具をセッティングした。
敏子の着替えは数枚残してある。彼女はこの一年の間にも、何度か泊まりに来ることがあった。それでもここに戻ってきたいとは言わない。祖父との思い出が多すぎるからだと言う。
「私はまだやることがあるから、おばあちゃんはお風呂に入って、先に休んでね」
つくしから着替えを受け取り、敏子は問う。
「入院中の子は?」
「今日は2匹だよ」
「仕事、大変だろう? スタッフ増やしてないんだってねぇ」
「うん。でも充実してるよ。やりがいがあって」


敏子は柔らかく笑んだ後でこう言った。
「あの人の跡を継いでくれたけど、つくしの好きにしていいんだからね。病院を切り盛りするのは大変だろう。ここにこだわることはないよ。…前のように勤めに出たり、管理獣医師の仕事に戻ったりしても、私は全然構わないからね」

彼女がつくしの負担を考えてそう言ってくれるのが分かった。
継代することを気負わないでいいのだ、と。

「おばあちゃん、ありがとう。でも私、やれるだけやってみたいの」
つくしが微笑むと、敏子も微笑み返してそれ以上は言及せず、ゆっくりと脱衣所へ移動した。





いつも拍手をありがとうございます。敏子ばあちゃんの登場でした。
優しいというより、あっさりした性格をイメージしています。
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