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forecast ~後編~

Category8万HIT記念
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一方で、あたしの右足首に巻かれたミサンガはなかなか切れなかった。大切にケアしていたけれど、3年目の夏を迎える頃にはミサンガはすっかり色褪せていた。
類はよほど難解な願いをこれに託したらしい。
それとも、あたしが彼の願いを分かってやれてないのかなぁ…。
そう思うとちょっと落ち込む。

「何かヒントくれない?」
類に思い切ってそう訊いてみた。だけど、彼の答えはシンプルだった。
「つくしがずっと一緒にいてくれたら、いつか必ず叶うものだよ」

…それ、ヒントじゃないよ。
だって、それが大前提の願い事だったでしょ?


類の言動にはちゃんと注意するようにしている。あまり多くを望まない彼だけど、何かがしたいって言えば、できるだけ希望に添えるように頑張ったりして。
でも、たぶん類は、本当に大切な願い事は口にしないような気がするんだよね。
はぁ…。もどかしいな…。


季節が巡って、街中にクリスマスソングが流れ始めた頃だった。
お風呂に入っているとき、何の前触れもなく、あたしのミサンガがぷつりと切れた。
浴室で思わず大声で叫んでしまい、ママ達を仰天させた。

あたしは、そのことをすぐ類に報告した。
「じゃ、いよいよ俺の番だね」
と、彼は嬉しそうに言った。
切れたミサンガは取っておかない方がいいというので、あたしは3年近くも肌身離さず身に着けていたそれを処分した。早く切れてほしいと思っていたけど、いざサヨナラするときは妙に寂しい気がした。



年の瀬が迫り、あたしの20歳の誕生日が近づいてきた。昨年、カナダのホワイトホースで迎えた19歳の誕生日のことは、今でも素敵な思い出として胸に残っている。
今年はどんなバースデーになるだろうと思っていたら、類から食事に誘われた。ドレスコードがあるから、と類の選んだコーディネートでお洒落をし、店に向かう。

そこは東京の夜景を一望でき、素晴らしいピアノ演奏が聴けるフレンチレストラン。
年若いあたし達が食事を楽しむには、少し気後れするような重厚感があった。
それでも、ギャルソンが丁寧に料理の説明をしてくれたり、ピアニストがあたし達のリクエストに応えて演奏をしてくれたりと至れり尽くせりで、物慣れないあたしも終始リラックスして食事を楽しむことができた。


大事な話がある、と類が切り出したのは、食後の珈琲を飲み終えてからだった。
「ミサンガのことなんだけど…」
あたしはドキリとした。
願いはまだ叶えられていないものと思っていたから。
「…あの日、俺、一緒に叶えたい未来を願ったって話したよね」
「うん」
「俺のは、つくしの願いとは少し違ってて。だから、あんたにヒントを訊ねられても、うまく答えてあげられなかった」


…どういうこと?
一緒に叶えたいことを願ったわけじゃないのかな?


「俺は、あのとき、イメージをした。つくしのミサンガが切れるまでに、こうなりたいっていう自分の姿を。あんたとの未来のために、俺は自分自身の成長を強く願ったんだ」

類は『forecastフォーキャスト』という言葉を口にした。
確か、予想や予測を意味する単語だったと思う。

「そのときが来るまでに、あんたを花沢に迎え入れられるよう、自分なりに最大限の努力をしようって。つくしにも、いろいろ頑張ってもらったよね。……3年間は、準備期間としては十分だったろ?」
あたしは、類が、上衣のポケットから何かを取り出すのを呆然と見つめた。


…この状況って、いわゆる、アレなんじゃないの?


「結婚しよう」
類はとてもスマートにその言葉を口にし、指輪を納めた小箱を開けてあたしに差し出した。
「言っとくけど、自分で稼いだお金で購入したものだから」
あたしは、彼の手の中のダイヤモンドリングを見つめたまま、カチンコチンに固まってしまった。


彼とそうできたらどんなにいいだろう、と思っていた。
あたしは、彼が大好きだから。
…これ、夢なのかな。


「…返事、聞かせてもらえないの?」
彼に促されてハッとする。
あたし、息をするのも忘れてたかも…。
人は驚きすぎると、生体反応の何もかもがストップしてしまうらしい。
「あの……す…すごく嬉しい……けど、ゆ、夢…みたいで」
あぁ、情けないほど言葉が絡まっちゃう。

類は微笑む。それがとても綺麗。
最上級の笑顔だ。



「“牧野”、手出して」
あの日の非常階段でのやり取りをなぞるように、軽い口調で彼が言う。
「手って…どっちの?」
「左」
あたしも過去をなぞって同じように返し、左手を彼に差し出した。
「…これで、いい?」
類は箱からリングを取り出すと、そっとあたしの左手を取り、薬指にそれを嵌めた。
事前に誂えていたかのように、リングはぴったりとあるべき場所へと収まった。

―類、ありがとう。

あたし達が両手を繋ぎ合い、微笑み合った瞬間、周囲からは大きな拍手が湧き起こった。どうやらプロポーズの成り行きを、店内の皆に見守られていたらしかった。
ピアノは軽やかに祝福の調べを奏で始める。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、あたしの目には涙が滲んだ。



昂ぶった気持ちが治まってくる頃、類が言った。
「で、入籍はいつにする?」
「…えっ?」
これ、婚約するっていう意味じゃなかったのかな?
「お互いの気持ちも確かめ合ったし、元日にする?」
「えぇっ!? あ、あたし達、まだ大学生だよ?」
「いいじゃん。学生結婚で」
「…本気?」
「本気も本気だよ」



あぁ。
今年のバースデーもきっと一生忘れられないよ。



両親の顔合わせすらしていなかったので、さすがに元日の入籍は見送った。
でも1月のうちには婚前に済ませないといけない諸々が済み、『夫婦の日』である2月2日にあたし達は入籍をした。
類の誕生日が来ていないから、なんと二十歳はたち同士の結婚だ。
その事実は当面は公表しないつもり。大騒ぎになるのは目に見えているしね。
あたし達は大きな秘密を共有し、そのくすぐったいような幸福感にゆったり浸った。

しかし…。念願叶って万々歳のうちの両親はともかく、よくぞ類のご両親が学生結婚を許してくれたものだと思う。
お二方ともとても優しくて、あたしを温かく迎え入れてくれたけれども。
それを彼に問うと、意味深な微笑だけが返った。
一体、ご両親にどんな交渉をしたのやら…。




改めてミサンガに託した願いを思い返す。
あたしは、美しい光景を見る喜びを、類と共有したいと願った。
類は、あたしとの未来のために、自身の大きな成長を願った。


……………。
……………。
……あれっ?


よくよく考えてみると、なんか頑張ったのは類ばかりで、あたしって頑張ってなくない? あたしの願いを叶えてくれたのは類で、類の願いを叶えたのも……類自身??


それを類に言うと、彼は笑った。
「結果的にそう見えるだけだよ。俺は満足してるよ? 俺のためにアレコレ試行錯誤してくれたよね。…あーでもない、こーでもないって悩んでるつくしの姿、何気にツボだったし」
「…ツボ」
笑いの……とも言えるよね。
「不満なら言い直そうか? …あんたを、愛くるしいと思ったよ」


類はあたしを横抱きにして、自分の膝の上に乗せる。
「この状況を“良し”としない? …俺、今、すっごく幸せ」
「でも…」
あたしが尚も言い募ると、ぎゅうっと抱きしめられる。
「これから向き合わないといけないことは山のようにある。…だけど、あんたとなら、そうした多くの困難の中にも、笑いや楽しさを見出しながら頑張っていけると思うんだよね」


…今も、さらっと、“笑い”って言ったね。
でも、この人、本当によく笑うようになった。
最初、どんだけ無口で無感覚なんだか、と思ったし。


少しだけ体を離して、あたしは彼の頬を両手でそっと包む。
「覚悟しといて」
むいっと、彼の薄い頬肉を指先でつまんで、無理やり口角を上げさせる。あたしの突然の行動に、ちょっと驚いたような瞳が可愛い。
「いっぱい笑顔にしてあげるからね!」


それが、今のあたしのforecastだよ。





~fin~







さて、いかがでしたか? 毎度のことながらSSの公開は緊張します(;^_^A
短いお話の中で世界観を伝えきれるかな、と。

類の誕生日の兼ね合いで、双方が17~20歳の出来事を描いています。
学生結婚ネタ、一度は取り上げてみたかったんです。
終わってみれば、類がただつくしを甘やかしたかっただけのような…。

今回のお話は、『ミサンガ』がキーワードでした。
1993年のJリーグ開幕とともに、一気に流行期を迎えたミサンガですが、今の子供達の世代にもそこそこ浸透しているように思います。先日うちの子は『ミサンガ編み』のストラップを持って帰ってきました。なかなかの出来栄えでした。

あと、『ダイヤモンドダスト』についてもプラス情報を。
観測には、氷点下15度以下・無風・晴天・高湿度などの条件が必要らしく、それを満たせば北海道以南の地域でも観測可能とか。このお話を書いている途中、テレビで北海道陸別町のダイヤモンドダストのニュースを観ました。

極寒の地域に住む方々の冬場の苦労はいかほどかと思います。この原稿の校了後に北海道の地震情報が飛び込んできたこともあり、お話の中に安易に北海道という地名を出すのが躊躇われもしたのですが、純粋に美しいものは美しいという視点でもって描いたつもりでおりますので、その点は何卒ご寛恕いただければと思います。


前作のような捻りはないお話でしたが、上手く3話で収まったので満足です。
皆様に、少しでもお楽しみいただければ幸いです(*^-^*)

9万HITの記念SSは、ネタが降ってくれば……。
今後ともよろしくお願いいたします。




いつも拍手をありがとうございます。記念SSでした(*'▽')
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