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52.二度目のドライブ

Category『Distance from you』 本編
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翌日は冷え込みのきつい朝だった。
つくしはいつもの時刻に目を覚ますと、シロン達に給餌をし、家事を済ませ、のんびりと約束の時間がくるのを待った。
ひかわ動物病院では、年末年始は原則的に入院の受け入れを行っていない。
類と遠出をするのなら、ある意味で三が日はお誂え向きだったと言える。
ニュース番組の天気予報では、関東圏はどこも安定した天候だと伝えていた。

類は約束の時刻の10分前に到着した。つくしはシロンを伴って1階に下りた。
「明けましておめでとう。…今日は、運転お願いします」
どんなふうに最初の言葉を交わすべきかを迷い続けたが、結局は儀礼的な挨拶になる。つくしがそう言えば、相手からは穏やかな笑顔が返った。
「今年もよろしくね。…ゲージとリード貸して?」
類は後部席にゲージを積み込むと、差し出されたシロンのリードごと、つくしの手を包み込んだ。つくしは驚き、パッと類を見上げた。

「…やっと会えたね」
類の口調には率直な嬉しさが満ち、その一言には色々な意味合いが含まれていた。つくしはそれに何か返そうとして言葉を選びあぐね、結局は小さく頷くだけにとどめた。その頬が仄かに赤いのが見て取れる。
素の彼女は意外にも照れ屋なのだと、類はその反応をありのままに受け止め、つくしに助手席を勧めた。

すぐ散歩に行けるものと思っていたシロンは、移動用のゲージに入ることを嫌がったが、類が少し厳しめに命令すると大人しく狭い箱の中に納まった。
キュウンと甘える声が聞こえる。つくしはゲージに手を伸ばし、小窓から手を差し入れてシロンを撫でて励ました。
「…相変わらず、あなただと聞き訳がいいよね」
「そう?」
つくしが羨望を隠さずに言えば、類は自慢気に笑った。


車は走り出す。目的地に向かって。方角としては千葉方面に向かっている。
「イタリアでの仕事は大変だった?」
つくしが問うと、類はまぁね、とだけ言った。
それ以上を話す様子がないので更に詳細を問えば、類は現地での仕事と自分の役割について簡潔に説明してくれた。
「あんたの誕生日には、間に合って帰る予定だったのにさ」
「気にしないで。みんなに祝ってもらったし」

家族や友人達からは三十路突入を祝うメールが送られ、ミチ子と由紀乃からはヨモギとハコベのための玩具をプレゼントされた。
類からは当日の午後、美しい花束が届けられた。
花の一部は数日経った今も瑞々しく保たれ、リビングの花瓶に飾られている。
「花束をありがとう。忙しいのに気を遣わせてごめんなさい」
つくしがそう述べると、類はこう応えた。
「くれるのならお礼の言葉だけにして。“ごめん”は要らないよ」



それから二人はカイの話をした。
カイは火葬された後、その遺骨を敏子に引き取られ、伊佐夫の眠る墓に隣接する動物慰霊碑の中に納められた。慰霊碑は夫妻が建てたものだ。
「いつか俺もお参りしていい?」
「うん。…ありがとう」
つくしは答えた後で、一言を付け加えた。
「いつか、私も、あなたのお母さんの墓前参りをさせてもらっていい?」
「……………」

なぜか類は応えなかった。思いがけず車内に沈黙が下りる。
つくしは少し強張った類の横顔をちらりと見つめ、すぐに恥じ入ってうつむいた。

―彼の中の繊細な領域に触れてしまった。
―余計な一言だった。

そう思い直し、撤回と謝罪を口にしようとした瞬間、類が言った。
「ありがとう。なんか、嬉しさが高じすぎて言葉が出てこなかった。今までそんなことを言ってくれた人はいなかったから。…変な間を持たせてごめん」
つくしは小さく安堵の息を吐く。
「次に参るときには同行してくれる? 必ず声をかけるから」
「えぇ」
「…そのときは、二人で、母にいい報告ができると嬉しい」

―いい報告って…。

つくしがそれを問うように視線を送ったが、彼は意図的になのか、それ以上の言及を避けた。つくしとて、それが何を意味することかが分からなかったわけではなく、可とも否とも返しようがなかったためにそのまま沈黙した。 



しばらく走ると車窓の風景が変わっていった。見慣れたビル群は少なくなり、相反するように自然の緑が増え、空が大きく開けていく。
やがて、車は千葉県の県境を越え、茨城県に入った。
会話は途切れたままで、つくしは流れていく景色をぼんやりと眺めていた。
シロンは眠ってしまったのか、ゲージ内を動く気配もなく静かだ。

「…気分、どう?」
遠慮がちに声がかけられる。
「緊張してない?」
沈黙を緊張の表れと取ったのか、類の声は気遣わしげだった。
つくしはふっと笑んで、類を見る。
「大丈夫。ちょっとぼぅっとしてただけ。…まだ遠いの?」
「あと10分で着く」
道路標識を見れば筑波山の方向に向かっているのが分かった。



「ここ?」
「うん」
車はある施設の駐車場内に停まる。正月も2日目の今日、施設が開いているとは思えなかった。停まっている車は類の物だけだ。
施設の名前は、桝川・グリーンフィールド・クラブ。
類は後部席のゲージを開け、シロンを自由にしてやった。シロンは喜び勇んで飛び出し、ピョンピョンと類の周囲を跳ねた。
遠くの方から動物の嘶きが聞こえる。
「馬…?」
つくしが施設の向こう側に意識を向けると、事務所らしき部屋から誰かが出てくるのが見えた。


「いらっしゃい!」
「ご無沙汰しています。桝川さん」
桝川と呼ばれた年配の男性は、類と親し気に挨拶を交わすと、黙って背後に控えていたつくしに目を向けた。
「こちら、彼女さん?」
「そうです。彼女は獣医師なんですよ」
「へぇ!」

つくしは、一歩進み出て挨拶をした。
「初めまして、牧野と申します。この子はシロンです」
紹介に合わせてシロンが、ワンッと吠えた。
桝川はよく日に焼けた顔の相好を崩し、目を細めた。
「桝川です。この牧場の経営者をしています。類君とは、彼が乗馬クラブに入った頃からの付き合いになるんだよ」





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