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53.乗馬

Category『Distance from you』 本編
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桝川・グリーンフィールド・クラブは、関東圏に点在する系列の乗馬クラブで活動する馬を繁殖・育成する牧場だという。また最盛期の活躍を終えた馬を引き取り、その余生を過ごさせる場としての役割も担っていた。

類は、中学から大学までその乗馬クラブに所属していた。馬術競技の大会に選手として出場していたという類の過去を、つくしはまだ知らなかった。
「彼は、競技選手としてはなかなかだったんだ。ただ、ハングリー精神がないというか、乗馬そのものを楽しみたいだけで、勝負は二の次という感じでね」
桝川は二人を施設内に誘導しながら、類の過去をそう話す。
彼らしい在り様だと、つくしは微笑む。

「馬の扱いは総二郎君と同じくらい巧かったが、上位入賞はいつも彼だったな」
「あいつも同じクラブにいたんだよ」
類の補足説明に、つくしは目を瞬かせる。
「茶人なのに、馬術を習うものなの?」
「総二郎の場合は、普通の馬術と少し違って、流鏑馬という伝統行事に参加する目的があったんだ。それにも競技大会があるけどね」
知らない世界というものは、どこまで訊いても未知なるものであるように、つくしには思えた。

「今日は施設としてはお休みなんですよね? お邪魔させていただいてよかったんでしょうか?」
つくしがそう問えば、桝川は大きく笑う。
牧場経営者というものはどこか共通した印象がある。その笑顔に、つくしは竹井養豚場の竹井オーナーのことを思い出した。
「僕はあいつらの世話で毎日ここにいるからね。今日は誰も来ないから好きに使ってもらっていいよ。牧野さん、乗馬経験は?」
「大学の実習で馬のお世話をしたことはありますが、乗馬自体は…」
「そうか。…類君、怪我だけは気をつけてやってよ」
はい、と答える類の声は楽し気だ。


桝川が連れてきたのは、ハノーバーという品種の栗毛の馬だった。
名はサクラ。彼個人が所有している牝馬で、競技馬として長く活躍した後は、ここで多くの仔馬を出産してきたという。
馬齢は20歳で、すでに繁殖牝馬としての役割は終えているが、今はクラブに乗馬体験にやってくる客のパートナーを務めているという。

つくしはサクラを見ると目を輝かせた。その美しく手入れされた体躯と毛並みに魅入られたのだ。馬の登場に少し怯えるシロンの面倒を見てやりながら、類はつくしの表情の変化をそっと見守った。
「初めまして、サクラ」
つくしがそう述べてサクラの大きな瞳を覗き込むと、桝川は満足そうに笑った。
「どうだい、うちの子は。可愛いだろ?」
「えぇ、とても綺麗です。…触ってもいいですか?」
そら、と引き合わされた胴体につくしは躊躇なく触れる。毛並みは固く、馬齢としては高齢に差し掛かっているとはいえ、しっかりと筋肉がついている。

サクラが後方を振り返り、つくしの方に顔を寄せようとすると、主の身を心配したのか、シロンが少し激しめに吠えた。
「だめよ、シロン。……すみません。シロンは連れて入らない方が良かったですよね」
「なぁに。うちは馬場で犬も一緒に飼ってるから、サクラは犬に慣れてるよ」
桝川の大らかな笑顔は変わらない。
サクラもシロンのことなど意にも介さず、どこか超然としている。
20歳と3歳じゃ、キャリアが違う。



「左足はここのあぶみへ。鞍を大きく跨いで、右足も反対側の鐙にちゃんと置いてね」
桝川が事務所に戻ってしまうと、類がサクラの手綱を引く。つくしはヘルメットを着用し、類の指示通りに乗馬に臨もうとしていた。
シロンは近くの杭にリードを繋いでいる。桝川はあぁ言ってくれたが、シロンのやんちゃな性格を考えれば、ノーリードにしない方がいいと思えた。
「行くよ。…せぇの」
「わ…ぁ…」

類に押し上げられて、つくしはサクラの背の上に乗り上げる。目線の高さが急に2m以上になり、つくしはその慣れない視界に不安を覚えたが、言われた通りに馬具の手綱を握る。
「怖い?」
「…ちょっと。でも、頑張ってみる」
緊張から少しだけ手が震える。吹き付ける寒風の影響もあるはずだ。

「歩かせていい?」
「うん」
類はサクラを誘導する。サクラは類によく馴れていて、指示によく従う。
「わ、わ…」
サクラが悠然と歩を進める度に、体が後方にガクンと下がりそうになる。つくしが思わず前傾姿勢になると、類がそれを注意した。
「背筋は真っ直ぐ保って」
「う、うん…」
なかなか体幹バランスがとれないつくしを見て、
「もしかして、スポーツは苦手?」
「…実は、あまり得意じゃない…」
何でもそつなくこなすと思われたつくしの意外な不得手に、類は目を細めて笑った。


それでもしばらく馬場を歩いていると、つくしも乗馬に慣れてくる。サクラの黒いたてがみを撫で梳きながら、話をする余裕も出てきた。
「知らなかった。馬術の選手だったの?」
「まぁね。…でも出場する気はなかったんだよ。面倒だったし。…でも桝川さんがどうしてもって言うからさ」
「上手だったんでしょ?」
「乗馬は好きだったからね。でも競技会はルールが細かいし、伸び伸びやるって感じじゃないんだよ」

つくしは学生の頃の類の姿を想像する。
今でさえ実年齢よりも若く見える彼だから、なんとなく想像はつく。
馬術大会のコスチュームは、さぞや彼に似合ったことだろう。





いつもご訪問ありがとうございます。
カウンターにお気づきでしょうか? 本日80,000HITを迎えます!
なんと拍手の総計も30,000を越えそうです~!!

(自分の中では)恒例となっている記念SS、やっぱり書いてしまいました。
明日、定時に更新します。楽しんでいただければ幸いです(*'▽')
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2 Comments

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2019/02/21 (Thu) 22:40 | REPLY |   
nainai

nainai  

み様

こんばんは。コメントありがとうございます。
お祝いの言葉、とても嬉しいです~(*´ω`*)
80,000と30,000、Wで記念すべき日になりました。

二人の距離が徐々に縮まっていきます。じれったい過程ですが、つくしには必要な時間なんですね。類の優しさが随所に溢れております。
『一対の瞳』は今後の布石となる回でした。不穏さを残しますが、今しばらくは二人のデートをお楽しみくださいね。更新&執筆、頑張っていきます。

性懲りなく記念SSにトライしています。お楽しみいただければ幸いです<(_ _)>

2019/02/22 (Fri) 00:36 | REPLY |   

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