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54.風になる

Category『Distance from you』 本編
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ゆっくりと時間をかけて馬場をニ周すると、類はつくしを馬上から降ろし、代わりに自分が騎乗した。普段は使わない筋肉を酷使したせいで、足がガクガクするビギナーを見やって笑い、類はぐっと手綱を引いた。
「走ってくる。見てて」
馬上の彼はクールに笑い、サクラにさっと前を向かせると、ダッと加速をさせた。つくしは留め置かれて拗ねているシロンの元へと行き、リードを緩めて自由に走らせてやりながら、乗馬を楽しむ類の姿を目で追った。
類はあっという間に馬場を半周し、そのままの勢いで残る半周を走っている。

―綺麗。

疾走するサクラと、同じように風になって走る類。
彼らの一体感は、つくしが騎乗したときとはまるで異なっていて、サクラの持つ能力を、類は最大限に引き出しているように見えた。
途中、彼が手を振るのに、同じように手を振って応える。

―少年みたいな笑顔を見せるんだね。



類とサクラがさらに周回を続けるのをぼんやりと眺めていると、桝川が別の馬を引きながら馬場に戻ってきた。
その馬は黒毛で、サクラよりも体が大きく、どっしりとしている。
「どうだった? 楽しかったかい?」
「はい! とても貴重な経験でした」
つくしの返答に嬉しそうに笑んで、桝川は黒馬を紹介する。

「クォーターホースという品種の牡馬で、名前はラリー。走りたそうにウズウズしてたから厩舎から連れてきたんだ」
シロンは新たな馬の出現にまた少し怯えて、つくしの足元に寄ってくる。つくしは屈んでシロンを優しく撫でながら、ラリーを紹介した。
「シロンは何歳?」
「3歳です。まだまだ子供で…」
桝川としばらく話を続けていると、類がサクラとともに戻ってきた。


「ラリーも連れてきたんですか?」
「年末は天気が悪くて、あまり走らせてなかったからさ。類君、ストレス発散させてやってよ」
はい、と請け負って、類はサクラから下馬し、桝川の手綱と交換してからつくしを振り返った。桝川はサクラを連れて、厩舎の方向へと戻っていく。
「シロンを繋いで、こっちに来て」
つくしは言われた通りに、シロンのリードを杭に繋ぎなおして、類とラリーの元へと近寄った。傍で見るとラリーは本当に大きく、力強さに溢れていた。


「この子、かなり力があるから、二人乗りできるんだ。せっかくだから一緒に乗らない?」
「…えっ」
つくしは目を丸くして類を見上げる。
いきなりハードルを上げられた気がして、戸惑いが隠せない。
類はその心情を汲んでやる。
「無理はしないでいいよ。そうできたら俺は嬉しいって話」

つくしは、今にも走りたそうに足踏みするラリーを、もう一度見つめる。
ラリーは、まだか?というように鼻を鳴らして、つくしを振り返った。
大きな美しい黒目が、真っ直ぐにつくしを射抜いた。
「私、ラリーに乗ってみたい」
心を決めて頷くと、類からは嬉しそうな笑顔が返った。
類はつくしをラリーの背の上に押し上げると、間を置かず、自らも前方の彼女を抱き込むようにして後方へ騎乗した。


―ち、近い…っ。


厚く着込んでいる防寒具のせいで、あまり彼の体躯を意識することはないが、今までにないパターンでの接触につくしの心臓は跳ね上がった。
「大丈夫? 気分悪くない?」
つくしの緊張を悟り、類の声がすぐ背後からかかる。
つくしが無言ながらも何度も頷くのを認め、類は手綱を引き寄せた。
「じゃ、行こうか」


ラリーは類の指示のままに軽く走る。まだサクラで馬場を歩く経験しかしていないつくしは、体幹の保ち方が分からず、何度も後方に倒れそうになる。
「ごめん…っ」
類の胸にぶつかる度につくしが謝るので、類はグラグラと不安定に揺れるつくしを後ろからぎゅっと抱きしめた。つくしの方は慌てているので、その状況に気付いていない。
「慌てすぎ。落ち着いて」
「そんなこと…言ったって…!」
そもそも初心者の自分には難題すぎるのだ、とつくしは思う。先ほどのウォーキングでさえやっとの事だったのに、この上スピードを上げられては。


「前だけ見て。俺が支える。安心して身を任せていいよ」
類の声に励まされて、つくしは背を伸ばし、前を向く。
馬場は広く、ラリーが地を蹴る音とシロンの鳴き声しか聴こえない。
類はつくしが慣れてきたのを見計らって、ラリーの走るスピードを上げた。


―あぁ、すごい。
―さっき、彼の見ていた世界はこうだったのかな。


耳元で風の音がする。景色が流れる速度を上げていく。二人を乗せ、冷たい空気を切り裂くようにして、ラリーはフィールドを駆け抜けた。





いつも拍手をありがとうございます。
このシーン、ずっと前から描きたくてしょうがなかったです(*'▽')
競馬はしませんが、馬が有するしなやかさや力強さには惹かれるものがあります。
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2 Comments

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2019/11/04 (Mon) 12:21 | REPLY |   
nainai

nainai  

ふ様

こんばんは。こちらのお話を読み返してくださったんですね。
ありがとうございます(*^-^*)

『風になる』の二人のデートは、この作品中の数あるエピソードの中でも5本の指に入るくらいのお気に入りでした。二人乗りの乗馬は実際にはなかなか難しいそうなのですが、馬の種類を厳選しましたし、かつ体重の軽い二人なのでまぁ可能かな…と。

『Distance~』の類は大人ですし、余裕ありますし、相当カッコいい仕上がりになっていますよね。各作品でカラーの違う彼を堪能していただければ本望です。

2019/11/04 (Mon) 18:00 | REPLY |   

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